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タジ 〜後宮娼婦の事件簿〜  作者: 辺理可付加
彼女たちが知っている
24/93

10.

 翌日の昼。


「どうぞお好きなだけ、ゆっくりご覧になってください」

「ほほぉ~」

「あぁでもやっぱり、あなたにし(・)っ(・)か(・)り(・)見られたら、アラがバレるかな?」

「いやいや、まさかそんな」


 タジは德加のアトリエを訪れていた。

 先日の約束を早速履行したのである。


 昨日の今日で二日連続、ほぼ初対面で図々しくはあるが。

 德加としても歓迎であった。

 というか、一刻も早く来てほしかった。


「いや、さすが。私もよく妃嬪のみなさまに秘蔵の絵画を見せてもらいますがね。

 ふふ、申し訳ありません。決して低く見ていたわけではないんですがね?

 こう、出来栄えが一切劣っていないのをま(・)じ(・)ま(・)じ(・)拝見いたしますと。


『あぁ、本当に宮廷画家なんだ。素晴らしいなぁ』


 と」

「分かりますよ。私も宮廷画家になりたてのころは同じだった。

 尊敬していた大巨匠に同僚としてお会いしたり、陛下に拝謁もしましたが。

 最初はちょっと、本物とは思えなかった」

「疑うんじゃなくて、実感が湧かないんですよね。

 目の前の人物と、情報として持っている肩書きが同化しないというか」

「そうそう」


 単純に話し相手として馬が合う、というのもも(・)ち(・)ろ(・)ん(・)ある。

 女性に対して疲れている德加ではあるが。

 やはりむ(・)さ(・)苦(・)し(・)い(・)男と盛り上がるよりは、美人の方が鼻の下も伸びる。


 が、何より。


「おや?」

「あ、早速失敗が見つかったかな?」

「そういうわけではないんですが。

 ここにある絵たち、先日拝見した裸婦画とは画風が違うんですね」

「ほう!」

「ここ」


 タジは触れないよう注意しながら絵を指差す。


「木の葉っぱ。筆先をポッと置いて、一枚ずつで描いてあります。

 そしていちいち色を変えた葉を置くことで、陰影を出していらっしゃる。


 でも昨日の布なんかは基準の色を塗って、陰は上から重ねてありました。

 表現の仕方が変わっている」

「分かりますか」

「筆の跡、毛先の流れを見ますとね」

「さすがだ」


 実は夏妃だけではない。

 というか、大体の妃嬪は


『宮廷画家に描かせた自画像がある・絵画がある』


 というステータスが目的だったりする。


 さすがに明らかなミスがあれば没にはされるが。

 パッと見が繕われていれば、特に文句は言われない。

 そもそも分かりゃしない。


 はなから絵の出来栄えや技術に無頓着な依頼人が多いのだ。


 夏妃に至っては、その絵すらいらないあ(・)り(・)さ(・)ま(・)だったが。


「今は注文を受けて描く、御用聞きならぬ御(・)用(・)描(・)き(・)ですから。絵は全て献上品です。

 ここに残っているのは、ほとんどが宮廷画家になるまえに描いたもの。

 昔の僕の作品なんです。下手でしょう?」

「そんなことありません。

 もちろん人によって合う合わないはありますが、画風は優劣ではない」


 だから德加は、


 純粋に絵を見てくれる

 ステータスとして扱わない

 師匠や同輩のように、芸術論をぶつけるために要素分解するでもない


 ただ純粋に鑑賞し、素直に喜んでくれる


 そんな鑑賞者を求めていたのだ。


 だから正直、タジが先ほど自分に対し


『なんとなく宮廷画家という意識が薄かった』


 というような発言をしたことも。

 失礼に思うどころか、むしろ


『肩書きで見ている』

『宮廷画家が描いた絵だから、という先入観』


 がない気がして、好ましいほどだった。


 先日の鉢植えの絵と同じく、乾いた画家としての心に必要な瑞々しさであった。



 しかし。



 画廊のように並べられた絵を、反時計回りに眺めていくタジ。

 その後ろ姿を微笑ましく眺めている德加だったが。


 どうやら彼にとっても、彼女の目は効きすぎるらしい。


「おやぁ?」


 また何かに気付いた声。

 次は何を拾い上げてくれるのか。


 タジの肩越しに、見ている場所を推測しようとして


 アテが外れる。


 彼女の視線の先にあるのは、


「あっ」

「あのく(・)る(・)く(・)る(・)に巻いてバケツに差してあるの、あれも絵ですよね?」

「は、まぁ」

「たくさんある。あれは並べないんですか?」


 並べられるわけがない、とまではいかないが、

 並べたいわけがない。


「その、まぁ、女性にお見せするものでもないかな、と」

「拝見しても?」

「えぇ……?」

「ああして残してあるということは、失敗作でもないんでしょう?」

「それは」


 タジはにっこり笑って德加を見つめる。

 純粋な笑顔は時に、強面(こわもて)より断りがたい雰囲気を持つ。


「まぁ、構いませんよ」

「ありがとうございます」


 彼女は早速1本のロールを抜き取り広げる。


「おお、これは」


 德加が嫌がるはずである。


 それは夏妃の裸婦画たちであるのだから。


「『女性には』なんて、恥ずかしがることないじゃないですか。これも芸術でしょう」

「はは、まぁ」


 しかし德加の警戒しすぎか。別にスルーされ



「でも、妃嬪に描いた絵は相手の所有物なんですよね?


 どうしてこちらに?」



 ない。


 忘れてはならないのがこの女、昨日は聴取をしてきたということ。

 どういうことだか、事件の捜査をしている。

 つい絵のことで浮かれそうになるが、根本的には敵なのだ。

 迂闊なことは言えない。


「まぁ、その、丸めてあるのは全部夏妃の裸婦画なんです」

「ほう」

「昨日あなた方が持ってきたのと同じですよ。私が引き取ることになった。

 ご遺族に娘の裸婦画を贈るわけにも、ね?」

「なるほどなるほど」


 タジは生返事だった。

 どうやら彼が警戒するほど気にしてはいないらしい。

 それより裸婦画を見る方に集中している



「そういえば、夏妃の事件の続報、お聞きになられました?」



 わけでもないらしい。

 德加に緊張が走る。


「いえ、特には。昨日お聞かせいただいたきりですね」

「これだけご指名をいただいていたんです。夏妃ともご昵懇(じっこん)だったことでしょう。

 気になりますよね?」

「え、はい、まぁ、えぇ」


 本当は今一番聞きたくない話なのだが。

 そう言えるわけもなく。


 タジは絵を見て德加に背を向けたまま、世間話のように語り出す。


「『夏妃はおそらく20時ごろ、押し入り強盗に殺された』


 覚えてらっしゃいます?」

「えぇ」


 話されていなくとも頭から抜けることはない。


 他ならぬ彼自身が、そういう絵図を描いたのだから。


 しかし、


「あれね。



 どうやら違うみたいなんですよ」










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