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タジ 〜後宮娼婦の事件簿〜  作者: 辺理可付加
彼女たちが知っている
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8.

 当然德加もびっくりしたが、女の方も面食らった様子。


「いやあいやあ、あのですね。うちのの大きい声がね? あぁ、いいお庭で」


 意味の分からないことを口走っている。

 両方テンパっては面倒なことになるので、彼は冷静さを意識する。


「それよりどちらさまですか? なんの用?」


 全体的に変だが、ガチムチの強盗でないだけ全然いい。

 そう思い、呑気に応対しようとした德加だが、


「私、タジと申します


 宮中の方から来ました」


「宮中……」


 珍妙な女から出てきた言葉は、似合わない、

 いっそ強盗の方がマシな内容だった。


 何せ、


(もしかし、なくても、夏妃のことじゃないか?)


 致命的なまでに心当たることがあるのだから。


 しかも、


「とりあえず玄関開けるんで、そっち行って待っててください」



「どうぞ」

「どうも」

「お邪魔します」

「……」


 結局ガタイのいい男もいたし。

 強盗ではなさそうなので、構いはしないが。






「お茶でも淹れましょうか」

「いえ、お構いなく。長居はしませんので」

「そうですか」


 居間にて。

『長居はしない』宣言に、德加の気分も多少軽くなる。


 余裕が出てくると気になるのが、


「それで本日はどのような、というか、それは?」


 武官の格好をした男が背負っている、大きな四角。

 だが、聞きつつも德加はなんとなく、その正体を感じ取っていた。

 ちょうど彼には馴染みのあるサイズ感だったからである。


「はい。今日お邪魔しましたのは、これをお届けするためなんですよ。飛くん」

「おう、ん」


 男の反応がおかしかった。今の呼ばれ方に慣れていないのかもしれない。

 そこは德加にとってどうでもいい。


 男が包みから取り出したのは、


「おぉ、これは」



 夏妃の裸婦画。


 殺害の直前まで描いていたものである。



「こちら、あなたが描いていらしたとお聞きしまして。お返しします」

「返す、ですか?」


 何が起きたのかは分かる。

 他ならぬ彼がやったのだから。


 しかしここはす(・)っ(・)と(・)ぼ(・)け(・)る(・)のが吉。


「確かにこれは私が描きましたが。

 持ち主は依頼人である夏妃さまです。

 私に『返す』というのは間違いです」


 すると返事は、


「それなんですがね。


 夏妃さん、お亡くなりになられました」


 予想どおりのものだった。

 それでも聞きたくなかったが。


「えぇっ!? 嘘でしょう?」

「残念ながら」

「いやいやいや、昨日お会いしたときもお元気そうでしたよ!?」


『昨日会っていた』はもしかしたら何か繋がりを疑われる発言かもしれない。

 が、德加は気にしない。



(夏妃が殺されたのは、花瓶が落ちた時間の前後と思われるはず。


 その時間、私にはアリバイがある)



