5.
最初は渋っていたタジだが。
小鳥のビショップが想像以上に面倒なこととなったらしい。
飛燕はチェスを知らないので分からないが。
しばらく盤面を見つめたあと、
「いいよ。行こうか」
決めてからの動きは速かった。
タジはすぐに廊下へ出て、先頭で外へ向かう。
兄弟は数歩後ろで追いながら、早くも感想戦。
「なに? オマエ逆転したの?」
「してないけど対応がクッソ面倒なことしてやった。
しばらくは練ってた計画が進まないよん♡」
たった13歳、と言われたら全然未熟だが。
彼女はこの道10年のプロのクソガキでもある。
やることがいやらしい。
「でもそれで勝負投げさせたら実質勝ちじゃないか?」
「へっへへ~ん!」
「聞こえてるよ。私は勝負を逃げたんじゃない。
他ならぬ陛下の願いとあっては断れないし、後回しにもできないから仕方なく座を離れたのであって」
タジは振り返らず、妙に早口である。
龍驤殿2階。夏妃の部屋。
この時代はまだ、部屋に電気照明などない。
夜は蝋燭と月明かりが光源である。
「連れてきてなんだけどさ。こうも暗いと捜査にならんな」
飛燕が愚痴る。
照明係でランタンを持っている彼が言うのだから、相当暗い。
「うわっ、今なんか踏んだ! 硬い!」
「お兄うるさーい」
「タンスの引き出しだよ」
「いかにも強盗に入られた、って感じだな。
ぎゃっ!」
「今度は何!」
「なんか硬かった! でもふわってしてた!」
「意味分かんない」
「化粧用の刷毛だよ。ていうか靴底越しによく分かるね。神経過敏になりすぎ」
まだ死体を見てもいないのに阿鼻叫喚。
「何も見えんぞ!」
大慌ての飛燕だが、
「そうでもないよ」
タジは違うらしい。
「『鷹の目』だろ? 鳥目じゃないのか?」
「まえにも言ったけど。私の右目は瞳孔が開きっぱなし」
「あぁ、むしろ夜の方がちょうどいい明るさなのか」
「そういうこと」
タジは平板な声ながら少しだけ自慢気だが、
「でも
『ぼんやりの中に違和感が浮き出るから見逃さない』
とかじゃなかった?」
「お黙り小ガキが」
小鳥のひと言。
入り浸るだけあって、歳は離れているがいいコンビなのかもしれない。
ちなみに本来、相手が小ガキであろうと妃嬪にタジの態度はアウトである。
「ていうか、なんで小鳥までいるんだよ」
「ダメなの?」
「ダメに決まってるだろ。死体だぞ。情操教育に悪い」
暗いのが幸いしているかもしれないが、よくないものはよくない。
飛燕はしれっと混じっている13歳の奥襟をつかみ、摘み出しに掛かる。
「んー! いーやー! 私もタジさんの推理見たーいー!」
「見せもんじゃねぇだろ。なぁ?」
「お金払ってくれるなら見せものにするよ」
「なんだコイツ」
「ほら、死体だよ。見る?」
「誘うな」
「銀貨1枚」
「金取るな」
不謹慎にしようが厳粛にしようが、あるものはある。
なんならベッドが窓際にあるせいで、他より視界に浮かび上がるそれは、
相当もがいたのだろう。
シワだらけになったシーツの上、真っ赤に染まった中心で、
女性が横たわっている。
確実に死んでいる。
月明かりのせいだけではない青白さ。
なぜだか触れなくとも分かる、硬い印象。
しかし見開かれ、生きているか一周まわって幽鬼となったかのような双眸。
「うっ」
一瞬力が抜ける飛燕に対し、
小鳥はその隙に脱出し、タジの横へ擦り寄る。
「それで姐さん、なんか手掛かりはつかみましたかね」
「なんで微妙に三下臭いんだ」
まったくビビっている様子がない。
『名探偵コ○ン』に出る資格がある。
「揉み手なんかしちゃう!」
「なんで変に解像度が高いんだ」
案外タジに負けず倫理観がない兄妹の謎漫才に、彼女は
「現実の三下って言うほど揉み手する?」
と呆れ気味の反応を返すものの。
肝心の答えは、
「いやぁ、暗くてなんにも見えないなぁ。どうしようもないなぁ」
急に口笛を吹き出す。
言うほど現実の嘘つきって口笛吹くだろうか。
「えぇ~!?」
変な期待をしている小鳥は別として。
「なんかオマエ、今日は露骨にやる気ないな。夜はしんどい体質か?」
これには飛燕も違和感を感じる。
姉の仇や自分の命が懸かっている前回ほど逼迫してはいないが。
一応皇帝からの指名で捜査、監督しているのだ。
できれば真面目にやってほしい。
「だって正直どうでもいいし」
が、その願いは叶わないようだ。
「なんでだよ。オマエ結構薄情だな」
「このまえ命を救ってやった相手に言われるとは心外だな」
「うぐ」
「でも実際そうだよ」
恩知らずな発言だったが、案外タジは気にした様子がない。
江貴妃への絡みもそうだったが。
結構性格が悪い自覚はあって、言われ慣れてもいるのだろう。
それでよくやんごとなき女性たちへの性サービスが務まるものである。
たぶん顔だけで生きている。
「飛貴妃の一件は、小鳥がよく遊んでくれるからね。
飛貴妃本人にも面識があったし、後娼相手にも態度が丁寧でよくしてくれたよ。
だから捜査する気にもなっただけだ」
だが一応、縁とか恩とか情もないではないらしい。
「それで言うと、夏妃は全然知らない人だし」
「へー」
「後娼仲間の話にも聞かないから、陛下とうまくいっているか男がいたんだろうね」
「おいおいおい、男はマズいだろ」
「結構いるんだな、これが」
タジは淡々と、会話の片手間に死体を検分する。
「いくら性欲処理用に私たちがいるとはいえ。
心理的にも、物体的にも、男性とは絶対的に違う点がある。
そこにこだわるのなら、どうしたって私たちでは満たせない」
「じゃあ後娼ってなんのためにいるんだよ」
「男だったら孕ませたときに大問題だろう。
それがしれっと、陛下の子として後継になんかなってごらん」
「じゃあやっぱり男はマズいじゃん!」
「全ての人間が
『マズいことはマズいからやらないでおこう』
ってしてくれたら殺人は起きないし。
私も夜に引っ張り出されて、こんなことさせられないで済むんだけどねぇ」
飛燕に負けず、タジもブツクサ言いつつ
「そんなことより」
それでもやることはやっているようだ。
「この死体、ちょっとおかしくないか」




