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タジ 〜後宮娼婦の事件簿〜  作者: 辺理可付加
彼女たちが知っている
32/94

18.

「何が」

「破片を集めて、大まかに組み合わせてもみたんですが。


 圧倒的に足りないんです」


「だから何が」

「ご覧ください」


 タジはここで手を置いていた絵を持ち上げ、面前まで突き付けてくる。

 額縁の中では、全裸の夏妃がタンスの上に腰掛けている。

 挑発的な上目遣いの笑み


 は別にいいとして。


「ここです、ここ」


 タジが指で円を描く。

 その内側にあるのは、


「花瓶ですね」

「えぇ、床に落ちているのと同じものでしょうか?」

「でしょうね」


 夏妃の尻の横。


 白磁で青いラインの模様が複数入っている、彼女お気に入りの一品。

 犯行の日もサイドボードの上にあって、德加が引っ張り落としたそのもの。


「どう思われますか?」

「どうって」


 德加は鼻から息を抜き、バカにして笑う。


「我ながらよく描けていると思いますよ? 完璧と言っていい。さすが私だ」


 しかし、


「それを聞いて安心しました。


『気に入らないから改変して描いた』


 なんて言われたら、大変なことですから」


 タジには通じていない。

 どころか。


「聞いたね?」

「聞いた聞いた!」


 うれしそうに小鳥と確認し合っている。


「それが何か」

「では正確に描きとったはずの絵と、実際の花瓶を見比べてみてください」

「はぁ」


 逆らっても面倒である。


『なんの意味があるんだ』


 という態度を隠さず、目を交互させていた德加だが、


「あっ」

「画家の観察眼なら、すぐにお分かりでしょう?」


 タジのにっこりがニヤリに変わる。


「足りないんですよ。



 高さも、柄も」



 タジはひらりと動いて、別の裸婦画へ。


「これも」


 また別へ。


「これも」


 繰り返す。


「これもです。


 夏妃、相当この花瓶がお気に入りだったそうですね。

 高確率で裸婦画のどこかに出てきます。

 侍女さんが言っておられました。


『亡くなる前日も部屋の模様替えをして、あれこれ動かしたけど』

『この花瓶だけは絵のために触れなかった』


 と」


 最後にタジは、多くの絵を同時に指すように腕を広げる。


「私もこの大量の裸婦画を見て気付きました。


 彼女たちが言っている!



『この花瓶は一部足りない!』」



 德加は半歩退がる。

 確かに言われたことは衝撃である。


 が、それがなんなのか分からない。


「で、それがどう、私の犯行に繋がると?」


 相手が自信満々なだけに、何かがあるはずなのだ。

 でもそれが見えてこない。不気味である。


 それを今から、この女に叩き付けられる。


「問題は、


『では残りの部分はどこへ行ったのか』


 ということです。


 郭妃さま!」


 タジが窓に向かってし指示を出すと、


 ベッドの上に落ちていた帽子が、スルッと外へ消えていく。


「この花瓶は細長い首が伸びていて、下は丸みを帯びた形。

 おそらく縄は結びやすい上の方に括られていたんでしょう。


 で、花瓶はおそらく尻から落ちた。

 あるいは落ちた拍子に首が折れた。


 そうやって衝撃が逃げたために、縄に括られていた部分は砕けなかったのでしょう。

 だから結ばれたままになって、


 あなた、縄を力いっぱい引っ張り抜きましたね?

 そのまま一緒に、窓の外へと落ちていったんです」


 タジは右手が左腕を飛び越えるジェスチャーをする。

 右手が縄の先端で、左腕が窓枠のつもりか。


「計算が仇になりましたね。

 暗くて先端に括られたそれが見えなかった。

 怪談大会の参加者が最初の音で大騒ぎするから、こちらが割れる音は聞こえなかった。


 あなたは証拠を残したことに気付かなかった。


 私、郭妃の部屋の窓の下まで行って、確認しました。

 砕け散った花瓶の破片が、そこにも落ちていましたよ?」


「だから、それが、何か」


 德加はうわごとのように繰り返すしかない。

 追い詰められていることしか分からない。


「私がやったっという証拠は」

「ないとおっしゃりたいんでしょう?


『縄はもう燃やしたから』」


「!」


 しかし、ダウンした脳を無理矢理起き上がらせる1発。


「昨日私がお宅へお邪魔したとき、庭で焚き火をしていらっしゃった。

 焼いていたのはおそらく、犯行に使った縄でしょう」

「そんな証拠、どこにある!」


 脳が起きたなら抵抗せねば損。德加は吠える。


「あなたの言うとおりだったとしても、もう燃え尽きて残っちゃいないさ!」

「はい」


 タジは大きく頷くと、ズレてもいない帽子の位置をなおす

 動きをしたが、そもそも今は被っていない。


「だったら!」

「実はね、縄かどうかなんてどうでもいいんですよ」

「は!?」


 彼女はまた、德加の目の前まで戻ってくる。


「燃やされたのが縄でなくても。実際の方法すら縄でなくても」

「なん……!」


 タジは人差し指で、自身の右目を指す。


「この右目は視力が悪い代わりに、違和感は見逃さない『鷹の目』です。


 あなたが火を放置して引っ込んだあと、私が消火して差し上げました。

 感謝してください」


「あぁ、うん」


「そのあと、真っ黒な灰の中に、浮かび上がって見えたんです。



 いくつもの、白い破片が」



「あっ!」

「はい」


 タジは右足を退いて半身になる。

 すると德加にも、床に落ちた花瓶が見える。


「外の地面に落ちて割れたとき、破片が縄の繊維に絡まったり、食い込んだんでしょう。

 あなたはそれに気付かず縄を持ち帰り、庭で証拠隠滅に燃やした。


 しかし、磁器は燃えませんからね。



 さて問題です!


 どうして割れた花瓶の破片が、あなたの家の庭で見つかるんですか!」



「うっ」


「私は破片を、灰ごと樫の木の下に集めました。

 今それを相方の飛くんが回収に行っています。


 あとは調べれば同じ花瓶のものか分かるでしょう。

 青い模様の線が一致するはずです。



 納得のいく説明をお願いします!」



 ここ一番、らしくない声の張り上げ方に。


 ついに德加は、床へ腰を下ろした。

 それをタジは見下ろしている。


「まだお続けになられますか?」


 彼が答えるより先に、勝者と敗者の構図があった。

 そこに、



「確かに、完成品の推理ですね。神が細部に宿った、背景まで一点のアラもない」



「どうも」


 共同製作者のサインが入って、画竜点睛がなされる。


 完全に諦め、解放された德加は、


「くっくっくっくっ」


 乾いた笑いを漏らす。


「まさか、あれだけ嫌々描かされた裸婦画に、最後までし(・)て(・)や(・)ら(・)れ(・)る(・)とは。

 夏妃だって価値を感じていなかったのに、これが彼女の無念を晴らすとは」

「わざわざ回収していただけでも怪しいのに。

 それだけ憎い絵なら、さっさと処分しておくべきでした。

 であれば、少なくとも私はまだ真相にたどり着けていない」


 タジが諭すように微笑むと、


「ふふふ」


 德加の笑いに湿度が宿る。


「タジさん。

 そうであろうと私は画家だ。


 自分が魂を込めて描いた絵を、処分するなんてできはしない」


 見上げてくる目に、今更光が宿るのを見て。

 タジは哀れんでいるのか嘲笑っているのか分からない顔をする。



「魂なんか込めるから、絵が復讐してくるんですよ」











          ──彼女たちが知っている 完──








お読みくださり、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になったりドキドキしていただけたら、

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よろしくお願いいたします。

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