15.
德加の家から帰ってきたタジは、
「まだ昼飯まで時間あるな」
一度夏妃の部屋を覗くことにした。
龍驤殿の廊下。
タジはちょうど夏妃の侍女と出会す。
「おはようございます」
「あぁ、どうも」
「捜査は進んでいらっしゃいますか?」
確か河とかいった人。
彼女の聞き方は努めて軽い感じだが、目は真剣さを隠せていない。
夏妃とて、誰かにとっては殺したいほど憎い相手でも。
誰かにとっては敬愛する主人だったのだ。
「もう少し、あと1歩、なんですがね」
タジはズレてもいない帽子の位置をなおす。
「そうですか。これから妃さまのお部屋へ?」
「はい」
「飛ご兄妹もいらしていますよ。そうだ、差し入れを持っていきましょう」
「いえいえ、お構いなく」
「まぁまぁ。早く犯人を捕まえていただくためにも、ね?」
「はははぁ」
もはやプレッシャーすら滲み出ている。
タジは逃げるように夏妃の部屋へ入る。
すると、
「うわ、どうしたの」
部屋の至るところに、夏妃の裸婦画が飾られている。
「小鳥がやるって聞かなくてさ」
「むっふっふ~っ」
部屋の真ん中では少女が腰に手を当てドヤ顔。
「画廊ごっこ?」
「違うよぉ! タジさんが
『証拠になるかもしれない』
って言ったんじゃん!
だから全部見やすいようにしたの! 真面目にやってんの!」
どうやら彼女なりの協力姿勢らしい。
「ドヤさドヤさ!」
「あんまり現場弄らないでね」
「なんでよーっ!」
ちょっとズレてはいるが。
「いいよいいよ、片付けますヨ。うぅ、かわいそうなワタシ……」
小鳥が大袈裟に肩を落としながら絵を片付ける。
こればっかりは仕方ないので、存分に落ち込んでもらうとして。
「で、どうなんだ? 絵描きの方は」
「あともう少し、なんだけどね」
大人たちは真面目な話。
いや、決して小鳥がふざけているとは言わないが。
ふざけていないとも言っていない。
「詰め切るには至らないかな。
どうしても
『あの時間に花瓶が割れた』
ことに説明を付けないと、話が進まなさそうだ。
あとは彼の関与を決定付けるひと押しも欲しい」
「うーん」
しかし、真面目な話であれば道が開けるわけでもない。
小鳥のアイデアもすげなくあしらわれたように。
ふたりして首を傾げていると、
「お兄ー、あそこの絵剥がしてー。届かなーい」
「はいはい」
呑気な小鳥の声が割り込む。
一応彼女なりに、ものを動かさずに絵を配置したのだろう。
だが子どもの手が届く範囲には限りがあるわけで。
飛燕が手伝った結果、外すのも彼でなければできない絵もある。
しかしこんなものでも気分転換にはなる。
行き詰まった頭で考えているよりはよっぽどマシだろう。
タジも手伝いはしないが、兄妹の戯れを微笑ましく眺めていたのだが。
「ん?」
「どうかしたか?」
「ちょっと」
『鷹の目』が何かを捉える。
「その絵、そのまま」
「はぁ」
「じゃあこっちはー?」
「いや、ちょっとそれも。
ていうか、しまったヤツも一旦全部広げて」
「えー!?」
さっきの今で文句を垂れる小鳥だが、ちゃんと絵を戻していく。
「ふむ」
「で、これがなんなの?」
最初に『証拠になる』と広げたのは小鳥なのに、となる言いぐさはさておき。
タジはしばらく裸婦画たちを眺めていたかと思うと、
視線を床へ向ける。
そこには割れた花瓶がそのまま手付かずにしてある。
「ねぇ、絶対に花瓶、片付けたりしてないよね?」
ついにはしゃがみ込んだタジ。
「お、おう。陛下の命だからな。誰だって、頼まれたって触らねぇよ」
その背中へ、飛燕は戸惑い気味に返す。
さっきまで『どうしたもんかね』という顔をしていたのだ。
それが豹変しては、驚かない方が無理がある。
しかし、その変化が意味するところはつまり、
「タジさんなんか分かったの!?」
小鳥が背中へ飛び付く。
が、タジは一切意に介さず、立ち上がって窓の方へ。
血の染みを避けてベッドに上がり、窓の下を眺める。
「なんか見えるか?」
「や、見えない」
飛燕の問いにもこの調子。
必要最低限をやや下回る会話量で、窓から引っ込むとそのまま
「ちょちょちょ、どこ行くの!?」
今度は部屋を飛び出していく。
なおこの間ずっと、肩から小鳥をぶら下げている。
さすが騎馬民族出産のフィジカルか。
というのはさておき。
タジが向かったのは龍驤殿の中庭。
「お、タジじゃない。あれから何か進んだ?」
それも郭妃の部屋の窓のところ。
ちょうど庭を眺めていた彼女と目が合い、話し掛けられる。
が、
「今から進むところです」
相手が妃嬪でも、説明する気の一切ない返事。
ホスピタリティ絶無。
「小鳥ちゃんは何してるの? 背後霊ごっこ?」
「背後霊って、霊側がちょっかい掛けたら拉致られたパターンもあると思うんですよ」
「うーん、分からん!」
妃嬪方で話が進んでいる一方、
「何してんだよ今度は」
飛燕は窓の下で四つん這いになっているタジに話し掛ける。
だがついにタジは何も答えなくなってしまった。
「どうしたのよこの子」
「降りた方がいいのかな。余計なことしない方がいいのかな」
「おーい、聞こえてるかー」
黙々と、四つ葉のクローバーでも探すような執念で地面を眺め、
ついに
「あった!」
「「「うわびっくりした」」」
今までの分とでもいうような大声を上げる。
ようやく立ち上がる彼女の指先に摘まれているのは、
「なんだそれ?」
「砂じゃないよねぇ?」
「もっと大きい、何かの破片?」
郭妃の言うとおり、しかし1円玉サイズにも満たない、
白くて青いラインの入った、硬くて薄い何か。
タジはそれをじっと見つめると、
「飛くん。至急手配してほしいことがあるんだ」
ニヤリと笑って、破片を腰帯の内側へ押し込んだ。




