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3.

 ふたりが我に返ったのは、数分が経過してから。


「な、なんだったんだ、あの女」

「まぁ気にすんなよ」


 予言(?)の当事者でないだけ、白は飛燕より気にしていないようだ。

 が、


「ってもなぁ。言ってることもおかしかったけど、やっぱり格好だよ。

 女官がどうしてあんな、どこぞの雑技団から来た道化みたいな」


 飛燕が気にしているのも、そこではないらしい。


 後宮の女官といえば、女性の職場として最高クラスのもの。

 それだけに求められる品格も一流、ドレスコードも非常に厳格である。


 だというに、あの女は前述の服装。

 どころか帽子の下も(まず女官は帽子を被らない)結い髪ではない。

 後ろ髪をバッサリ短く切り上げてある。


 100人見れば100人が


『後宮に入れてもらえる格好ではない』


 と思うだろう。


 本人も


『端くれ』


 などと含みのある返事だった。



 一時は女というだけでペースを乱されたが。

 冷静になれば結局不審者。

 見過ごしては衛尉官として責任問題である。


 今振り返って、飛燕はに(・)わ(・)か(・)に(・)脳天から滝汗をかく。


 一方、白はというと


「ま、大丈夫なんじゃねぇの?」


 この調子。


「オマエ、自分の勤務時間じゃないからって!」

「あぁ、違う違う!」


 飛燕に胸ぐらをつかまれ、白は肩をすくめる。

 だがなお余裕な表情から、適当を言っているわけでもなさそうである。


「何が違うってんだよ」

「あの格好な」


 白は女が去っていった方を見る。

 すでに姿はない。


「北方の騎馬民族の礼服だ。

 あれはあれで、ちゃんとした人なんだと思うぜ」


「はぁ」


 どのみち今から追い掛けるより、他の衛尉官に任せた方がいい。

 正装であるとはいえ、あれだけ浮いた格好なのだ。

 どうせまたどこかで止められる。


「まぁ、生きてりゃ変なのに絡まれることもあるわな」


 飛燕も心の整理をつけ、女も、不穏な予言も忘れようとしたそのとき、



「衛尉官の飛燕だな」



 唐突に背後から声を掛けられる。


 当然だがさっきの女ではない。

 もっとはっきり、野太い男の声。


「はい」


 振り返るとそこにいたのは、


 衛尉官とはスカーフの色が違う鎧。



 刑部尚書(けいぶしょうしょ)(刑部(ぎょうぶ)ではない)の武官たちである。



 飛燕たちが警備員、『対外』の武官なら、

 彼らは『対内』、憲兵にあたる。



 これには白の顔も名のとおりの色に変わる。


「飛! オマエ何したんだ!?」

「し、知るか!」


 しかし実際、飛燕も知らない。

 お天道さまの下を歩けない生き方だけは、してこなかった自負がある。


 心当たりがあるとすれば、


(ま、まさか、



 あの女か!?)



 今しがたスルーした不審者くらいである。


(もうバレたのか!? いくらなんでも早すぎ……


 ていうか!



 なーにが


『近いうちトラブルに巻き込まれる』


 だ!



 オメェが原因じゃねぇかよ!!)



