9.
「いや、空振りだったかなぁ」
帰り道。
タジは風が吹いては帽子を脱ぎ、止まっては被るを繰り返している。
頭の換気と、帽子が飛ばされるのを防止、失礼。
「ていうのは?」
荷物がなくなり軽くなった飛燕は、後頭部で手を組みながら歩く。
「夏妃は殺されたとき裸だった。
だったら怪しいのは、裸婦画を描いてた德氏だろう?」
「あー。でもさ、そりゃ強殺犯が強姦魔だったけかもよ?
あとは後娼呼んでたとか」
「それは、どうだろう」
タジはアゴに手を当てる。
すると風が吹いて帽子がズレる。今度は脱がずに戻す。
「そうだな。例えば君が犯人だとしよう」
「おう」
「人を殺し、そのあと物盗り。バレたらマズい」
「当たり前だ」
「現行犯で見つかりでもしたら」
「終わりも終わりだ」
「じゃあ、いち早く立ち去りたいとは思わないかい?」
「そりゃそうだ」
「その状況で君は死体に服を着せた。
なんなら服に穴まで開けて、それも内側から。
体に不自然な傷を増やさず、傷口と服の裂け目が合致するようにと。
すごい気と手間暇の使い方だ。
そうまでして
『刺されたとき相手は裸じゃなかった』
と偽装した。
理由は何?」
「……えー」
答えられないと負けた気がする。
飛燕は必死に頭を悩ませるが、
「降参だ降参。まったく分からん」
それが分かれば、姉の事件も自分で解決できたことだろう。
「正解は?」
「正解はない」
「ないんかい!」
睨む飛燕をタジは意に介さない。
というか睨んでいるのが視界に入っていない。
「ないんだよ。強殺犯や強姦魔に、時間を割いてまで服を着せる必要は」
「だろうな」
「だから犯人は、
『夏妃が裸で殺されたと知られたら困る』
言い換えれば
『夏妃が裸という状況が、自身の特定に直結する』
『夏妃と会うとき、彼女が確実に裸である人物』
ということになる」
「はえー」
と納得しかけた飛燕だが。
「いや、それだったら後娼の可能性は残るだろ」
しかしタジは即座に首を左右へ。
「まえに言ったろう?
『夏妃は後娼を呼ばない』
って」
「あぁ、まぁ」
「一応今朝確認はしたよ。
『誰からお呼びの声が掛かった』
『誰が行った』
全部帳簿に記録されているから」
タジはとどめというように飛燕と目を合わせる。
「何より、『強盗』で『後娼』なら。
昨日私が服の裂け目を検めていたときの櫛を覚えてる?」
「櫛?」
「うん。
あれは鼈甲の上物だった。
盗っていかない理由がないよね」
「確かに」
「ということは、あの部屋の荒れ具合は
『強盗の犯行に見せかけたい』
か
『夏妃の部屋にある特定の何かを探していた』
のどちらか。
どっちにしろ、面識のない人間がやることじゃない」
などと、延々ここまで語ったところで。
「でもさ」
推理マニアでもなんでもない飛燕にとっては、半分どうでもいい。
大事なのは
「だとしたら誰が犯人なんだ? もう怪しい人物いなくないか?」
過程はどうあれ、ちゃんと犯人を見つけ出し、陛下に報告できるか。
そこに繋がらなければ、100の正しい推論を並べたとて意味はない。
「そこなんだよねぇ」
肝心のそこが、タジも今は出てこないらしい。
「おいおい、大丈夫か。しっかりしてくれ」
「大丈夫だよ」
「お、マジ?」
「犯人分からなくても私に責任ないし」
「おいおいおいおい」
あまりの発言に、助けてもらっている立場の飛燕もドン引きである。
しかし、
「いや、でもさ。今回は最初から陛下のご指名だし、責任あるだろ」
「ゔぇあ」
タジは小鳥あたりがあげそうな、よく分からない呻きをひとつ。
「仕方ない。他に候補が浮上するか、誰かのアリバイが崩れるか。
もう一回現場見て、怪談大会の参加者にも聴取しよう」
