3.
「ゔんっ!」
「ぶっ」
衣服に血を落とされては堪らない。
德加は馬乗りの夏妃を素早く跳ね除ける。
仰向けに倒れた彼女は変な息を漏らした。
右の袖を捲ると、
「よし」
手は赤く染まっているが、服は無事。
手なら洗えば落ちる。
「うぐぐぐ、あ」
一方夏妃の方は。
ナイフが刺さったまま、シーツを握り締めてもがいている。
這うような動きだが、ちっとも前に進まない。
ただ、血の染みだけが広がっていく。
真っ白なキャンバスに、鮮烈な裸婦画が生まれていく。
自身が人生で描いたどの絵より生々しい。
德加は少し嫉妬を覚えた。
「だ、だ、誰か……!」
「それじゃダメだね」
「助、け」
「それも意味ないな」
「あ、え、あ」
彼は夏妃の耳元に顔を寄せる。
「今まで散々、いろんな喘ぎ声上げてきたじゃないですか。
全部よく叫んでる内容です。
今更誰も気に留めませんよ」
その言葉が心を折ったか。
「かっ」
夏妃は動かなくなった。
それを見て德加は服を脱ぐ。
死姦の方が趣味とかそういう話ではない。
彼は夏妃の死体に服を着せていく。
裸で発見されたら、真っ先に疑われるのは
『裸の状態の夏妃と会っていた人物』
つまり
『裸婦画を描いていた自分』
が最も怪しい存在になってしまう。
そのために服を着せる必要があり、
その際血が付かないように、自分は脱いでおく必要があったのだ。
動かない相手に、しかも夏(季節の方)とはいえ妃嬪の数枚重ねの衣服。
手間は掛かるが仕方ない。
怪談大会には間に合う。
侍女が来ないのか、というのも心配ない。
「やましいことしてたものな……! 自分で人払いしてちゃ世話ないさ……!」
ナイフを抜いたり、死体をひっくり返したり起こしたりしながら、德加は呟く。
夏妃は彼を招くとき、いつも侍女たちに
『彼が帰って、自分が呼ぶまで決して部屋に入るな近付くな』
と厳命しているのだ。
しばらくは見つからない。
悪戦苦闘、10分はしたか。
德加はようやく服を着せ終える。
早くも傷口のところに、赤いシミが出始めている。
「あぁ、これはいけない」
すると見た目の上では、
『服には刺された形跡がないのに、体は刺されて血が出ている』
奇妙な状態になっている。
德加は服の上から刺そうとして、
「傷がふたつになるな。それじゃ結局バレるか」
服の中にナイフを突っ込み、内側から傷の上の生地に穴を開ける。
「よし、次は」
德加は手や体を拭き、服を着る。
それから画材を入れている鞄より、縄を取り出す。
それをベッドの横、サイドテーブルに置いてある花瓶に結ぶと、
反対側を窓から外へ垂らした。
先が下の階の窓から見えるギリギリになるよう調節し終えると、今度は室内。
あちこちタンスの棚を引き出したり、いくつかは床に置いたり。
音を立てないようには注意しつつ、ひと通り部屋を荒らすと、
「あ」
あるタンスの一番下段に、丸められた大きな紙が何枚もしまわれている。
広げてみるとそれは、
死蔵となっている、今まで描いた夏妃の裸婦画。
一瞬破きたいくらいの屈辱を覚えた德加だが。
「……」
彼はそれを鞄へ突っ込む。
その後も丹念に部屋を荒らした德加は、
「お世話になりました」
死体に一礼し、夏妃の部屋をあとにした。
それから1時間ほど経っただろうか。
「すると女の顔が猫のように変貌して、
『ニアァアア~!!』」
「アイヤー!」
「怖~い!」
もうすっかり日も落ちた夏の夜。
そのなかでもカーテンを閉め、蝋燭のみを光源とした真っ暗な部屋。
郭妃の部屋、怪談大会の会場である。
そこに集まった10人弱の男女のなかに、
「いやぁ蘇どの、演技力で怖さを割り増してくるのはズルいですよ!」