 脳裏に浮かぶ美人の顔も、今は怒りしか湧いてこない。


 しかし、


「飛燕。



 貴公を姦通の罪にて拘束する」



「あえ?」


 実際は、不審な女どころの話ではなかった。











「判決! 被告飛燕を死罪とする!」



「そんなバカな!」

「キサマ、陛下の御前で『バカな』とは何事か!」

「ぐうっ!」


 そのまま、まだ午後にもならないうち、御前裁判所にて。


 無駄に広い空間の真ん中、百官に囲まれ、

 後ろ手に縛られ、床に膝をつかされ、

 鎧を着た刑部官たちに、棒で叩き伏せられている若い男。



 もちろん飛燕である。



 なぜこんな目に遭っているかというと、



 彼が今朝遺体で発見された、飛貴妃の弟だからである。



 事件については、この場で初めて聞かされたが。


 しかし、唐突な悲報に涙を流す暇もない。

 何しろ脳が理解するより先に、姉(・)と(・)の(・)再(・)会(・)を決定付けられ、

 正式な執行より先に、叩き殺されかねない状況なのだから。



 このままカーペットにされてしまいそうな彼と対照的に、


「飛燕と申したな」


 御前裁判所の中でも一番の高座。

 安置された玉座より、威厳に満ちた声が降る。


 そんな場所に座っていい人物など、決まっている。


「陛下! 御自(おんみずか)らご諮問なされずとも!」

「よい」


 先ほど死刑宣告した白髪混じりの老官を、皇帝は手で制する。

 まだ壮年であろう外見ながら、人相、声、所作には威厳が満ちている。


 あまりの雰囲気に、刑部官たちの飛燕を叩く棒も止まる。

 上半身が床と平行になるよう抑え付けてはいるが。


「貴妃が遺した書状には、確かに


『弟と密通し、子を成した』


 と書いてある。

 であれば、その方は


『許可なく後宮に忍び入り』

『朕の側室に手を付け』

『子を作り、世継ぎの列に紛れ込ませ、朝廷の乗っ取りを図(はか)った』


 ことになる。


 これだけの罪科があって、なお死罪が不当か?」


 相手が皇帝だとか威厳がある以前に、理論として至極真っ当なのだが。

 飛燕からすれば前提が間違っている。


「偽(・)り(・)ご(・)と(・)でございます! そのような事実はありませぬ!」


 確かに姉が美人であったことは認めるが、さすがに近親者である。

 幼いころ一緒の布団に寝かしつけられた以上の同衾はない。

 夢に想ったことすらない。


「しかしそう書いてある」


 姉もそうだった。

 怪しい関係ではなく、姉として優しく、愛してくれた。


 もし万が一そういう事実があったとしよう。

 あるいは一方的に、彼女からは秘めた想いがあったとしよう。


 だがそれを苦にして命を絶ったとして、



「おそれながら! それは誠に姉が書いた文(ふみ)でしょうか!」



「なに?」


 弟を追い詰めることを、当て付けに書き遺したりはしない。


 それだけは確実だと、飛燕は知っている。


 だが姉弟の絆など、他人は知る由(よし)もない。

 顔色が変わったのは死刑宣告をした老官である。


「言うにこと欠いて何を! するならもっとマシな言い訳をせい!

 御前裁判を、皇帝陛下をナメておると、ここで素(そ)っ首(くび)落とさせるぞ!」


 下の位の若造が、自身の進行と判断にケチを付けたのだ。

 腹が立ったのだろう。

 司法の官吏として問題アリだが。


 しかし、


「よい」


 威厳ある男は余裕もあるらしい。


「その方は、


『この手紙の内容はあり得ない』

『偽りだ』


 と申すのだな?」

「御意にございます!」


 抑えられ、腹が圧迫されている。

 それでも飛燕はありったけの声を絞った。


 自己弁護ではない。

 姉の名誉を守るためである。


 清廉な人柄であった雀(チュエ)が、命だけでなく遺る名すら奪われようとしているのだ。


 その真っ直ぐさが伝わったか。


「その方の言(げん)を用いるならば。


『貴妃ではなく、他に嘘偽りを書いた者がいる』


 ということになろう」


 皇帝は玉座より立ち上がる。


「であれば。


 それを証明してみせよ。



 3日間の刻(とき)をやる。

 そのあいだに遺書の書き手を見つけ、連れてくるのだ」



 より高さが出て、威圧感の増した視線が飛燕に突き刺さる。

 なんなら刑部官たちも流れ弾を受けて背が伸びたのだろう。

 彼を抑え付ける力が弱くなる。


 そのわずかな余白で飛燕は顔を上げると、皇帝の顔を真っ直ぐ見据える。

 正直畏れ多いし怖くもある。


 が、雀のことを思えば。

 勇気や使命感が与えられるのを、彼は胸間で感じていた。


「必ず」

「うむ」

「陛下!」

「よい。朕も貴妃の死に心が沈んでいる。座興のひとつもあってはいかんか?」

「……は」


 論理でないなら、老官も論理で返せない。

 飛燕も皇帝の悲しみとは別に、


『寵姫が他の男に靡いていた事実が否定されるのであれば、そうしてほしい』


 という、ひとりの男の切なさを感じた。


 と、同時に、


「以上で御前裁判を終了とする。

 刑部尚書。今より4日目の朝に、また御前裁判を開け。



 そのとき、いずれかの人間が偽証罪を問われることになるであろう」



 退くに退かれぬ事態となってしまった、ということも。










お読みくださり、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になったりドキドキしていただけたら、

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よろしくお願いいたします。

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