4.
明日以降、更新は 7:12分 の1日1回となります。
ご了承ください。
日勤を終え、衛尉官の寮でひとっ風呂浴びて。
夕食は買ってきた水餃子。
紹興酒を軽く1杯だけ引っ掛けてご機嫌、いつ寝落ちしてもOK。
そんな気分でいた飛燕を待っていたのは、いい夢深い眠りではなく、
「陛下は大変お怒りである! 必ずや犯人を見つけるのだ!」
緊急招集と衛尉寺卿の
『大激怒なのはオマエだ』
と言いたくなるような怒鳴り声、もとい訓示であった。
「どうしてこうなったんだ……」
「そこ! 何か言ったか!」
「はい! いいえ! 何も言っておりません!」
なんでも聞くところによると、
『後宮に強盗が入った』
らしい。
しかも運悪く押し入った部屋に妃嬪が居合わせ、
殺されてしまったのだとか。
これがもし外部から侵入した物盗りの犯行だったら。
『宮中の警護という責務を果たせなかった』
として、衛尉官の存在意義すら問われる責任問題である。
また、言い方は悪いが。
もし侵入者の目的が違っていたらば、
皇帝陛下の命がなかったかもしれないのだ。
飛燕たち昼番や衛尉寺の責任者が死刑になっていないのは、深い温情と言える。
だがそれも残酷ながら、
『被害者がいち妃嬪だから』
で許されている、完全に運がよかった結果である。
「我々は陛下に一命をいただいた!
このご恩は必ず! 必ず! 返さなければならない!
一刻も早く犯人を見つけ出すのだ!
そして侵入経路を潰し、二度とこのようなことが起きぬよう!
誠心誠意を尽くすのだ!
よいかぁ!!」
「「「「「おおおーっ!!」」」」」
そんなお上の事情を、彼ら下々がどう思うかは知らない。
が、昼番を勤め上げたのに徹夜の捜査網。
もうテンション上げてラリって叫ぶしか乗り切る方法はない。
あと宮中に仕える彼らは普通の人からすればじゅうぶんお上である。
それはさておき。
「捜索開始! 掛かれーっ!」
訓示の流れからそのまま。
衛尉寺卿直々の号令により、チーム強制労働が走り出す。
飛燕もその一員として、どこへともなく突撃しようとしたところ、
「飛! 衛尉官飛燕はあるかっ!」
その衛尉寺卿が彼の名を呼んでいるではないか。
もはや名簿に載っているのを認識されているかも怪しい上の人に。
なかにはこれを
『名誉なこと』
『覚えめでたいとは、出世のチャンス』
なんて思う方もいらっしゃるかもしれない。
だが、大抵の場合上司にひとり呼び止められるのは、
「キサマには別の任務を与える」
面倒ごとの合図なのである。
「すいません、小鳥は起きていますか」
それから1時間も経っていない。
飛燕は瑞鶴殿の入り口にいる。
「飛さまですね。少々お待ちを」
応対してくれているのは女官。
だが小鳥の侍女ではなく、不在かどうかを把握していないらしい。
夏妃や郭妃のところでもそうだが。
ひとりひとつの楼閣を与えられるのは貴妃クラスから。
ほとんどの妃嬪は集合住宅で暮らしている。
もちろん庶民の一戸建てより立派な、高級マンション的なものだが。
女官は差し詰めコンシェルジュ。
「あら、燕さま」
戻ってきた女官は別人だった。
飛燕の顔も知っているあたり、小鳥付きの人だろう。
飛貴妃の件で訪れた際に覚えたと思われる。
逆に飛燕の方は相手を覚えていない。
「申し訳ございません。小鳥さまは今不在でして」
「こんな時間に? どこにいるか分かりますか?」
そもそも、まだ子どもでも妃嬪が侍女を連れずに行動しているのは。
いや、むしろ子どもだからこそ。
しかし、
「それは、その」
侍女は少しだけ迷ったあと、飛燕に囁いた。
「雲鷹殿の方に」
ちょっと体裁を気にした感じで。
「あ、お兄」
「また来たんだ」
飛燕が遭難しつつ雲鷹殿、
その一室に到着すると。
小鳥はチェスに興じていた。
床に直接盤を置いて、黒
ではなくガラス製の青陣営を扱っている。
さすがは後宮の姫、子どもなのに持ち物が贅沢である。
あるいは、この部屋にあるということは。
持ち主は部屋の住人の方かもしれない。
