↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タジ 〜後宮娼婦の事件簿〜  作者: 辺理可付加
彼女たちが知っている
30/92

16.

 朝、德加は目を覚ますと郵便受けを確認する。

 日課であり、仕事の一端である。


 宮廷画家には宮中に住んでいる人と、彼のように家を持つ人がいる。


 で、彼らはご指名があった際、詰め所に手紙が届くのだが。

 外泊組は参内(さんだい)しない日もあり、放置になることがある。


 そうやって丸1日が経過した依頼は、翌朝家へ届くシステムになっている。

 最初から家に手紙を出すお偉いさんもいるとか。


 そう聞くと


『詰め所に行くだけ面倒。家にいたらいいじゃないか』


 と思う方もいるかもしれないが。


『誰でも手の空いている方』系の依頼は詰め所で早い者勝ち。

 よし悪しである。


 一応宮廷画家も歩合(ぶあい)制ではなく固定給があるのだが。

 タジが妃嬪からワインやチェスセットを貰っていたように。


 ボーナスの現物支給とでも言おうか。

 がんばった方が旨みはある。

 お小遣いをくれる妃嬪もいるし。


 あと仕事がなさすぎると不人気の烙印を押される。

 プライド的にも周囲の視線的にも、居心地は悪くなる。


 後娼も宮廷画家も、宮中のサービス職はみんな同じようなシステムである。



 そういう意味では、


「さて、なんか依頼は来てるかな」


 夏妃というお得意先が消えてしまった、

 が、そもそも働いただけ貰える『旨み』が肉体関係。

 途中からむしろ搾取されていた、かわいそうな男德加。


「お」


 彼としては、ここからがキャリアの分かれ道なのだが、


「来てる来てる。えー、


『瑞鶴殿・飛小女より──』」


 どうやら幸先がよさそうである。











「ここかぁ」


 德加は朝食を終え、詰め所を覗いてから瑞鶴殿へ向かったが。

 そこそこ道に迷った。


 ここにいるのは『少女』なる、将来の女官や妃嬪を見込まれ英才教育を受ける娘たち。

 言ってしまえば幼い子が多いので、まだあまりステータス(絵を描かせること)に興味がない。


 せいぜい皇帝が特別お気に入りの娘の分を依頼するくらい。

 ほぼ行くことがない、というか、德加は来たことがない。


『不用意に近付くとロリコン(異常者)の汚名を着せられる』


 とか


『そのためここの保護者(女官)たちが一番怖い』


 とかいう噂もある。宮中サービス職でさえ


『いつか依頼が来るかもしれないから、場所を把握しておこう』

『目的地へのルート上にあるから、迂回せずに近くを通る』


 ということもない、未上陸のフロンティアになりがちである。


「すいません」


 德加が入り口で箒を掃いている女官へ声を掛けると、


「はぃ?」


 なるほど、男というだけで睨むような目で見られる。

 返事だって


『はぁ?』と言い掛けたところをギリギリ『ぃ』が間に合った


 みたいな感じである。

 おそらく飛燕も初めて小鳥に会いに来たとき、


『姉の死と自身への死刑宣告で、異様なまでに顔面蒼白の武官』


 という、落武者の亡霊と見紛(みまが)う姿でなかったら、袋叩きで追い返されただろう。


「き、宮廷画家の德加です。こちらの飛少女から依頼を受けまして」


 德加が手紙を掲げると、


「あらまぁ!」


 女官は一気に笑顔になる。


「すぐにご案内いたしますわ!」


 かわいい少女たちの希望を叶える正しい客であれば、逆に歓待されるのであろう。


 幼くして親元を離され、後宮に詰め込まれ教育の日々。

 少女たちの境遇を思えば、お世話をする侍女たちの愛情が深くなるのも頷けるが、


「はは……」


『あそこの女官は、極まったロリコン(異常者)が紛れ込んでいる』


 という噂もある。











 まぁ噂はどうでもいい。

 依頼さえ終われば関わることのない相手である。


 德加は女官の後ろを着いていき、2階、


「こちらが小鳥さまのお部屋ですわ」

「ありがとうございます」

「では私(わたくし)はこれにて」


 目的地に到着する。


(なんだ。過保護に見えて、部屋の中までは立ち会わないんだな)


 よく分からない基準に困惑しつつ、德加が扉を開けると、



「は?」



 なんとそこには、



 部屋中に夏妃の裸婦画が飾ってある。



「こ、これ、は? え?」


 混乱、困惑。

 德加が目を見開いて、部屋中を見回していると


「あ」


 正面のキャンバスに立てられた裸婦画の後ろ。



 誰かが立っている。



 足元は膝下まであるブーツがボトムスを覆い、

 上は大きな帽子にアンテナのような装飾、そこに着いた赤い飾り毛。


 顔が見えなくとも誰だか分かる。


 そこから現れたのは、



「どうも、おはようございます」



「タジ、さん」



 女は帽子を抑えながら、軽い会釈をする。

 德加は返さなかった。


「どうして、こんなところに?」


 出た声は、自分でも驚くほど低かった。


「ここは飛少女の」


 とまで口に出して、自分で気付く。


(あの絵を背負ってきた武官の男。

 あれは確か『飛(・)燕』というんだったか)


 話が繋がり、德加はひとつの結論に達する。


「騙しましたか」


 今度はもう、攻撃的な声が出ても驚かない。


「そんなことはありません」


 しかしタジは相変わらず、一切効いた様子がない。


「もちろん私の用事が終わったら、小鳥に絵を描いていただこうと思っています。

 素晴らしい画家さんであられると推薦しておきましたから」

「それはありがたいな」

「はい。


 何事もなく終わったなら」


「……」


 普通の用事で、何事が起こるというのか。

 つまりそれは、普通の用事ではなく、

 非常に重大な何かが発生するのであり、


 そんなもの、ひとつしかない。


(いや、大丈夫だ。前回も花瓶のことで乗り切れた。証拠はないはずだ。


 でも、そのうえで来たということは、新たに何か?


 ダメだ! 気持ちで負けてはダメだ!)


 德加は震える拳を抑え、



「じゃあはっきり言ってください。

 あなたはここで私を、


『犯人だと決定付けてみせる』


 そう言いたいんですね?」



 正面衝突を選択する。


 すると、今まで散々嫌な立ち回りをしてきたタジも、


「そうなれば、と思います」


 相変わらず癪な言い方だが、はっきりと明言した。


「へぇ」


 德加が気配を感じ振り返ると。

 部屋の戸口から、小鳥が顔だけ覗かせている。


 別にやろうとは思わないが、暴力に訴えようものなら人を呼ばれるだろう。


「じゃあ聞かせていただきましょうか。

 私が夏妃を殺した犯人だという説の、完成品を」


 タジはにっこり笑って頷くと、小鳥のベッドに腰掛ける。


「ではまず、事件のお(・)さ(・)ら(・)い(・)からいきましょう」


 夏妃の死に様のメタファーとでもいうように。










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。