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タジ 〜後宮娼婦の事件簿〜  作者: 辺理可付加
死人なら口なし
38/93

6.

「あ、あら、タジじゃない。どうしたの?」


 徐妃は正直、


(マズい相手に見られた!)


 というのが素直な感想だった。


 ここ最近後宮では、妃嬪の連続死という重大な事件が発生した。

 その両方ともがすでに解決されているのだが。


 表向きは


『皇帝陛下の命を受け、ある衛尉官が解決した』


 ということになっている。


 しかし後宮では、この世のどこより噂が広まる女の園では。

 多くの者が知っている。


 例の男はあくまで命を受けただけの、言わば監督官や責任者でしかなく、



『その補佐や協力者という体(てい)で、実質の捜査官を務めている者がいる』


『それがどうやらあの北方女、後娼のタジらしい』



 ということを。


 徐妃自身もこのまえ、


『実際に聴取を受け、解決の場にも協力した』


 と郭妃から直接聞いているし、以前からちょくちょく


『失くした物を見つけ出してくれた』

『脱走したペットを連れ戻してくれた』

『悩みを相談したら解決策をくれた』


 など、探偵じみた後娼がいる話も耳にしていた。


 だが探偵といっても、ほぼ『なんでも屋』状態のリアルな私立探偵の方。

 徐妃の認識では、宦官や女官に頼むような雑用を、他より早くこなす程度だった。


 それがまさか、作り話の方の探偵めいてくるとは。


 本職ほど責任や義務がないからだろうか。

 わずかな違和感からギャンブルめいた、決め打ちに近い捜査をするという。


 徐妃は最初の取っ掛かりを与えないよう、努めて笑顔で対応する。


「どうしたのかしら? 道に迷った、ってことはないでしょうけど」

「いえいえ、そこは大丈夫です」


 タジは笑いながら、さりげなく距離を詰めてくる。


 あるいは、もう目を付けられているかもしれない。


「では何? できれば、あなたには鄭妃の側にいてあげてほしいのだけれど。

 あんな噂が気になる程度には、落ち込んでいるようだし」

「私もそうしたい気持ちは山々なんですがね?


『少しひとりになりたい』


 とおっしゃられたからには」

「あぁ」


 そう言われると徐妃も無碍(むげ)に帰しにくい。

 じわじわと長期戦にもつれ込む予兆を感じる。


「それにしても、私は楽器とか得意ではないんですけどね?

 みなさまくらいの演奏家となられますと、あれだけの情熱をお持ちなんですね。

 もはやそれだけで身を立てている専門家並みに入れ込んでいらっしゃる」


 感心しているのかバカにしているのか。

 徐妃には分からないが、タジは笑みを浮かべている。

 あるいはこれをどう受け取るかが、相手の精神状態を映す鏡なのかもしれない。


「逆にね。私たちは美しいというだけで集められた妃嬪よ。

 もちろん一切の努力も苦労もないとは言わないけれど、


『ただそこに在る』


 ことが役割の完成形みたいなものなの。

 仕事に情熱を注ぐべくもないなら、趣味が代わりにそうなるわ」


 軽く籠の鳥たる妃嬪の悲しみを滲ませてみたが、


「そんなことおっしゃらずに、陛下のお世継ぎも産んでください」


 同じ後宮住まいでも、割りかし自由に出られる鳥には届かない。

 別に徐妃とて、同情を買えると思っていたわけではないが。


「で? 世間話が用事じゃないでしょう?

 あなたには悪いけれど、ほぼ面識のない人物と盛り上がれるほどじゃないの。

 話を進めてくださる?」

「宴席の幹事をなさるほどなのに?」

「また別でしょ」


 徐妃がここまで突き放して、ようやくタジも1歩退がり、


「ひとつお聞きしたいことがありまして」


 帽子を抑えながら、頭を下げる。



(来た!)



「何かしら?」

「いや、大したことではないんですがね? でもちょっと答えにくいことかもしれません」

「どうぞ?」


 タジはズレてもいない帽子の位置をなおす。

 抑える意味はあるのだろうか。

 抑えていないと脱げそうなほどブカブカにも見えないが。


 というのはさておき。


「鄭妃さまの演奏、そんなにマズかったんですか?」


「えっ?」


 タジは一瞬だけ人差し指を立てる。


「ついさっき、鄭妃さまのお部屋でなさっていたお話のことです。

 普通は、普通はですよ?


