14.
「えっ」
德加の喉がひゅっと鳴る。
彼としては、それが向こうに聞こえなかったことを祈るばかり。
そのタジはというと、よくも悪くも様子は変わらない。
「ずっと疑問だったんですよ。
私、ずっと
『落ちたのは花瓶だ』
なんて言っていないのに。
あの部屋には他にも化粧台の鏡や陶器の皿、壺。
ガラスなら酒盃に窓に、飾り棚の扉はステンドグラス。
妃嬪の部屋だけあって、似た音を立てそうな調度品は山ほどありました」
歩くことで脳が活性化するのか。
はたまた、実はじっとしていられないほど興奮しているのか。
単にそういう性分か。
タジがずっとウロウロ動き回るので、德加は視覚的にもストレスを受ける。
包子を持ってきたとき彼女の椅子を持ってこなかったのはわざと。
ちょっとした意趣返しだったのだが。
どうやら失敗だったようだ。
「『なのにどうしてこの人は、毎回花瓶だと断言するんだろう』
『知っているかのように話すんだろう』
と。
他の怪談大会参加者は、誰も『花瓶』だとはおっしゃりませんでしたよ?
見てきたわけはありませんよね?
侍女さんが夏妃の遺体を発見してから、部屋は関係者以外立ち入り禁止です。
その時間怪談大会に参加していたあなたが、
初めてお伺いするまで事件のことも知らなかったあなたが、
確認する機会などないのですから」
だが、『見てきた』という話なら。
「いえ、
見たんですよ」
「はい?」
「私は何度もあの部屋には出入りしていますからね。
しかも絵に描いているんだ。
どこに何があるかくらい、頭に焼き付いている」
あるのだ。うまい返し方が。
それも、先ほど
『裸婦画を突き返された』
件で投げ捨てた、宮廷画家としてのプライドすら回復せしめる内容の。
「空間認識だって画家の必須スキルだ。
だから私には分かるんです。
床に物が落ちた衝撃、割れる音の発生源。そこから
『あぁ、あの辺りは花瓶があったな。
サイドボードに載せていたから落としたんだな』
ってあたりを付けられる程度には」
「なるほど」
タジが相槌から入っているうちに、德加はたたみ掛ける。
「えぇ、言われてみればそうですね。
『強盗が何やら漁っているうちに、別のものを吹っ飛ばした』
その可能性もあり得たな。
でも私にはそこまで考慮できませんよ。
それこそ絵に描いていない範囲はあなたのおっしゃるとおり。
見てきたわけじゃないんだから」
一気に捲し立てると、今度は
「分かります」
カウンターが飛んでこない。
乗り切ったと見ていいだろう。
となれば。
德加はこのまま逃げ切り体勢へと移行する。
「しかし、さすがに不愉快だな。まるで私が犯人だと決めて掛かっているみたいだ。
えぇ、確かに私は夏妃さまとただならない関係にはあった。
他人より悶着になりやすいと思われるのは仕方ない。
裸婦画を描いていましたからね。
亡くなったとき裸だったのなら、怪しまれるのもごもっともでしょう。
想定されている犯行時刻で、言われているような強盗がいるかも怪しい。
それも分かります。
でもそれを繋いだら私が犯人だと言われてもね。
星座の方がまだ絵図として成り立つ」
「決めて掛かっているなんてそんな」
「画家はどれだけ高度な技術を駆使してもね。
鑑賞者が、受け取り方が全てなんだ。
『あまり好きな描き方じゃない』
と思われたら、価値のない落書きになるんだ。
私の側からも、それを適応させていただこう」
「それは大変失礼いたしました」
タジは帽子を抑えつつ頭を下げる。
本気で反省しているか怪しいところだが。
あまり攻撃的になっても、
『図星を突かれて焦っている』
と思われかねない。
ここは追及せずに退くのが吉。德加はそう判断する。
「それでもね、私はあなたといい関係でいたいと思っている。
だからちょっと、今日は失礼させていただきますよ。
頭を冷やしてまた、よき友人としてお会いしましょう」
相手の返事を待たずに家へ引っ込む。
これで今日1日は乗り切れるだろう。
懲りずにやってきても、
『まだ気が治まらない』
とでも言えば面会謝絶の名目は立つ。
さっさと立ち去る德加の背中を、タジはじっと見つめていた。
やがて姿が見えなくなると、
「ふーっ」
無表情になって息を吐き、ズレてもいない帽子の位置をなおす。
『取り逃した』というため息なのか、単に作り笑いが疲れるのか。
しかし今のところ彼女が気にしているのは、
「これ、どうするんだい」
放置された焚き火。
タジが起こしたものではないし、家主でもない。
彼女に責任があるわけではないが。
だからって放っておいたら、どんな大惨事に繋がるかも分からない。
チラッと見れば、同じく放置された椅子の横に水入りのバケツ。
「仕方ないか」
タジはため息ひとつ。焚き火に水を掛けて消化する。
「ゔっへゔっへゔっへ!」
煙が水蒸気に変わると、一気に量が増える。
スチーム責めに涙目となるタジだが。
ちゃんと火種が消えたかは確認せねばならない。
視界が真っ白、よく見えないので横にズレつつしゃがむと、
「おや」
真っ黒な灰の中。
白い小さな物体が視界に浮かび上がる。
「なんだろうね、これ」
細かいのがいくつか点在している。
タジは大きめのものを摘み、
「痛って」
落とす。
何やら鋭利なものらしい。指先から血が出ている。
「ちぇー」
彼女は痛みを振り払うように手をヒラヒラ振ったあと、
「いい肥料だぞー。立派に育つんだぞー。もう立派だけど」
とりあえず置いてあった箒で灰を、庭木の樫の根元に集めた。




