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タジ 〜後宮娼婦の事件簿〜  作者: 辺理可付加
彼女たちが知っている
20/97

6.

「おかしい? っていうのは?」

「キタキタキタキタ!」


 不謹慎娘が死体をよく見ようとするので、飛燕は小鳥の目元を手で覆う。


「何よーっ!」

「ほら、ここ」


 タジも律儀に待っていたらしい。

 小鳥が鶏にされてから死体を指差す。

 そこは、


「傷口、だな」


 服に数センチ幅の穴が開き、大量の血がパリパリに固まった箇所。


「違う」

「えっ」


 のはずなのだが、タジは首を左右に振る。


「他に何かあるか?」

「傷口って言ったら、体にある方だろう?」

「は?」

「私が言っているのは」


 彼女は床を物色し、散乱していた物のなかから鼈甲(べっこう)の櫛を拾い上げる。

 それを傷口へと近付けていく。


「お、おい」


 そして、


「服の裂け目の方」


「えぇ?」


 生地をめくったり、つついたりしている。


「服がなんかおかしいのか? 確かに上等な品だろうけど、まさか防刃じゃないだろ」

「だから裂け目だってば。生地がどうとかじゃない。

 蝋燭でしっかり照らしてごらん」

「お兄ー、見たいー」

「ダメだ。寝られなくなるぞ」


 飛燕は小鳥へのホールドを保ちつつ、腕を伸ばしてランタンを近付ける。


「うーん、分からん。傷口に対してデカい小さいとか?」

「違う」


 タジはしゃがみ込み、横から裂け目を見る。

 というか、角度的に裂け目は見えなくなるはずだが、



「生地がめくれ上がっている」



「ふーん?」


『それが何か?』を隠さない返事に、タジは一瞬眉をしかめる。


「これじゃ


『内側から突き出た』


 みたいだ」


 だが見捨てず説明してくれるらしい。


「というと」

「いいかい。人を服の上から刃物で刺すとしよう。

 すると生地はどうなる?」

「裂け」


「傷口、内側に押し込まれるよね?」


「あっはい」


 タジはもう一度櫛で生地に触れる。


「でもこの生地は逆。外側へ向かって飛び出ている」


 めくれ上がった部分を揺らして、強調するように。


「じゃあ、腹の中から刃物が飛び出したっていうのか!?」


 ランタンの火が飛燕の驚きを吸って揺れる。


「なんと! 犯人は寄生虫だったわけデスナ」

「まさに『内部犯の犯行』だったわけか……」


「「なっはっはっ!」」


「兄妹仲がよくてよろしいね」


 娯楽が少なかった時代は、公開処刑が庶民の大イベントだったという。

 でもさすがにここまで倫理観がないものだろうか。

 ちょっと分からない。


 それはさておき。


「それで解決でいいなら私も楽で助かるけどね。

 怒られそうだから、そうじゃない場合も考えておく」


 タジは足がキツくなってきたか、しゃがみをやめて手頃な椅子に座る。


「もちろん体を刃物で刺されたんだから、致命傷は『外から内』。

 でも服の裂け目は『内から外』。

 これが成立するとしたら」


「『服を裏表逆に着てた』ってことか?」


「お兄バカなん? それじゃ殺してから脱がせてまた着せたってこと?