位置が気に入らないのか。神経質に帽子の位置をなおし、
結局眉まで隠れるほど目深に被った。
「德さん? 来てらっしゃったわよ?」
郭妃の部屋にて。
ふたりは椅子を出してもらい、テーブルを挟んで聴取中。
紅茶と金平糖もいただいている。
どころか部屋に来たとき、3人ほど客がいて占い遊びをしていたのだが。
事情を話すとすんなり人払いをしてくれた。
「他には宦官の蘇さん、料理人の毛さん、うちの侍女の蘭……私含めて11人ね。
必要なら表を作らせるわ」
「恐縮です」
タジと郭妃で話が進む一方。
飛燕は機能していない。
妹でもない妃嬪の部屋に入ってプチパニック。
立派な設えの部屋をキョロキョロ、上物の香の匂いをスンスン。
借りてきた猫と同じ動きをしている。
「他に何か聞きたいことはある?」
「德氏に聞いたことなんですが。
夏妃が殺害されたと思われる時間、その音が聞こえたということで」
「はいはいはい。よく聞こえたわ。
さすがに殺人が起きているとまでは思わなかったけど」
「それについて、詳しくお聞かせいただいても?」
「もちろんよ」
なおもキョロキョロしている飛燕に、タジが肘を入れる。
「うっ」
肋骨に直撃し、そこそこ痛そうな呻きは出たが。
ようやく我を取り戻し話に集中する。
もっとも、あまり推理をしない彼が聞いて、どこまで意味があるかは不明だが。
「ちょうどその德さんが話していたところね。
急にガシャーンって音が鳴って」
「間違いないみたいだな。不在証明は事実だ」
飛燕の耳打ちにタジは黙って頷く。
「それから侍女さんの悲鳴が聞こえて。まぁそれだけ?
まさか殺人とまでは思わなくて。そのあとは怪談大会を再開したわ」
「なるほど」
「不謹慎だけど、怪談をしている頭上に死体があるなんてね。ゾッとしないわね」
郭妃の顔は本気かジョークか分からない。
演技派である。
タジも笑って頷く。
ウケたのか愛想笑いか分からない。
飛燕のイメージに反し、存外作り笑いがうまい女である。
「参考になったかしら」
「はいはい。あと二、三お聞きしても?」
「どうぞ?」
「物が割れる以外に、何か音はしませんでしたか?」
「うーん? 印象ないわね」
「割れるまえや、あとに」
「あぁ、侍女さんが歩いてくる音とか?
でもそのくらいかな。少なくとも、私は気付かなかったわ」
「ありがとうございます。
では、物音がしてから侍女さんの悲鳴が聞こえるまでの時間は?」
「時間? すぐよ、すぐ。
確かちょうど德さんが蝋燭の火を消してね」
「ほう」
「帳を閉めてたから、真っ暗になっちゃって。
それを彼が開ける直前に音がして、開けてすぐに悲鳴よ。
何が知りたいか分からないけど、何ができる時間でもないわ」
郭妃は質問の要領を得ていない。
正直隣の飛燕も
『なんのこっちゃ』
という目でタジを見ている。
しかしその本人は、
「質問は以上です。いや、ご協力ありがとうございました」
「そう? お力になったかしら?」
「それはもう、大変もう」
椅子から立ち上がり、郭妃と握手。
聴取を締めてしまっている。
「また来てちょうだいね。今度は平和な普通のお客として」
「お呼びいただければいつでも」
そのままお決まりのようなあいさつだけして、タジは部屋をあとにした。
飛燕は追い掛けるまえに、郭妃からお土産に金平糖を受け取った。
飛燕が廊下へ出ると、一応タジは立ち止まって待っていた
わけではなく、思考に集中しているらしい。
「最後の質問、ありゃなんだったんだ?」
追い付いた飛燕が声を掛けるも、
「ふーむ」
彼女はまともに答えてくれないのが常態化しつつある。
捜査のバディとしては致命的である。
代わりにタジが出した返事は、
「うん。
いろいろ見えてきた」




