4.
あれから宴はどんどん進み、真夜中になっている。
こんな時間まで笛を吹き通していたと思うと、近所迷惑このうえない。
呉大人が作曲したものも尽き、
『先生がお好きだった曲』
『◯◯の祭礼で先生が演奏なされた曲』
とか由縁を付けて選曲し、なおも突き進み、
「さて、なんだかんだ1巡したわね?」
ようやくここまで至った。
割とみんな、ヘロヘロである。
が、
「では、そうね。鄭妃、お願いできるかしら」
「は、はい」
徐妃にまだまだ終わらせる様子はない。
夜通し宣言はなされていたので、おかしいことではないのだが。
そもそも夜通しでやろうとするのがおかしい。
全員
『マジでやるとは』
という顔をしている。
そのなかでも、
「また?」
「一番弟子は大変ね」
「ちょっと酷使じゃない?」
鄭妃に関しては、1巡するまでのあいだにもう2回演奏している。
いくら我らがエースとは言え、さすがに多い。
が、後宮の大先輩である徐妃の指名であるし、
鄭妃も断らない。
『光栄である』
『先生の弔いとして、使命がある』
という、誰しもが察せられる事情もあれば、
『「成否はあなたに掛かっている」と言い含められている』
という、周囲には知る由もない責任感もある。
「では、『函渓大魚』を吹かせていただきます」
しかし、天才にも限界というものはある。
「さすがに難易度を下げてきたわね」
「仕方ないわ。よく耐えた方よ」
「これって除妃さまのイビりだったりしない?」
さすがに他の妃嬪たちも心配になり始めるが、
「あぁ……」
「すごい」
「語彙力を喪失する……」
ヒリリリリリ、ルラリ、ルロォ……
一度音曲が響けば、誰もが口をつぐんでしまう。
目を閉じれば、誰しもそこは深山幽谷。
細い緑の道を抜ければ、箱庭のような狭い空間に出る。
足元には池が広がり、滝壺の方からぬらりと大きな影が──
ピピョッ!
「えっ」
「あらっ?」
幻想が一瞬にして崩れる。
音は乱れ、しかも、
「はっ、はっ、はっ、はっ……!」
再開されない。
されるべくもない。
「鄭妃!?」
「ちょっと、大丈夫!?」
本人の返事もない。
真っ赤な顔で滝のように汗をかき、苦しげに胸を抑え、
「ふーっ、ふーっ、
あっあっ、
うああああああ!!
あああああああ!!」
錯乱状態にすらなっている。
「きゃああああ!?」
「し、しっかり!!」
鄭妃だけでなく、満座が大混乱に陥るなか、
「なんてこと……!」
徐妃は女官に指示を出しつつ、驚きに口元を覆う
フリをして、
手の内側でニヤリとほくそ笑んだ。
とりあえず鄭妃は彼女の自室へ運ばれた。
「鄭妃さま!?」
予想だにしない容態で帰ってきた主人に、侍女たちもパニック。
「いいから水を用意して! 寝具は整えてあるのでしょうね!」
「徐妃さま!?」
「私のことはいいから、早く鄭妃を介抱しなさい!」
徐妃の侍女たちに支えられている鄭妃が、彼女の侍女たちへ受け渡されると、
「ご苦労さま。あとは向こうに任せて、あなたたちは戻りなさい」
「はい」
「私はもう少しあの子の様子を見るわ。
悪いけれど、会場の解散はあなたたちで進めてちょうだい」
「承知しました」
徐妃はひとり、鄭妃の部屋に残った。
「状況から考えまして、飲みすぎでしょうかな」
哀れ深夜に急遽呼び出された御典医の老人は、少し高い声で診断を下した。
寝起きだとテンションが上がらず声が低いイメージもあるが。
逆に叩き起こされて早々
『妃嬪が大変なことになっている』
などと聞かされたから。
むしろ衝撃で変なハイを起こしている。声が上擦っている。
「とにかく水分をしっかり摂らせてください。
発汗しているし、嘔吐もするでしょうから。
水には塩や果物の果汁を加えて」
ひととおりの処方がなされ、侍女たちは集中して聞いている。
あるいは御典医の横、ベッドの上で苦しげな鄭妃を不安そうに見つめている。
そのあいだ、徐妃は何をしていたかというと。
彼女は化粧台の椅子に腰掛けている。
何気なく、さりげなく、
『そこにちょうど椅子があったから』
という体で。
そうして機会を窺い、
(今なら)
全員の視線が別へ集中しているうちに、
そっと、音がしないように棚を開け、
口紅が入ったコンパクトを先日取ったものと入れ替え、
懐にしまった。
その翌日から、後宮では噂が流れるようになった。
『鄭妃が師匠追悼の宴席で、笛子の演奏中に苦しみ出し、精神状態もおかしくなった』
『これはあまりにひどい演奏をしたために、師匠の怒りを受けたのではないか』
『霊の祟りによる破門宣言ではあるまいか』
と。
それから二日後の昼。
鄭妃の自室にて。
ベッドで横になる彼女の枕元、椅子を置いて座る見舞客がいる。
「このまえは、大変なことになりましたね」
「えぇ」
「だから言ったのです。『欠席するべきだ』と」
タジである。
「こんな、寝込んでしまって」
「いえ、体調はもういいのよ? ただ、
『念のため安静にしていなさい』
と言われているだけなの」
「今は今。私は当日の話をしている」
「むう」
タジは鄭妃の言い訳を切り捨てる。
相手の言い分を遮断するのは、彼女の得意とするところ。
ピロートークも重要な床仕事で、それはどうなのだろうか。
しかし世の中には一部、クールに突き放されるのが性癖な女性もいる。
あるいは、『お見舞いに来てくれる』だけでうれしいのだろう。
「でもでも、馬乳酒のおかげか、昼くらいから具合がよくなっていたんですよ」
鄭妃は甘えるような声としゃべり方をする。
だが、そんなものが通じるならタジはタジをやっていない。
「だぁかぁらぁ。馬乳酒はそんなに聞きません。魔法の薬ではない。
馬乳酒の効果だったとしても、所詮は栄養です。
夜には消費されて」
と、フルボッコに掛かったところで、
「……」
「タジさん?」
ふと、アゴに手を当てて考え込むのだった。
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