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タジ 〜後宮娼婦の事件簿〜  作者: 辺理可付加
彼女たちが知っている
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13.

「いや、そういうわけでは」

「農家ではないのだし、野焼きではなさそうですが。いったい何を?」


 早速聞かれたくないところに触れられる。

 当然素直に答えるわけにはいかない。

 德加は愛想笑いを浮かべる。


「朝食に包子(パオズ)でも焼こうと思いましてね。

 昨日買っておいた、肉入りのがあるんです」

「なるほど。温めなおした方が肉汁とかね」

「そうそう」


 なんて話をしたからには、包子を取りに行かねばならない。

 実は朝食はもう食べたのだが。


 そもそも前回は昼に来ていたのが、今日は朝から。

 遠慮がなくなったということであり、

 容赦がなくなったということでもある。


 つまり。



 德加が戻ってくると、タジは焚き火を見つめていた。

 一瞬心臓が止まりかけたが、早く燃えるように刻んで放り込んだ。

 縄を燃やしている、なんてことはバレないはずである。


 彼は平静を装って包子を掲げる。


「タジさんも召し上がられますか?」

「いえ、私は結構です」

(じゃあもう誰もいらないよ)


 文句を言いたい気持ちを堪えて、德加は網を用意する。


「本日はどうなされましたか」


 聞かなくても分かるのだが、あくまで取り繕わねばならない。

 駆け引きである。


「いえ、あの描きかけの夏妃の絵、進捗はどうでしょうと思いまして」


 以前の彼なら、心底自分の絵を楽しみにしているのだと思っただろう。


 だが今は『駆け引きでいきなり本題に入らないだけ』としか感じない。


「ちょっと進んでないですね」

「そうなんですか」

「事件の話がね。集中できないんです」

「それは申し訳ありません」


 德加としては少し刺してみたつもりだが。

 タジに悪びれる様子はない。


「でも今日も、事件の話なんでしょう?」

「重ねて申し訳ありません」


 であれば昨日のように不意打ちされるより、『よーいドン』の方がいい。


「何か新しいことが分かったんですか?」

「はい」


 タジは焚き火と一定の距離を保って、ウロウロ歩き始める。


「侍女さんからお聞きしたんですけどね?


 あなた、夏妃と憎からぬ仲だったそうじゃないですか。

 どうして教えてくださらなかったんですか?」


 しかし、不意打ちでない代わりに正面から、一番嫌なところから切り込まれる。


「言えるわけないじゃないですか」


 德加は親指で自分の首を、右から左へなぞる。


「はいはい」


 などとタジは苦笑しているが。

 彼からすれば、このいち大事のために殺人を犯したのだ。

 笑い事ではない。


 ということも、どうせもう知っているんじゃないのか。


 と德加は思う。

 思うし、存在しない妄想に恐怖しているとは思わない。

 この女なら、たどり着いていてもおかしくはない。


 事実、その感覚は当たっている。


「誰にも言わないでくださいよ?」

「分かっています分かっています。

 ただ、そういう関係の相手が殺害されたのに、あなた落ち着いていらっしゃったから」

「私、遺体を見てもいなければ、葬儀にも出ていませんからね。

 経験ありませんか?


『身内が亡くなったと聞いても実感が湧かない』

『死に顔を見て初めて泣けてくる』


 みたいな」

「私故郷遠すぎて、親類の訃報とか届かないんです。

 誰も死んでいないだけかもしれないけど」

「あぁ」


 タジがズレてもいない帽子の位置をなおす。

 なるほど遠い北方民族の出身なのだ。しかも遊牧民。

 一度離れれば、もう繋がることはないのだろう。


 だがタジも德加の夏妃に対する想いと同じく、故郷に情はないのだろう。


「あぁそうだ。これも侍女さんにお聞きしたんですがね?

 德さんあなた、夏妃の裸婦画を


『頼まれて引き取った』


 みたいなことをおっしゃっておられましたが」


 すぐ次の話に移る。

 しかも嫌な方に。


 德加としてはもっと愛を持っていてくれたら助かったのだが。

 タジの性格を見れば、望むべくもないだろう。


「あれ、嘘だったんじゃないですか。


 侍女さん、


『そんな話はなかった』


 っておっしゃったそうですよ?」

「ああー」

「どうしてそのような嘘をおつきに?」


 痛いところを突かれたが、德加としてはまだ問題ない。

 咄嗟にとはいえ、調べれば分かる嘘だったのは彼も分かっている。

 しっかり言い訳を考えていたのだ。


「それはね、夏妃に直接頼まれたんですよ」

「ほう!」


 タジは思い切り腰を曲げて、德加の方を覗き込んでくる。

 が、顔を焚き火の煙が直撃し、すぐに戻る。


「夏妃が自ら? せっかく今まで描かせてきた絵を、一気に手放したんですか?」

「えぇ」

「私が持ってきた絵も、亡くなってから侍女さんに託されたものです。

 形見分けなわけです。


 それを本人が、事前に。

 なんだか、自分が死ぬのを分かっていたみたいだなぁ」


 タジは笑いながら、帽子に煤(すす)が着いていないかチェックする。

 まるで


『そのような言い訳が私に通じると思うか』


 とでも言うような。

 こうなれば仕方ない。


「ここだけの話ですよ? 私も名誉や立ち場がある」

「はいはい」


「『新しいのができるし、古いのはもういらない』


 って。

 捨てる代わりに突き返されたわけなんですよ」

「あーはーはー」

「お分かりいただけますよね? 私も宮廷画家だ。


『オマエの絵はこんなにいらない』

『見返す価値もない』


 と言われたなんて。

 妥当な評価かもしれないが、人に知られてはやっていけない」

「妥当だなんて、そんなそんな」


 タジは大袈裟に首を左右へ振る。

 これも、少しまえまでは純粋に認めてくれていると思えたのだが。


 とにかく、プライドを捨てて勝負に出たのだ。

 德加としてはもうここで終わってほしい。


「他にまだ何か?」

「はい」


 だがそうはいかないらしい。

 ならばと彼は、先制パンチに出る。


「花瓶の割れる音とか、その矛盾は解けたんですか?

 そこがそのままなんじゃ、全部仮定の上に成り立つ空論だ」


 すると、



「そこです」



「え」


 タジが德加の顔を指差してくる。

『待ってました』とばかりに。


「德さんあなた、



 どうして


『落ちたのが花瓶だ』


 と知ってらっしゃるんですか?」










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