7.
「鄭妃の演奏はどうだったかって?」
あれからタジは一度鄭妃のところへ戻ったが。
やはりご機嫌は戻らないまま。
ふて狸寝入りをされたので、あいさつだけして引き上げた。
そして今は同じ龍驤殿の、郭妃の部屋にお邪魔している。
彼女は座卓に板を載せ、その上で何やら生地を捏ねている。
「確か郭妃さまも、笛子はやっておられましたよね?
あの日の宴席に出られたのでは?」
なんか人が集まるところなら、無限に寄っていくし無限に開催する女。
当然、呉大人の教室にも参加していたのだが、
「あー、私は全然上達しなくてねぇ。半年やってやめちゃったのさ。
だから演奏会にも呼ばれてない」
そういうこともあるらしい。
『飽き性』とか『熱しやすく冷めやすい』というより、
『単に趣味を増やしすぎたらこうなる』という感じか。
「そうですか」
「お、なんだ? 『唯一の取り柄のくせに』って顔したか?」
「そんなこと思ってませんよ。妃嬪だけあって三十路になっても顔がよろしい」
「テメェコノヤロ」
そして、タジが空想上のパリピとか陽キャみたいなタイプと相性がいいかと言われたら。
しかし、
「で? それがどうかしたの?」
ちょうどタジと郭妃とで正三角形を作る位置。
薬研でスパイスをゴリゴリやっているのは小鳥である。
小ガキにしてギャルの極みみたいな生き物だが。
これが案外タジとうまくやっているのだ。
意外とタジと郭妃でも悪くはないのかもしれない。
ちなみに騒ぎ好きの小鳥と郭妃は、宮廷画家の事件の折に1発で仲良くなった。
未来から来た本人とかなのかもしれない。
それはどうでもいいとして。
「いや、まぁ、大したことじゃないんだけどね」
タジは後頭部を掻くような、揉むような動きをする。
珍しく(?)ちゃんと帽子がズレる。
が、こんなときに限って位置をなおさない。
「あれか。特に理由はないけど気になる、的なヤツか」
「そう、でも、ないんですがね」
郭妃が麺棒で生地を伸ばす。
服装さえ変えたらラーメン屋の女将でも違和感がない。
そんな妃嬪いるのか。
「私はさ、さっきも言ったけど宴席には行ってない。
でもさ、鄭妃の腕前はよく知っている。何度も聞かせてもらったから。
小鳥ちゃんそっちあがった?」
「うぃー」
「何作ってるんですか?」
「西南の異国の郷土料理」
郭妃はふーっと息を吐く。
冷房もない夏に生地の塊を捏ねていれば、キツくもなろう。
「でさ、宴会のあとから妙な噂が立ってるじゃん?」
「あぁ、はい」
ここは確認を取らなくとも決まっているだろう。
『鄭妃が呉大人の祟りを受けた』
『破門だ』
というものである。
「だからさ。私も気になって、参加した人に聞いたのよ。
『そんなにマズかったの?』
って」
「やはり気になられましたか」
「だってちょっと飛躍しすぎじゃない?
信じ深い人や、本人が自戒で言うならともかくさ。
なんでもない第三者が言い出す内容にしては」
「悪意、貶めたい意図が強すぎる」
郭妃はわざわざ生地を捏ねる手を止めて、明確に首を縦へ振る。
「『あんだけ言われるのは妥当なの?』
って。そしたらさ、
『そんなことなかった。素晴らしい演奏だった。
さすがに倒れる直前は普段よりキツそうだったけど、むしろだからこそ
“さすが”
って感じだった』
ってさ」
郭妃の証言に、
「え!? じゃあやっぱり、根も葉もない嫌がらせの噂ってこと!?」
小鳥が薬研車の動きに合わせて身を乗り出してくる。
「いや」
しかしそれをタジが左手で制する。
右手はアゴに添えられている。
「それは言い切れない。分からないんじゃなくて証拠がない。
芸術の評価は人によって価値基準が違うし、死人の胸中は誰も聞けない」
「私に話してくれた人も、
『ここだけの話ね』
『下手に人に知られたら、私だけ分かってないってなるかもだから』
って言ってたな」
郭妃が説を補強する。
「はぁ~!? 何それズルっ!」
「しかもみんな酔ってたとあったらねぇ。誰も正確なこと言えないし。有耶無耶」
まだまだ幼い小鳥には、受け入れられない理不尽のようだ。
「タジさぁん! なんとかならないの!? 卑怯者を懲らしめてやってよ!」
肩に取り縋って揺さぶるが、当のタジはというと、
「いや、どうだろう」
ようやく帽子の位置をなおしながら、何か考えている様子。
「何が!? おぬしこれが許される行為と思うてか!?」
「急に話し方イカツくなるじゃん」
小鳥がなおも揺さぶるので、またすぐ帽子がズレる。
郭妃がそれを見て笑っている。
タジはなすがままの状態で郭妃の方を見る。
「おさらいすると、鄭妃の演奏には問題がなかったということなんですね?」
「らしいね」
「そもそもあなたは今回の噂、誰からお聞きに?」
「孔妃だったかな?」
「孔妃はどなたから?」
「いや、それは」
タジはいい加減小鳥を止めると、帽子の位置をなおす。
「そうやってたどっていけば、噂の出どころにたどり着くかもしれない」
「ホント!?」
また小鳥が飛び付こうとするのを、今度へ手のひらで顔面ごと抑える。
「簡単ではないよ。どこで
『たまたま聞こえてきたのを小耳に挟んだ。誰が話していたかは知らない』
なんてこともあるから」
「なんだ」
「でも複数人のルートから遡上すれば黒幕、その周辺くらいは割り出せるかも」
「いいね! それやろう! やるだけやろう!」
小鳥は顔面を鷲づかみにされたまま、顔の横で手を組む。
その様子を見て郭妃も笑う。
「おーおー、なんか急にやる気出てきたじゃん?
やっぱり鄭妃と仲良いから?」
茶化す、というほどでもないが。
友情に厚いことを多少くすぐる気配はある物言い。
しかし、
「いえ」
小鳥に揺すられ、乱れた衣服の肩なんかをなおしながら。
タジは静かに、しかし鋭く答える。
「下手をしたら、誹謗中傷だけで収まらない話かもしれないので」




