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タジ 〜後宮娼婦の事件簿〜  作者: 辺理可付加
彼女たちが知っている
19/97

5.

 最初は渋っていたタジだが。

 小鳥のビショップが想像以上に面倒なこととなったらしい。

 飛燕はチェスを知らないので分からないが。


 しばらく盤面を見つめたあと、


「いいよ。行こうか」


 決めてからの動きは速かった。

 タジはすぐに廊下へ出て、先頭で外へ向かう。


 兄弟は数歩後ろで追いながら、早くも感想戦。


「なに? オマエ逆転したの?」

「してないけど対応がクッソ面倒なことしてやった。

 しばらくは練ってた計画が進まないよん♡」


 たった13歳、と言われたら全然未熟だが。

 彼女はこの道10年のプロのクソガキでもある。

 やることがいやらしい。


「でもそれで勝負投げさせたら実質勝ちじゃないか?」

「へっへへ~ん!」

「聞こえてるよ。私は勝負を逃げたんじゃない。

 他ならぬ陛下の願いとあっては断れないし、後回しにもできないから仕方なく座を離れたのであって」


 タジは振り返らず、妙に早口である。











 龍驤殿2階。夏妃の部屋。

 この時代はまだ、部屋に電気照明などない。

 夜は蝋燭と月明かりが光源である。


「連れてきてなんだけどさ。こうも暗いと捜査にならんな」


 飛燕が愚痴る。

 照明係でランタンを持っている彼が言うのだから、相当暗い。


「うわっ、今なんか踏んだ! 硬い!」

「お兄うるさーい」

「タンスの引き出しだよ」

「いかにも強盗に入られた、って感じだな。

 ぎゃっ!」

「今度は何!」

「なんか硬かった! でもふわってしてた!」

「意味分かんない」

「化粧用の刷毛だよ。ていうか靴底越しによく分かるね。神経過敏になりすぎ」


 まだ死体を見てもいないのに阿鼻叫喚。


「何も見えんぞ!」


 大慌ての飛燕だが、


「そうでもないよ」


 タジは違うらしい。


「『鷹の目』だろ? 鳥目じゃないのか?」

「まえにも言ったけど。私の右目は瞳孔が開きっぱなし」

「あぁ、むしろ夜の方がちょうどいい明るさなのか」

「そういうこと」


 タジは平板な声ながら少しだけ自慢気だが、


「でも


『ぼ(・)ん(・)や(・)り(・)の中に違和感が浮き出るから見逃さない』


 とかじゃなかった?」

「お黙り小ガキが」


 小鳥のひと言。

 入り浸るだけあって、歳は離れているがいいコンビなのかもしれない。


 ちなみに本来、相手が小ガキであろうと妃嬪にタジの態度はアウトである。


「ていうか、なんで小鳥までいるんだよ」

「ダメなの?」

「ダメに決まってるだろ。死体だぞ。情操教育に悪い」


 暗いのが幸いしているかもしれないが、よくないものはよくない。

 飛燕はしれっと混じっている13歳の奥襟をつかみ、摘み出しに掛かる。


「んー! いーやー! 私もタジさんの推理見たーいー!」

「見せもんじゃねぇだろ。なぁ?」

「お金払ってくれるなら見せものにするよ」

「なんだコイツ」

「ほら、死体だよ。見る?」

「誘うな」

「銀貨1枚」

「金取るな」


 不謹慎にしようが厳粛にしようが、あるものはある。

 なんならベッドが窓際にあるせいで、他より視界に浮かび上がるそ(・)れ(・)は、


 相当もがいたのだろう。

 シワだらけになったシーツの上、真っ赤に染まった中心で、


 女性が横たわっている。


 確実に死んでいる。

 月明かりのせいだけではない青白さ。

 なぜだか触れなくとも分かる、硬い印象。


 しかし見開かれ、生きているか一周まわって幽鬼となったかのような双眸(そうぼう)。


「うっ」


 一瞬力が抜ける飛燕に対し、

 小鳥はその隙に脱出し、タジの横へ擦り寄る。


「それで姐(あね)さん、なんか手掛かりはつかみましたかね」

「なんで微妙に三下臭いんだ」


 まったくビビっている様子がない。

『名探偵コ○ン』に出る資格がある。


「揉み手なんかしちゃう!」

「なんで変に解像度が高いんだ」


 案外タジに負けず倫理観がない兄妹の謎漫才に、彼女は


「現実の三下って言うほど揉み手する?」


 と呆れ気味の反応を返すものの。

 肝心の答えは、


「いやぁ、暗くてなんにも見えないなぁ。どうしようもないなぁ」


 急に口笛を吹き出す。

 言うほど現実の嘘つきって口笛吹くだろうか。


「えぇ~!?」


 変な期待をしている小鳥は別として。


「なんかオマエ、今日は露骨にやる気ないな。夜はしんどい体質か?」


 これには飛燕も違和感を感じる。

 姉の仇や自分の命が懸かっている前回ほど逼迫(ひっぱく)してはいないが。


 一応皇帝からの指名で捜査、監督しているのだ。

 できれば真面目にやってほしい。


「だって正直どうでもいいし」


 が、その願いは叶わないようだ。


「なんでだよ。オマエ結構薄情だな」

「このまえ命を救ってやった相手に言われるとは心外だな」

「うぐ」

「でも実際そうだよ」


 恩知らずな発言だったが、案外タジは気にした様子がない。


 江貴妃への絡みもそうだったが。

 結構性格が悪い自覚はあって、言われ慣れてもいるのだろう。


 それでよくや(・)ん(・)ご(・)と(・)な(・)き(・)女性たちへの性サービスが務まるものである。

 たぶん顔だけで生きている。


「飛貴妃の一件は、小鳥がよく遊んでくれるからね。

 飛貴妃本人にも面識があったし、後娼相手にも態度が丁寧でよくしてくれたよ。

 だから捜査する気にもなっただけだ」


 だが一応、縁とか恩とか情もないではないらしい。


「それで言うと、夏妃は全然知らない人だし」

「へー」

「後娼仲間の話にも聞かないから、陛下とうまくいっているか男がいたんだろうね」

「おいおいおい、男はマズいだろ」

「結構いるんだな、これが」


 タジは淡々と、会話の片手間に死体を検分する。


「いくら性欲処理用に私たちがいるとはいえ。

 心理的にも、物体的にも、男性とは絶対的に違う点がある。

 そこにこ(・)だ(・)わ(・)る(・)のなら、どうしたって私たちでは満たせない」


「じゃあ後娼ってなんのためにいるんだよ」

「男だったら孕ませたときに大問題だろう。

 それがし(・)れ(・)っ(・)と、陛下の子として後継になんかなってごらん」

「じゃあやっぱり男はマズいじゃん!」

「全ての人間が


『マズいことはマズいからやらないでおこう』


 ってしてくれたら殺人は起きないし。

 私も夜に引っ張り出されて、こんなことさせられないで済むんだけどねぇ」


 飛燕に負けず、タジもブツクサ言いつつ


「そんなことより」


 それでもやることはやっているようだ。



「この死体、ちょっとおかしくないか」










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