德加はいる。
車座に座った集団の、窓際の位置。
上の階には死体があるというのに、何食わぬ顔で。
「さてさて、次は誰が話すかしら?」
郭妃が愉快そうに満座を眺める。
怪談が好きというより、
『人を集めて、盛り上がっているのを見るのが好き』
というタイプである。
夏妃もそういうタイプであったらどれほどよかったか。
などと德加は思いつつ、
(そろそろ頃合い、いや、限界かな)
胸の内でタイミングを測っていた。
「毛氏、いかが?」
「いえいえ、さっきのあとでは」
「子さんは?」
「ちょっと話の傾向が似ていましてな」
「じゃあ違うのを話せばいいんじゃないかしら。複数用意してあるでしょう」
「いや、はは」
得てして怪談好きは語るより聞くのが好きな人の方が多い。
地味に押し付け合いが始まったところで、
「では私が」
德加がスッと手を挙げる。
「あら! 德さん! いいわねぇ~!」
「やんややんや!」
「期待しておりますぞ~!」
周囲の了承も得られたところで、
「あるところに、貧しい男がおりました。その男には12人の子どもがおり……」
彼は語り始めた。
ゆっくりの方が雰囲気は出るのだが。
気持ち焦ってもいるので、ちょうど普通の速さくらいか。
「『よかろう。では新しい蝋燭に火を付け替えてやろう』
死神は医者の頼みを受け入れました。しかしそれは……」
德加の話もクライマックスに来ている。
全員が食い入るように彼のことを見ている。
が、脳裏に映っているのは怪談を映像化したイメージだろう。
德加は部屋唯一の光源である蝋燭を、ゆっくり手元に手繰り寄せる。
そして、
「なんと、死神はわざと蝋燭を地面に落としたのです!
その瞬間」
フッと、蝋燭の火を吹き消した。
「わっ!」
「きゃあ!?」
「アイヤー!」
不意打ちの演出に、参加者たちが騒ぎ出す。
「ちょっと! 真っ暗よ!?」
「何も見えない!」
阿鼻叫喚の中、德加は悪びれずに笑う。
「いやぁすいません。演出が行きすぎました。今帳を開けます」
自然な流れで窓の方へ向かうと、
夏だからカーテンは閉めても窓は開いている。
そのままカーテンを開けるフリをして、
(あった!)
垂らしておいた縄をつかむと、
一気に引っ張る。
すると、逆側の先。
結び付けられた花瓶は一気に引っ張られ、サイドボードから落ち、
「ん、なんだ?」
「どこかで皿でも割れたかしら?」
「上の階からしませんでした?」
「うん、天井から何か落ちる音した」
陶器が砕け散る甲高い音。
背後で怪談大会参加者の声をしっかり聞きつつ、德加は縄を最後まで引っ張り抜く。
それを窓の下、部屋から外へ顔を出しても死角になりやすい場所へ置く。
それからしれっとカーテンを開けた。
(あれだけの音がしたんだ。侍女も気付いただろう)
いかに夏妃より
『勝手に入ってくるな』
と厳命されていたとしても。
さすがに夕食も摂らず部屋に籠っているのだ。
いつ呼び出しがあっても即応できるよう、近くでスタンバイしているはず。
なんならいつ突入しようか秒読みの段階だろう。
そこに、心配している主人の部屋で、物が割れる音まですれば。
德加は夜空を見上げる。
満月は過ぎたが、月明かりはじゅうぶんに眩しい。
雲も少なく、星が綺麗である。
彼がその眺めに胸を晴らしつつ、
「さてさて、それよりお次はどなたがお話しくださりますか?」
勝利宣言を述べた直後、
夏妃の部屋より、龍驤殿に悲鳴が響き渡った。
あとは帰りに縄を回収するだけ。
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