7.
翌日。
午前は皇帝への報告があったり、また侍女のもとを訪れて聞き込みをしたり。
昼の今、タジと飛燕は道を歩いている。
後宮の廊下ではない。
道である。
それも
「今日は風が強いね」
「だな」
「帽子飛ばされないようにしないと」
都たる大京の街を、ど真ん中で縦断する大路
を少し外れた、商店街になっているエリア。
ふたりは今、宮殿の外にいるのだ。
天気はよく晴れており、人々が行き交い活気がある。
あるのだが。
ふたりが進む周囲、半径数メートルが順次静かになっていく。
厳密にはみんな、世間話をやめてヒソヒソし始める。
当然と言えば当然ではある。
鎧を着た男はまだしも、異民族の格好をした女。
町で見掛けるものではない。
しかも飛燕は今、布で包んだ四角いデカブツを抱えている。
よくないとまでは言わないが、決してプラスではない意味で噂の的になっている。
だが怪我の功名とでも言おうか。
おかげで混んだ道もスイスイ進む。
ちなみに小鳥はお留守番。
後宮内では割と好き放題な感じで生きていそうな小鳥だが。
名前どおりというか、妃嬪は誰しもがそう。
後宮という鳥籠からは、そうそう自由に出られない。
彼女がいれば少女で妃嬪の格好である。
より周囲が避けて、進みやすかったと思われるのだが。
飛燕は小鳥の
『なんでよーっ!』
と叫ぶ残響がまだ聞こえる気がした。
それをかき消す、でもないが。
「なぁ」
「なんだい」
飛燕はタジに話を振る。
無言に耐えかねたわけでもない。
「姉さんの事件、解決してくれてありがとうな」
「それは小鳥から伝言を聞いたよ」
「でも直接言えるならさ。そんな機会ないと思ってたから」
「後宮入れないものね」
「ありがとう」
「どういたしまして」
ただ、伝えていない、伝えるべきことがあっただけである。
それと同時に、聞きたいこともあったのだ。
「それでさ」
「まだ何かあるのかい?」
「どうして江貴妃を自白させるとき、ひとりで行ったんだ?」
「あー」
タジは少しだけ考える表情を浮かべる。
スパッと答えられない事情が絡んでいるのか。
「君たちは飛貴妃の葬儀があっただろう」
「時間ズラせたろ? 陛下に言われてた期限はまだあったし」
「まぁね」
「別に責めてるわけじゃないんだ」
飛燕はあえて大きめの身振り手振りを入れる。
気楽な話題であることをアピールしている。
「でもさ、相手は姉さんを殺したヤツだ。
もし逆上して襲ってきたら、ひとりじゃ危ないだろ?」
しかしタジは涼しい顔で前を見ている。
「私は騎馬民族出身で、しかも男たちと一緒に騎射をしていた。
貴妃に負けるような運動神経はしていないよ」
「そういう問題じゃないだろ」
「うん。でも、そうだね」
その表情が、一瞬険しくなる。
「逆上するっていうのは、君もそうかもしれないだろう?」
「あー」
「覚悟していても、目の前で
『そうだ。私がオマエの姉を殺した』
って言われて冷静でいられるか。
特に君は武官だからね。
剣を持ち込まなかったとしても、他人よりカッとなって殺しやすい腕力はある」
「確かに」
「何より、
『仇が白状する瞬間』
は立ち会いたいものかもしれないけど。
やっぱりそれは、君を幸せにしない。
逆はあったとしても」
「……」
タジの声のトーンが下がる。
悲しいというよりは真面目な話、ではあるが。
(そういや小鳥が『鷹の目』『鷹の目』って騒いでたもんな。
今までもいろいろ解決しては、いろいろ見てきたのかもな。その目で)
考えすぎかもしれないが、飛燕はそんな気がした。
だから今回の捜査に最初乗り気ではなかった、のかも。
ただひとつ確実で、彼に言えることは
「気を遣ってくれたんだな。ありがとうな」
「何回言うんだい」
単純で、過不足ない言葉だった。
この会話はこれで終わり。
その後は小鳥の話題で雑談しているうちに、
「ここかな」
「立派な家住んでんだなぁ」
「宮廷に勤めているわけだしね」
「オレも宮廷勤めだけど、こんないい家住んでない」
「君、貴妃の弟なのにコネ出世とか全然してないよね」
「衛尉官になれたのがコネだからな」
飛燕の悲哀はともかく。
ふたりが今立っているのは
平屋仕立ての家の門前。
商店街の筋にあるだけあって、特別大きくはない。
が、塀や門がある。
朱塗りの壁に緑の瓦も美しい。
全体的に小ぢんまりとした分クオリティが高い、じゅうぶん立派なお屋敷である。
門自体は開け放たれている。
ふたりは敷地内に入り、改めて建物の玄関に立つ。
「すいませーん!」
飛燕が体育会系の仕事で鍛えた大声を出す。
しかし、
「反応がないね」
「留守か? すいませーん!」
家主が出てくる気配はない。
「参ったなぁ」
「聞こえていないのかもしれない。奥の方にいるとか」
「あっ、おい」
業を煮やしたか。
タジは勝手に庭を歩き、屋敷の裏手へ進んでいく。
「……」
自宅兼アトリエにて。
德加はキャンバスに向かっていた。
テーマは目の前に置かれた鉢植え。
模写がメインだが、あとで周りに空想のミツバチを飛ばす予定。
こんな気持ちはいつ以来だろうか。
誰に注文されたでもない、自分が描こうと思ったテーマ。
なんの責任もなく、自由闊達に筆を滑らせる。
大作に仕上げようなんてつもりは一切ない。
趣味絵の、それもリハビリ気分で描いているものだ。
それでも心が洗われる。
もうずっと、人物画ばかり描いてきた。
夏妃の裸婦画以外も結局は美人画なのだ。
風景画や宗教画の依頼は思ったより多くない。
それが宮廷画家という仕事であるし、それ自体は嫌いではない。
ただ、やはり
(絵描きという生き物には、こういうことが必要なんだ)
德加は脳細胞が喜んでいるのを感じる。
そんな過集中の午後を過ごしていた彼は、
「おっと」
竜胆を塗るための青紫の絵の具が、パレット上から尽きてしまった。
だったら足せばいいだけの話ではあるのだが。
今までの反動が来て、集中が泡のように弾けて消える。
「うぅーんん……!」
一旦休憩のタイミングか。
彼は伸びをひとつ。
「そういえば、まだ昼食べてないな」
德加は椅子から立ち上がり、固まった腰を伸ばすように体を捻る。
それから、
「お」
開けていた窓が1ヶ所、閉じてしまっているのに気付く。
「風かな? 今日は強かったしな。まったく気付かなかった」
いい収入、いい家の德加だが。
自宅に窓ガラスを使えるほどではない。
両開き、木の板材の窓を開けると、
「うおっ」
「あっ」
庭に、珍妙な格好をした若い女がいる。