だとすれば、どこぞの貴妃にでもプレゼントされたのだろうか。
小鳥の向かい側、白ではなく透明の駒を動かすのが、
「この部屋に男性が立ち入るのは、あれが最初で最後だと思っていたんだけどな」
北方の騎馬民族の格好をした女。
タジである。
「オレもそう思ってたよ。
で、なんで小鳥は入り浸ってるんだよ」
「ここが一番安全だからだよー」
小鳥はビショップを進めると、三角カットのスイカをパクリ。
「何言ってんだ。この人女性向けの娼婦なんだろ? 一番危険じゃねぇか。
『幼い妹がこんな時間に妓楼に行っている』
とか、お兄ちゃん心臓止まるかと思ったぞ」
「仕事でしてることを余暇にまでしないよ」
「ヴァアア!」
タジはナイトの駒を前方へ。
会話の片手間で両取りを掛けられ、小鳥が汚い悲鳴を上げる。
「ってもねぇ。他の人ならそもそも危険な要素がないだろ」
「お兄はお稚児趣味の恐ろしさを知らないからそんなことが言えるんだ」
「えっ」
「大丈夫。私は今のところ逃げ延びている」
「えっえっ」
このままでは話が闇の深い方へ逸れると察したのだろう。
「それで? 今日は何をしに来たんだい。
まさか後宮の社会勉強じゃないだろう。
今度は従姉妹でも死んだ?」
タジがよりインパクトの強い問題発言で上書きする。
「オマエなぁ」
「で、どうなんだい」
立ち話もなんだと思ったのだろう。
飛燕は空いているソファに座る。
つまり、話が長くなるということでもある。
「もう聞いたか知らんがな。従姉妹じゃないが、
また殺しがあった」
「へぇ。で?」
「その捜査を命じられている」
飛燕はタジをじっと見たが、彼女はチェス盤から目を離さない。
「それでなんで後宮にいるわけ?」
代わりに聞くのは小鳥。
「現場が後宮、龍驤殿ってところでな。
夏妃って人が押し入り強盗にやられたと見ている」
「うわ~、怖」
「だから今、衛尉寺総出で犯人を探しているんだけど。
でも万が一、内部犯の可能性もある」
「万が一、どころかむしろ、十中八九はそうだろうね」
「推理か?」
「統計」
そう。飛燕たちは最初から
『外部犯の犯行』
と決め打った説教をされていたが。
侵入者が出れば大騒ぎになるくらいには、侵入できないようになっているのだ。
鳥とゴキブリとネズミ以外。
なので大抵は後宮の人間の犯行である。
物盗りなどその最たるもの。
妃嬪たちのあいだで、
『アイツが陛下から貰ったアクセサリー、妬ましい』
『隠してやる。盗ってやる』
とかで、殺しまではいかないにしろ、しょっちゅう起きている。
ただ、大っぴらに言えない内容なので、外部犯と取り繕っているのだ。
実際飛燕たちのペナルティが軽いのも、みんな分かっているからだ。
「だから一応、後宮にも人員をいれて捜査をしたい。
そもそも誰か行かないと、現場の確認もできないからな」
「あー、それでお兄が!」
小鳥がポンと手を叩く。
「あぁ。オレはこのまえ、後宮に立ち入ったからな。
他に入ったことのあるヤツがいないし、変に前例増やしたくもないってことで」
「なるほどなるほど。お疲れさま。後宮を楽しむといいよ」
タジの方はあまりにも空返事。
盤上は概ね有利なのだが、向かって右手のビショップが嫌な位置にいて思案中。
その他人事な雰囲気に対し、
「オレが選ばれたのには、他にも理由がある」
飛燕はソファから立ち上がり、タジの隣にしゃがむ。
「このまえの姉さんの事件。
真相解明に陛下はいたくお喜びでな。
オレもずいぶんとお褒めの言葉を貰ったさ」
「大体私が推理したんだけどな」
「もちろんそれは伝えたさ」
「えっ」
話を察したのだろう。
タジはようやく飛燕の方を見た。
彼は相手の左肩に手を置く。
「よかったな。陛下のお眼鏡に適ったぞ。
陛下たってのご希望で、
今回の捜査も参加してもらうことになった。
オレ、その監督」
「えぇ~?」
珍しく表情筋を目いっぱい使って顔を歪めるタジに対し、
「ま、娼婦ってご指名受けてナンボじゃん」
小鳥は容赦なくビショップで陣地へと切り込んだ。




