9.
「一服、盛られて?」
あり得ないから驚いているのではない。
実際、他ならぬ徐妃が薬を盛ったのだから。
「はい」
「そんな、バカな」
ただ、こんなに早く、いや、そもそもバレるとは。
そのことに驚いているのだ。
そういう意味では、やはり『あり得ない』で驚いているのか。
だが、徐妃はこの事態に備えて牽制までしていたのだ。
「それはないわ。
だって私、お酒の中身を調べさせたわよ?
あなただって昨日、鄭妃に話したとき部屋にいたんじゃなかったかしら。
『毒は入っていなかった』
って」
もしそのうえで『毒を盛った』と言い張るのなら。
タジは検査結果を、
ひいては除妃のことを信用していない
疑っている
ということになる。
確かに昨日今日の態度を思えば、すでに何かをつかまれている感はある。
しかし、
『振る舞いに違和感がある』
ならともかく、
『発言を頭から否定する』
ほどではないはずだ。
そんな、
(そんな、
もう犯人だとバレているみたいな!)
対するタジは、にっこり笑ったまま。
『笑顔は本来攻撃的な~』は置いておいて。
友好的なのか、警戒を解きたいのか、見下しているのか。
もうそれすら分からない。
彼女の答えは、
「いえ、そうではないんです」
「え?」
「私は別に、『お酒に』『毒が』盛られていたとは言っていませんよ?」
さらに徐妃を恐怖させるものだった。
彼女の想定を、いいか悪いかは別にして、確実にズラしてくる。
わざとなのか。
「実は私、宴席の日の朝に鄭妃と会っていたんです。
そのとき彼女、ひどい咳をしていました」
「そうだったの? 知らなかった」
「そう!」
「!」
タジが人差し指を立て、ここぞとばかりに詰め寄ってくる。
「あなた、ご存知なかったでしょう?」
「そ、それが?」
「他の宴席の参加者のみなさんも、ご存知なかったんです。
どころか、こうおっしゃっていた。
『素晴らしい演奏だった』
と。さっきお話ししましたよね?」
「えぇ、聞いたけど」
しかし、常に不意打ちみたいな話の展開をするなかで。
ひとつだけ確かなのは、
「でも鄭妃はひどい咳だったんです。
『そんな状態ではまともに笛は吹けない。人に感染してもよくない』
『宴席は欠席した方がいい』
とお止めしたほどです。
なのに彼女、演奏のときにはピッタリ咳が止まっているんですよ。
誰も体調不良に気付かない。笛の演奏にもそつがない。
もっというと、倒れた原因と思われているのが『飲み過ぎ』か『祟り』。
誰も
『具合悪そうだったものな』
と思わない」
せっかく釣魚台のような岩を下りた徐妃だが。
タジに迫られ、気付けばじわじわ戻されている。
そのくらい、
「ですから、『宴のお酒で』『毒を』ではなく、
事前に、何か風邪薬に類するものを盛られている可能性があるんです」
徐妃を追い詰めるには違いないということ。
「確かに、効いてくる時間も考えたらそうなるわね。
でも、自分で飲んだだけじゃない?」
「いえ。彼女、お医者さんも薬も嫌いなんです。念のため聞いたら
『薬は飲んでいない』
『なんだか具合がよくなってきたから、いらないと思った』
とおっしゃっていました」
「子どもか」
「私もそう叱ったんですがね」
徐妃としてはもはや、ジョークで濁して逃れるしかない。
このタイミングで切り抜けなければ、いよいよ物理的に逃げられない。
彼女はやや強引にタジの横をすり抜ける。
「でも、それって問題かしら」
「というのは?」
「本人が薬嫌いなら、侍女が食事やお茶に混ぜただけかもしれないじゃない」
「それは大いにあり得ます」
ここに来てタジは徐妃の意見を否定しない。
なんとか切り抜けられそうである。
が、
「でもね? 薬には強烈な副作用を持つものや、併用禁忌があったりするでしょう?」
「……そうね」
「もし、もしですよ?
鄭妃に薬を飲ませた人物が、そういうことを狙ったのだとしたら」
「!」
『ただでは帰さない』とばかりに、徐妃の心を地面に縫い付ける。
「言い換えれば、
『鄭妃が失敗することを狙った』
のだとしたら。
『噂を流している人物』
と
『薬を盛った人物』
が
『鄭妃を貶めようとしている人物』
として、繋がるかもしれないのです」
ここまで言われてしまっては、
「そう」
『窮鼠猫を噛む』とか『火事場の馬鹿力』の亜種だろうか。
「ぜひがんばって、犯人を見つけ出してちょうだい。
その証明ができたら、何よりの鄭妃の名誉回復になるわ」
その場には留まっておられず、むしろ足早に立ち去ることができた。
タジも現状話すべきことは話したのだろう。
そのあとを追ったりはせず、
「はい。必ず」
相手が見ていなくとも軽く頭を下げ、ズレてもいない帽子の位置をなおした。
その夜。
タジはまた郭妃の部屋を訪れていた。
虫の音が風流で、座卓の上には酒と腊肉が置いてはある。
が、飲み会ではない。
「頼まれてたとおり、噂の出どころを遡ってみたよ」
報告会である。
郭妃は手ずからタジの杯に酒を注ぐ。
「結局震源地にはたどり着かなかったけどね。
複数の筋で、徐妃の侍女や付き合いの深い人と当たった。高頻度でね」
「私もー」
小鳥もいる。
酒とつまみに興味がないので、卓には着かずゴロゴロしている。
郭妃はタジから酌を受け、杯を口元へ持っていき、飲むまえに所感を述べる。
「言い出しっぺかは知らないけど。
少なくとも、徐妃が会う人会う人に話している可能性は高い」
「やっぱりですか」
郭妃がひと口呷ったのを見てから、タジも杯に口を付ける。
それを仰向けで、物欲しいでもなさそうに眺める小鳥が呑気な声を出す。
「じゃあもう決まりじゃん。卑怯者は徐妃だ。やっちゃえタジさん」
しかしタジは酒を口に含んだまま、首を左右へ振る。
それを飲み込んでから、静かに語る。
「現状は全部想像や仮定の上に成り立つ話だから。偶然とも言える範囲だし。
噂の方はともかく、
『薬を盛った』
と言いたいなら、その証拠を見つけないといけない」
すると小鳥はゴロリとうつ伏せになって頬杖をつく。
「でもそれじゃあさ。飲んだら薬はなくなるし、犯人が残してるわけないし。
見つからないんじゃない?」
彼女は彼女で、ヤジ担当大臣みたいな感じで案外頭は回る。
「うーん」
これにはタジも頬杖をついて、
「ま、皇帝陛下に言われてやる捜査じゃないから。
気長にやるさ」
鼻からため息を抜いた。