 わざわざ直すな! 犯人几帳面か!」

「そもそも着付けは侍女たちがやるから、裏表を間違えることはないと思う」

「じゃあ普通に着てたところを逆に着させて」

「頭痛くなってきた」


 今度は漫才ではなく辛辣なツッコミになる兄妹だが。


「でもそれに似たようなことはしているんじゃないかな」


「「え?」」


「なんでお兄まで驚いてるのよ」

「いや、なんとなく」


 意外にもタジは肯定的なご様子。


「侍女さんいるでしょ。呼んできてくれる?」






「この人が夏妃の侍女で第一発見者の河(ハー)さん」

「夜分遅くにどうもすいません。タジです」

「はぁ、はい」


 タジは椅子から立ち上がり、握手を求める。

 そんな彼女を、若い河氏は上から下まで見ている。

 どうやら夏妃が後娼を利用しないために、この北方民を初めて見るのだろう。


「それで、聞きたいことってなんだ?」


 飛燕の言葉でタジは手を放し、本題に入る。


「夏妃さんの遺体を発見した時刻は?」


「20時にならないくらいだったと思います。

 今日はまだ夕飯を召し上がっていらっしゃらなくて。


 お部屋の近くで待機していましたら、何か物が割れる音が。


 それで急いで駆け付けましたら、このように」


「なるほど」

「つまり犯行時刻もそのへんってことだな」

「じゃあもう外部犯だったら外まで逃げ切ってるんじゃない?」


 兄妹が推理と雑談の中間みたいな会話をする一方。


「『その日はまだ』ということは、普段は夕食はもっと早い?」

「はい。大体の方と同じように、18時前後には始まります」

「それがズレ込んだ。


 もしかして


『体調不良で寝るからあとにして』


 といったことを?」


「いえ」

「違うのか」


 珍しく、かを飛燕は知らないが、推理を外すタジ。


「どうしてそう思ったの?」


 小鳥の問いに、タジは質問を中止して付き合ってくれる。


「たまにいるんだよ。


『寝るときは一切服を着ない』


 っていう人。

 帯や襟、わずかな衣服の締め付けすら気になるとかで」

「へー」

「じゃあオマエは、


『夏妃が裸で寝ていた』


 って思ってるのか?」


 飛燕の問いに彼女は頷く。


「さっきまで話していた、


『服の裂け目が外側へめくれていた』


 って話。

 君が言った


『裏表逆に着ていた』


 でも同じことは起こるけどね。

 もうひとつ、それが起きる条件がある」



「『それぞれ刺した状況が別だった』」



「そのとおり」


 ようやく飛燕の推理にタジも頷く。


「だからおそらく、夏妃は刺されたときに裸だったんだ」

「なるほど」


 今度は飛燕が頷くも、


「じゃあ服の傷は?

 どうして内側から刺してるの?

 そもそも裸のところを殺して、わざわざ服を着せたの?」


 小鳥の方は疑問が尽きないらしい。

 なぜなぜは子どもの特権である。


「あの、なんでこの子はずっと目を抑えられているんですか?」


 河氏も疑問があるらしい。

 分からないことは放置しないのがデキる大人の条件である。


 が、


「それは……、いや、まずは侍女さんを解放しよう。

 最後にひとつ、お聞きしたいんですが」


 タジはどちらにも答えない。


「なんでしょう」

「どうして今日は夕食が遅れたんですか?」

「えっと」

「別に侍女さんの行動が犯行にどうとかではありません。

 単純な興味です。お気楽に答えて」


 タジには珍しく、妙に手厚いフォローまで入ったが、


「えぇと」


 河氏は少しだけ迷う素振(そぶ)りを見せた。

 言っていいのか迷うような。


「何か?」


 しかし、タジの前振りが逆に


『場合によっては自分の言動も疑われかねないんだ』


 と思わせたらしい。彼女は意を決した。


「あるお客さまがいらしていまして。

 その方がいらっしゃるときは、必ず


『いいと言うまで部屋に近寄るな』


 と人払いをされているのです。それで」

「ずっと待っていたと」

「はい」


「じゃあ事件のとき、部屋の中には客がいたのか!?」


 飛燕が声を上げる。

 確かにそうなれば、客は強盗と鉢合わせたことになる。


 あるいは客が犯人か。


 しかし、


「いえ、お客さまはだいぶまえにお帰りになられました」

「そっかぁ」


 話のうえでは、そのいずれでもないことになる。


「ではお客さまが帰ったあとも、ずっと人払いされたままだった、と?」


 侍女が頷く。


「はい。お客さまがお帰りになったあと、お妃さま自ら部屋の片付けをなさるんです。

 なので、


『さすがに今日は長いな』


 とは思いましたが、ないことではないので」

「なるほど」


 タジは2回小さく頷くと、


「いや、大変助かりました。

 夜分遅くにご協力、大変ありがとうございました

 お戻りいただいて結構です」

「そうですか」

「また後日、お話を伺いに来るかと思います。

 そのときはご協力よろしくお願いします」

「はい」



 と、侍女を見送ったところで、


「ねーねー。で、なんで夏妃は裸で殺されて、犯人は服を着せたの?」


 小鳥のなぜなぜが復活する。

 が、タジは


「もう夜遅い。続きは明日にしよう。

 眠い頭で考えても成果上がらないからね」

「えぇ~!?」


 また答えない。


「ちょっと待て。じゃあせめて


『外部犯か内部犯か』


 ってのは?」

「現状で分かるわけないだろ」


 タジは飛燕には辛辣。

 吐き捨てるとまた椅子に腰を下ろす。


「オレ明日陛下に報告せにゃならんのだが!?」

「じゃあ自分で推理するといいよ」


 首をほぐすように振ったタジは、


「……」


 隣に置いてあるキャンバスに気付いた。

 彼女はじっと絵を眺めていたが、


「じゃあさじゃあさ。帰ってチェスの続きやろうよ!」

「お嬢ちゃん早く寝なさい」


 サッサと退散してしまった。










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