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タジ 〜後宮娼婦の事件簿〜  作者: 辺理可付加
死人なら口なし
43/93

11.

 タジの言い分はいちいちも(・)っ(・)と(・)も(・)。

 というか徐妃にとっては図星の域なのだが。


「それはどうかしら。身内だから擁護していると思われるかもしれないけど。


 でも、現状ではあくまで言い掛かりじゃない」


 それでも反論を試みる。


「その動機なら、他にいくらでも鄭妃に嫉妬している人がやりかねないわ」


 その反論に反論をさせてはならない。

 除妃は間髪入れずに畳み掛ける。


「それに、あなたの推理では


『鄭妃にあらかじめ薬を盛った人間がいる』


 んでしょう?

 私の侍女や友人に、そんなことが可能だと思う?


 やはり第一に疑うべきは、鄭妃の侍女だわ」


 タジは静かに頷いている。

 であれば、このまま徐妃のターンである。


「そもそもその


『薬を盛られた』


 だって、本当かどうか分からないわ。

 それらしく組み立てられているのは認めるけど、全部想像の話よ。


 あなた、言ったじゃない。


『噂を流した人物と薬を盛った人物は繋がる』


 って。


 だったら私の周囲から遡って、薬を見つけ出しなさいな」


 徐妃は椅子の上で体を横に向ける。

 目線も合わせず、全身で


『話は終わりだ』


 と示している。


「もう一度、改めて言うわ。

 出直してきなさい」


 すると、タジも反論はないのだろう。

 椅子から立ち上がり、


「そうさせていただきます」


 笑顔を崩さぬまま、帽子を抑えながら頭を下げて。

 素直に部屋を出ていく。


「あら、お茶が入りましたよ?」


 ちょうどそこに侍女が戻ってくる。


「いえ、せっかくですが、また今度」


 さすがのタジも、ここから戻ってくることはないらしい。


(間に合ったわね)


 徐妃はそっと胸を手で抑える。


 だが、問題はまだもうひと山ある。


 彼女は所在なげに佇む侍女を手招きし、タジが座っていた席を勧める。


「失礼致します」

「それで、あなたは何を聞かれたの?」

「はい?」

「私が行くまでのあいだ、玄関でアイツと何か話していたじゃない」

「アイツ、あぁ、タジさん」


 侍女はカップに紅茶を注ぎながら、クスリと笑う。


「なんでもありませんわ」

「でも話はしていたんでしょう? 『生薬』とか『漢方』とか」


 そう。自身とタジの直接対決こそ乗り切ったが。

 下手をすれば、ここから致命的な何かが漏れていないとも限らないのだ。


 薬を盛るのは全て自分でやった。

 噂も『広めろ』と指示したことはない。

 ただ多くの人に、特に口の軽そうな相手に話しただけだ。


 彼女が何を知っているはずもない。漏れるべくもないのだが。


「そのことでしたら」


 固唾を飲む徐妃とは対照的に、侍女はニコリと笑う。



「『西南の国の料理を食べたことはあるか』って聞かれていたんですよ」



「え」


「どうやら郭妃さまが作っていらしたのを見たけど、食べ損ねたそうで。


 あの国の料理って、香辛料に生薬みたいなものをたくさん使うんですってね」


 侍女はにっこり笑うと、


「あ、ハチミツを取ってきますね」


 軽い足取りで部屋をあとにする。


 取り残され、ひとりになった徐妃は、じわじわ


『誘(おび)き出された』


 という感覚が身に染みて、



「あ、の、小娘ぇ……!」



 震える右手で、テーブルを引っ掻いた。











「うーん」


 タジは椅子に座って唸っている。


「どうしたんですか? お怖い顔で」


 テーブルを挟んでその向いには、


「あぁ、いえ。お元気になられて何よりです」

「ちょっと答えになってないんですけど」


 もう完全に回復した鄭妃が、紅茶を口に運んでいる。


「たぶん生理とかなんですよ。そっとしてあげて」


 無茶苦茶なフォローを入れるのは小鳥。

 それこそタジが親鳥かのように、あちこち着いてきたがる。


「後娼さんって、生理のとき仕事するんでしょうかね?」

「ねー」


 だが鄭妃は思考回路がゆ(・)る(・)ふ(・)わ(・)しているので、全然受け入れてくれている。

 アルコールで脳が萎縮しているのではないと思いたい。


「あまり話題にしたくないのは承知でお聞きしたいのですが」


 そこに、タジがポツリと言葉を挟む。

 口で言葉を発しつつ、脳内では別の思考を展開している感じ。


「なんでしょう」

「例の演奏会の日」


 タジの言葉に鄭妃の顔が強張る。

 当然、彼女にとっては思い出したくないことに違いないのだから。


 また、タジたちもまだ


『あれは仕組まれた罠の可能性がある。気にしなくていい』


 みたいな話はしていない。


『ぬか喜びになっては』


 とか、


『とにかく余計なことは言わない方が』


 といった配慮である。



 ゆえに鄭妃の中であの日は、


『自身が師匠の霊に見限られた日』


 のままなのだ。


『もう笛子はやめた方がいいだろうか』


 というのも、まだ何も宣言していないが。

 あれ以来彼女は、いまだ笛を手に取っていない。



 それでもタジは聞く。


「何か食事や飲み物に、違和感はありませんでしたか?」

「違和感、ですか」

「味や匂いがおかしかった、とか」

「うーん」


 だが、暗い雰囲気を出しては相手に気を遣わせると感じたのだろう。

 鄭妃は健気に呑気そうな声を出す。

 わざわざ右頬に指を添えて、左上を見上げる。


「その日は鼻が詰まっていたので、よく分からなかったんですよね」

「そうですか。風邪引いていましたものね」

「だから馬乳酒に『この匂い』とか言ってましたけど、あのときも実はあんまり」


 てへっと笑う鄭妃。

 しかしあまり場が和まなかったので、焦ったのだろう。


「で、でも、演奏会でのお酒の味と匂いは分かりましたよ?


 薬膳酒みたいな味と匂いがしました!」


「!」


 タジと小鳥の目の色が変わる。


(タジさん!)

(うん)


 ふたりは顔を寄せて、鄭妃に聞こえないよう話す。


(これってあれだよね!? お酒には確実に薬が入ってたってことだよね!?)

(そうなるね)

(じゃあやっぱり、徐妃さまがやったんだ! あの人が酒宴を整えたんだもん!)


 ヒソヒソしつつも興奮するふたりだが。



「あのー?」



 周囲のテンションが低かったかと思えば、急にハブられた鄭妃。

 彼女が心配そうな声を出すのに、気付かなくなっている。










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