12.
「そうね、貴妃だけでなく、陛下の御子まで殺されたことに」
「畏れ多いですが、今はその話ではありません。
私が言いたいのは遺書についてのことです」
「それが遺書とどう関わってくるの?」
江貴妃は腰を下ろす際に、さりげなくタジから距離を取る。
タジも不自然に詰めてはこなかったが、顔はじっと江貴妃の方を向いている。
「いやいや、こんな偶然の一致がありますか?
自殺をする理由なんて、他にいくらでも考え付きます。
なんならわざわざ書かなくたっていい。
そのなかから
『飛貴妃が懐妊していた』
という内容を選び、しかも事実彼女のお腹には子どもがいた。
遺書を偽造した人物は、
『飛貴妃の懐妊を知っていた』
と見るのが妥当です」
「じゅうぶん偶然の一致もあり得るとは思うけど。
そもそも、偽造の『疑い』なんでしょう?
むしろ現状は
『雀が自分で書いた』
と見るべきで、それならなんら、おかしいところはないわ」
「あるんです」
さすがにその程度の反論は想定されていたらしい。
タジは食い気味にピシャリと払い除ける。
「『飛貴妃は密通しており、その結果子どもができたのでお詫びに死ぬ』
というのが遺書の筋書きです。
しかしですよ?
その真偽を別にしても、
『飛貴妃が密通の結果で自ら命を断つ』
これはあり得ないんです」
「どうして」
「だって彼女、今一番の陛下の寵姫ですよ?
下世話な話、それはもう毎晩のように情けをいただいたことでしょう。
だったらなぜ
『確実に密通相手との子だ』
と分かるんですか?」
「確かに」
「『陛下との子だとしても、自身の行いを恥じた』
のであれば、今度はわざわざ遺書で公表した意図が分からない。
文字どおり墓場まで持っていけたのですから」
「その言い方はないわ」
「すいません」
なんと空返事、脊髄だけでしたような『すいません』か。
タジにはどうでもいいのだろう。
彼女は今、自身の推理を披露することに、
いや、
江貴妃へ叩き付けることに集中している。
「つまりですよ」
ついにタジは、江貴妃の隣へ腰を下ろしてくる。
「私が思うに、この遺書は犯人の偽造であり、そこには
『飛貴妃の懐妊を毀損したい』
意図があるように思えるのです」
「それは考えすぎなんじゃ」
「となると、前回より犯人像が鮮明になります。
『犯人は面会謝絶の飛貴妃に会えるほど親しい』
から、
『陛下に箝口令を敷かれていたことまで話してもらえる』
なおかつ
『御子を授かったと知って、友情や親愛の喜びより嫉妬や憎しみが勝る』
人物ということになるんです」
「後宮の女なら、誰だって嫉妬するわ」
「えぇ。ですが」
江貴妃は目を逸らす。
すると耳が相手の方を向き、タジの声がより大きく聞こえる。
逆に圧が増した気さえする。
「殺すまではいかないでしょう。
自分も子を授かればいい。
むしろ、寵姫が妊娠してしまったのです。
しばらく彼女との房事はナシになるでしょう。
『自分にも機会が巡ってくるかもしれない』
と考えるべきです。
そう思えないのは限られた人物」
江貴妃の背を、さっきまでとは違う由来の汗が伝う。
「すでに陛下の寵愛を失った者だけです」
頭がカッとなるのを、江貴妃は袖を握って堪える。
しかし、
「そうなると、当て嵌まる人物はひとりしかいないんですよ。
飛貴妃と非常に親しく、なんでも話してもらえる。
大きなことがあればまず相談される。
飛貴妃の懐妊に嫉妬が抑えられない。
そもそも事件当夜、飛貴妃に会っている」
理性にも限度がある。
「誰があの娘を殺したですって!?」
特に、殺人を犯してしまう人間には。
「別にあなただとは」
「言っているようなものでしょう、白々しい!
ひとりしかいないんでしょう!?
条件に
『あの夜、雀に会っている』
と入るのであれば、それは私じゃない!」
「いやはや」
タジが演技掛かって両手を上げる。
それを江貴妃は叩き落とすように相手の両肩をつかむ。
「でもね! だとしたら私があの娘の懐妊に嫉妬するというの!?
私が陛下の寵愛を失って、もう子を授かる機会がないというの!?」
一転、今度は江貴妃が身を乗り出し、距離を詰めている。
タジはのけ反りながらも、
「えー、失礼ですが。結構まえに、ちょっと噂になっていたんですよ。
『江貴妃は子どもができない体である』
と」
発言内容は退いていない、
どころか火力を増している。
「中傷よ!」
「ですが実際、陛下の足は遠のいた」
「邪推よ!」
「分かるんです」
タジは江貴妃の上体を押し返し、姿勢を真っ直ぐに戻す。
「後娼仲間に聞けば分かるんです。
『噂が立ってからしばらくのあいだ、江貴妃に呼ばれる頻度が増えた』
と。
しかし、しばらくすると
『ぱったり呼ばれなくなった。減った、ではなく一切』
とも。
これ、典型的な陛下に飽きられた女性の反応です。
最初は陛下が来られなくなって体を持て余すんですが。
だんだん抱かれることのない自分を実感するし、性行為自体が疎ましくなるんです。
それで最後は惨めに感じて、徹底的に排除する」
「無礼者!」
ここまで言われては、江貴妃個人の堪え性の話ではない。
『疑われないよう効いていないフリをする』
というラインも越えた。
江貴妃がビンタを繰り出すと、タジは首でかわす。
ただ、独特の帽子には当たったようで、静かにベッドの上に落ちる。
「調子に乗るんじゃないわ!
後娼ごときが、貴妃である私に向かって!
許されると思わないことよ!」
「えぇ。陛下にお言い付けになられるといい。今度来られましたらば」
「このっ!」
今度こそ叩いてやろうかと思った江貴妃だが。
立ち上がって腕を振りかぶった瞬間、
相手を見下ろす構図で、飛貴妃の首を絞めたときのことがフラッシュバックする。
「くっ」
それが気持ちに間を取らせたか。
いくらか落ち着いた江貴妃は、代わりにタジを上から睨み付ける。
「いいでしょう。そこまで言うなら。
嫉妬が動機という証拠はないでしょう。
『自殺があった当日雀に会えた』
というなら、侍女がいくらでもいるわ。
それでもなお、私が犯人だと言いたいのよね?
だったら、ネチネチ攻めるのはナシよ。
はっきりと
『私が殺した』
か
『私が遺書を偽造した』
そのどちらかの証拠を出してみせなさい」
すると
「かしこまりました」
タジも立ち上がり、帽子を拾う。
それから深く被りなおすと、
「次回はそうします」
ズレないように右手で抑えながら、深々と頭を下げた。
そのまま去っていく背中。
なんの変哲もない、普通の後ろ姿なのだが。
この期に及んで
『何事もない余裕の姿』
に腹が立って、
「んんぅ!!」
タジの姿が見えなくなると。
江貴妃は袖を握り込み、拳で太ももを叩いた。




