17.
「あなたと夏妃はただならない関係、
はっきり言うと不貞の妃と情夫の関係にあった。
ここはあなたもお認めになったことだ。
よろしいですね?」
「えぇ」
「そしてこれは裏が取れていることなんですが。
夏妃は
『男が私を捨てようとしている』
という発言を侍女に漏らしています」
「へぇ」
タジは別の裸婦画の隣に立ち、キャンバスに架けられた額縁を指でなぞる。
「陛下のことをこう呼ばわるのは、敬意はともかく時期的にあり得ません。
ここで言う『男』とは、
德さん、あなたのことでしょう」
「という推理ね」
「はい」
『事実だろう』
とでも言うように、夏妃たちの視線が注がれる。
彼は知らないフリをする。
「動機は別れ話でしょう。
なかなか切れてくれない夏妃に業を煮やしたあなたは、ついに彼女の殺害を決行します。
ちょうど依頼されて裸婦画を描いている最中、または前後。
その日依頼があったことは、あなたもお話しくださったとおり。
しかも、いつも必ず同じ時間に来るところ、遅らせたそうじゃないですか」
「怪談大会がありましたからね。
後宮で時間潰しができる身分でもない。
間が空かないようにしたかったんですよ」
「アリバイのためにね。
話を戻しましょう。
あなたはベッドの上で、裸の夏妃を刺殺します」
タジは人差し指を立てる。
德加は立ち位置を変えて、視界に入らないようにする。
「しかしこのままでは
『死体が発見されたとき、裸で会っていた証拠のある自分が疑われる』
そう考えたあなたは、遺体に服を着せます」
「どうしてそう?」
「遺体は当然外から刺されていました。
しかし服は生地のめくれ方からして、内側から。
体と服が別々に刺されたということは明らかです。
おそらく体に傷を付けずに、服にも符合する傷を付けたかったのでしょう」
「……」
德加は返事をしなかったが、タジは意に介さず話を進める。
「次にあなたは犯行を強盗の仕業に見せ掛けるため、部屋を荒らします。
引き出しを抜いたり、物を散らかしたり。
あなた方が怪談大会をしていて、花瓶が割れる音を聞いたとき。
これらの音はしなかったのは、すでに行われたあとだったからですね。
またこれが、アリバイの伏線ともなります」
話の時間軸が変わるからだろうか。
はたまた、ここからが前回ネックとなった箇所だからだろうか。
タジはベッドから立ち上がり、德加の方へ数歩近付く。
「アリバイの工作はこうです。
ちょうどその日、郭妃の怪談大会に参加予定だったあなたは
『その時間に犯行があったことにしよう』
と考えた。
あるいは、これを前提に犯行を計画した。
バレる心配はありません。侍女さんは人払いをされている。
それまでに遺体が発見されてしまう可能性はほぼない。
こうすれば、他ふたつの偽装は証拠が出ても、自分から
『犯人ではないという証拠』
を提出できる。
まさに工作の陰影、絵の具の重ね塗りです」
「せめてうまいことは言ってくださいよ。しょうもないな」
「すいません」
今のが効いたのか効いていないのか分からないが。
タジはズレてもいない帽子の位置をなおす。
「で、どうやったというんです?
その時間私が郭妃の怪談大会にいたことは、裏が取れているはずだ」
「はい」
「どうやって上の階の花瓶を割れたというんだ。
まさか神通力だとかは言わないでくださいよ」
「ご安心ください」
なおも德加がタジを視界から消すように立ち回っていると。
彼女は相手に一番近い絵の裏まで行って、角から首だけ出す。
やり方がホラー映画である。
「簡単ですよ」
タジがにっこり笑った瞬間、
彼女の帽子がシュッと飛んでいく。
「えっ?」
帽子はポソッとベッドの上に落ちた。
それからなおも、窓の方へとズリズリ動いている。
よく見ると、アンテナのような突起から窓へ向かって、
「はい、たった今ご覧のとおり。
縄で結んで引っ張れば、下の階からでも花瓶を落とす程度のことは可能なんです」
これは偶然だろうが、德加が使ったのと同じ太さの縄が伸びている。
すると外から、
「おーい、うまくいったーっ!?」
郭妃の声がする。
彼女が中庭から引っ張ったのだ。
「はーい! バッチリです! ありがとうございます!」
(あのおもしろいこと好きめ!)
そこを憎んでも仕方ない。
「花瓶が割れたのは、あなたが怪談を披露していたタイミング。
しかも蝋燭を消したそうではありませんか?
あなたは光源をなくすことで
『帳を開ける』
と、さりげなく窓へ近付き、
あらかじめ垂らしておいた縄を引っ張り、計画を実行したのです。
これが事件の全貌です。
いかがでしょう」
語り終えたタジは、全身を絵の陰から晒す。
德加は天井を仰ぐ。
が、これは諦めではない。
事実、彼女の推理は間違いではない。
が、足りていないのだ。
「確かにそうすれば可能でしょうね。よく考えるものだ。
でもね、全体で見れば何も進歩しちゃいない。
夏妃の裸婦画ほども完成していない。
昨日も言ったはずだ。それを
『私がやった証拠はあるのか』
と」
彼は腕を組み、タジを睨み付ける。
彼女の方は、依然笑顔を絶やさぬまま
「ございます」
人の両肩を持つように額縁の角へ手を掛ける。
「床をご覧ください」
「床?」
「ほら、あの辺り。花瓶が割れているでしょう?」
タジが指差す先では、バラバラになった花瓶の残骸が横たわっている。
「何かおかしいと思いませんか?」
「何が」
そんなことを言われても考える義理はないのだが。
德加も画家、そのサガ。
観察し、考えてしまう。
「落ちて割れたにしては、あまり破片が飛び散っていない?」
「それは分かりやすいようにこちらで集めました」
「なんだ」
数秒考えた德加だが、
「分かりませんね」
匙を投げる。
すると、
「足りないんです」
間髪入れずタジが答える。