『酒宴中にあ(・)わ(・)や(・)という状態になり』

『今も体調を崩して寝込んでいる相手が』


『私の演奏が下手すぎて、師匠の霊が破門だと言っているのか』

『もう笛をやめるべきか』


『そう思うほど追い詰められている』


 っていう状況になったら。

 たとえ嘘でも、


『そんなことなかった。素晴らしかった』


 くらいのことは言うものではないでしょうか。

 せめて


『酒の席なんだから失敗して当然だ。気にするな』


 とか


『腕のせいとか破門とかは知らないけど、また祟りがあったら怖いものね。

 でも、もったいないね』


 くらいの励ましはある方が自然じゃないですか。

 人間そこまで切り捨てられるほど強くないから」


 徐妃はタジの方へ向きなおるときに放した欄干をまたつかむ。

 立っていられないほどではないが、手に力が入ってはいる。


「しかしあなたは何もおっしゃらなかった。

 私に先ほど


『鄭妃の側にいてあげてほしい』


 というほどには気配りのできるあなたが、私程度でも思い付くことを」


「そう、ね」


 黙っていては分が悪いかと絞り出した返事は、思った以上に声が掠れていた。

 これなら黙っていた方がマシだったかもしれない。


「いや、分かるんですよ?

 私なんかは想像も付かない、心血を注いだ芸事の世界ですから。


『馴れ合いで評価するのは、相手や笛子に対し不誠実だ』


 という考え方があるのも。


 呉大人って誉めない方針の先生だったんですか?」


 タジの言葉で、徐妃の脳裏に記憶が蘇る。


「そんなことはないわ。優しくて、褒め上手で。

 上達するととても喜んでくれる、いい先生よ」


 鄭妃に対しては。


 これに関しては依怙贔屓というより。

 徐妃がベテランとなるにつれ、要求水準が上がっただけなのだが。


「では、あなた個人の笛に対する哲学的な?


『先輩として厳しくするべきだ』


 というような?」

「いえ」


 正直焦っていた除妃だが、フラッシュバックでむしろ冷や水が掛かったか。


「情けない話、あの娘の様子が痛ましすぎて、言葉が出なかっただけよ」


 冷静に弁明が出る。


「そうですか」

「あなたも私くらいになったら分かるわ。


『先輩だ年長だっていっても、案外“年の功”なんて気が利かないのね』


 って」

「肝に銘じておきます」


 タジは帽子を抑え、深々と頭を下げると、


「いや、失礼いたしました。混乱なさっているところに変な質問をして」


 にっこり笑う。

 難が去ったあとなら、乙女を悦ばせる後娼の魔性にも見えるのだが。


「本当に変だったな。


『なんで鄭妃を励まさなかったんだ』


 なんて、本当。

 申し訳ありません」

「気にしないで。それだけあなたが鄭妃に寄り添ってくれているってことだもの。

 これからもあの娘をよろしくね?」

「はい。失礼いたします」


 タジはもう一度軽い会釈をしたあと、鄭妃の部屋の方へ戻っていった。


「ふう」


 なんとか乗り切った。

 徐妃も虚脱感に見舞われつつ、少しでも距離を取ろうと反対側へ歩き出した

 その背中に、


「あぁそうだったそうだった」


 嫌な声が飛んでくる。

 振り返ると、案の定、


「すいません、もうひとつだけ」


 派手な色合いの北方女がいる。


「……何かしら」


 しかし、冷静に乗り切ればなんとかなるのは、先ほど徐妃がそうしたとおり。

 笑顔での対応を心掛けると、


「何かおもしろいことでもおありだったんですか?」


「え?」


 思いもよらぬ、


「いえ、さっきここでお見掛けしたときにね?



 肩を震わせて、笑っていらしたじゃないですか」



「!」


 しかし致命的な1発が飛んでくる。


「し、失礼ね! 人が声を押し殺して、泣きそうなところを堪えているのを!」

「あ、そうでしたか。それは失礼。

 案外声だけ聞いたら分からないものですね。

 そういえば私も昔、


『泣いているのか』


 って声掛けた相手が麺食べてただけってことがありました。


 それだけ」


 タジはくるりと向きを変え、またさっきと同じ方向へ去っていく。

 今度は少しも失礼だったとは思っていなさそうな態度に、


「くっ!」


 徐妃も今度は欄干をつかまず、ゲンコツを落とした。










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