 よってここも予想どおり、


「いえ、お元気だったかもしれないんですが、


 事件に巻き込まれてしまいまして」


「そんな……」


 スルーされる。


「それでこちらの絵は持ち主不在でして。まずは描き手のあなたに、と。

 お引き取りになられないのであれば、ご遺族に相談します」

「夏妃さまの所有物なのに、先に遺族ではなく私に?」

「はい。


 あなた、寝具の絹や腰布のシワ、陰影なんかは細かく色を分けて表現しています。

 でもここ、窓の帳はまだ2色。大まかなあ(・)た(・)り(・)しか付いていません。

 未完成でしょう?」


「まいったなぁ、おっしゃるとおりですよ」


 德加が頭を掻くと、男、つまりは飛燕も目を丸くする。


「オマエそんなことまで分かるの?」

「私たちは仕事柄、擬似恋人になるからね。

 趣味に付き合わされて詳しくなりもする。

 ズブの素人から後宮いちの蹴鞠名人になった娘(こ)もいるよ」

「へぇ~」

「でもここまでの腕前は滅多と見ない。さすが宮廷画家、大したものです。

 特に陰を塗っていくのではなく、明るい面の引き算。

 この方が上質な夏用生地の、薄さと光の透過具合がよく分かる」


 相手が評論家であろうがなかろうが。

 德加が褒められ慣れたプロであろうが。

 うれしいものはうれしい。


「いやぁ、そこまで見抜いてくださるとは! 絵描き冥利に尽きるなぁ。

 しかも裸婦画なのに」

「『神は細部に宿る』ものですから」

「そうそう! そこにこそ画家のこ(・)だ(・)わ(・)り(・)が出る!」


 メインの人間部分に集中したり、艶かしさに終始したり。

 見る側はそうなりがちだが、描く側はそうもいかない。


 画風にもよるが、背景の一部に至るまでお(・)ろ(・)そ(・)か(・)にできないわけで。

 誰も見ないのに、人物部分に負けない手間暇が掛かっているものだ。


 そこを拾い上げてもらえるのだから、彼も報われるというもの。


 隣の男はよく分かっていない顔をしていること。


 夏妃は自分の絵に興味などなかったこと。

 絵のモデルが夏妃であることも関係している。



 だからこそ、蚊帳の外の男は退屈なのだろう。


「なぁ、芸術談義もいいけどさ。もっと他に大事な話あるだろ」

「おや、嫉妬かな?」

「ほざけ」


 話題を変えてくる。


 というか、変える先の話題があるらしい。

 德加はさっきの流れで笑顔を保っているが、内心はピリッとする。


 タジはそれを感じ取っているのかどうか分からないが。


「いや、形式的な質問です。関係者の方全員に聞くもので。お気を悪くなさらないで」

「はいはい」


「夏妃が亡くなられたのは20時まえと推測されます。


 その時間、どちらで何をなさっていらっしゃいました?」


(来た!)


 德加の心臓がドクンと跳ねる。


 が、問題ない。

 こうなることを見越して、渾身のトリックが仕掛けてあるのだ。


「確か、その時間は郭妃さまの部屋で怪談大会に興じていました」

「なるほど」

「すぐに裏は取れると思います。

 ちょうど私が『死神の名付け親』という怪談を披露していたころだ」

「そんなことまでお分かりに」

「えぇ。郭妃さまの部屋は夏妃さまの下の階なんです。

 我々参加者も、花瓶が割れる音、侍女さんの悲鳴を聞いた」


 タジはいちいち深く頷きながら聞くと、


「いや、突然押し掛けたのにご協力までしてくださいまして。

 誠にありがとうございました」


 椅子から腰を浮かせつつ、握手を求めてきた。


「いえいえ」


 德加が握り返すと、彼女は目線で飛燕にも合図する。


「では私たちはこれでお暇(いとま)いたします」


 それから玄関へと向かう。


 なんとか乗り切ったらしい。

 德加もひと安心して見送りに行く。


 戸を開けたところで、タジは振り返って彼に微笑む。


「またお話を伺いに参上するかもしれません。

 そのときはどうか、よろしくお願いします」

「もちろん」


 今度は德加の方から握手を求める。


「ぜひまたいらしてください。

 珍しい衣装で、何よりご本人が稀に見る美人だ。

 画家として、あなたを題材に描きたいくらいです」

「いやいや、そんな」


 夏妃のせいで、正直人物画には倦(う)んでいる。

『描きたい』まではさすがにお世辞である。


 が、


「でも、最初窓越しにお会いしたとき見えたんですが。

 工房に日除けの布を被せたものがいくつかありましたね。

 あれはご作品でしょう?」

「えぇ」

「私もあなたの絵はもっと見させていただきたい。またお願いします」


 タジは謙遜のときに挙げた両手を、ここで握手する。


「ぜひ」


 ガッチリ握り合ったあと、ふたりは德加の屋敷を去っていった。

 その背中を見送りつつ、


『夏妃のせいで女性に倦んでいなけりゃ、ロマンスくらいは感じたのにな』


 とは、德加も思うのであった。










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