11.
「ふう。そろそろ庭でお茶会をするのも厳しいわね」
渡り廊下を歩く江貴妃は、日陰の涼しさをありありと実感している。
ついこのまえまでは
『絶好の、庭でのお茶会日和』
な気候が続いていたのだが。
夏になったこのごろは、だんだん日差しがキツくなってきた。
茶会を屋内開催に切り替える妃嬪も増えている。
今みたいな昼下がりの時間帯は特に。
が、みんな、江貴妃のことは庭での茶会に誘ってくるのである。
嫌がらせではない。
むしろみんな、
『妹分でかわいがっていた飛貴妃の死に、落ち込んでいるだろう』
と気を遣っているのだ。
その一環として
『美しい庭へ出る方が眺めもよくて、気晴らしになることだろう』
と引っ張り出されている。
今もちょうど、晁貴妃によるお茶会の帰りである。
「あの人、
『今度陛下に頼んで、お弁当持って行楽に出掛けましょう!』
とか言っていたわよ。勘弁してほしいわ」
善意なのは分かるのだが。
そのアグレッシブさは江貴妃にリフレッシュより疲労をもたらす。
侍女へ愚痴っているうちに、自分の住む楼閣に着く。
中へ入り、そのまま最上階へ上がろうとすると、
「貴妃さま」
2階で別の侍女に呼び止められる。
「何かしら」
「お客さまがいらしております」
「お客? 誰?」
「先にお通ししております」
質問に答えず、こういう言い方をされるのは。
より正確には
『あまり具体的なことを声に出すのは憚られるだろう』
とでも言いたげな配慮をされるのは。
「……あなたたちはそこにいなさい」
江貴妃は侍女を伴わず、ひとりで自室へ向かう。
最上階まで上がり、勢いそのまま寝室まで乗り込むと、
「ごきげんよう、江貴妃さま」
「……何しに来たの」
ベッドサイドで、タジが正座している。
足音を聞いて、今正座したところなのだろう。
足が痺れた様子もなく、彼女はスッと立ち上がる。
「これは心外な。ご指名いただいたので罷り越したのですが」
「そんな覚えはないわね」
「あぁれぇ~? 間違えたかな?」
(白々しい!)
江貴妃は舌打ちを堪え、歯を食いしばる。
「わざわざ来てもらって悪いけれど、帰っていただけるかしら」
「まぁそうおっしゃらずに。せっかくですし、少しお話でも」
「話すことなどない」
昨日のことは江貴妃も、一応の納得をつけていた。
話の流れとして
『例えば江貴妃のような』
という発言が出るのも、あり得なくはない。
本人を前に行儀がいいとは言えないが、相手が相手である。
人が静かに月見をしているところへズケズケ乗り込んでくる女。
なんの含みがあるでもなく、ナチュラルに礼儀がなっていない可能性もある。
「指名があって来たのなら、待っているお客がいるでしょう。早く行って差し上げなさい」
「まぁまぁまぁ。
飛貴妃の件で、新たに分かったことがあるんですよ。
それをご報告したいと思っていたところなんです。
聞きたいでしょう? 妹分のことなんですから」
「……えぇ」
今なら確信を持って言える。
(この女、確実に私を犯人だと思っている!)
今すぐ逃げ出したいところだが、そうもいかない。
白状したのと同義になるだろう。
となると、ネチネチした追及はどんどん加速していくに違いない。
なぜ疑われているのかなどと考えている暇はない。
「そうね、それはぜひ知りたいわね。話して」
ここは受けて立つしかない。
江貴妃はタジの横をすり抜け、ベッドに腰を下ろす。
「そちらに」
「ありがとうございます」
タジは化粧台の椅子に座らせる。
「いやしかし、立派なお部屋だなぁ。椅子ひとつ取っても質がいい。
天蓋の絹も、私の一張羅より具合がよさそうで。
外は朱塗りだけれど、中は白木なんですね。綺麗で落ち着くなぁ。
いつまでも眺めていたい」
「何をとぼけたことを。貴妃の部屋なんて散々入ってきたでしょうに。
早く始めなさい」
「あぁ、これは失礼」
タジは居住まいを正すと、ズレてもいない帽子の位置もなおす。
「争点となっている
『飛貴妃は自殺か他殺か』
なんですが」
「なっていたのね」
「なっているんです。
で、江貴妃さまもおっしゃっておられましたよね。
『遺書があるじゃないか』
と」
「えぇ」
「それに関してなんですが」
タジはせっかく座りなおした椅子をわざわざ寄せてくる。
「例の遺書も、偽造の可能性が出てきまして」
内緒話として顔を寄せているのか、それとも。
「そう」
「ですがね? ひとつおもしろいことがありまして」
「不謹慎よ」
「すいません。興味深いのがですね」
やはりこのタジという女、倫理観による牽制は効かない。
後宮娼婦は仕事の特性上、デリカシーが大事なはずなのだが。
「そもそも遺書の内容についてご存知ですか?」
「いえ、よくは」
「端的に、自殺の動機である部分についてお話ししますとね。
『密通して子を成してしまった』
ということで」
「なんてこと!」
立ち上がってみせた江貴妃をタジは手で制する。
「いや、ご安心ください。遺書が偽造ならなんの問題もないことです。
ですがね?」
その手がくるりと動き、人差し指を立てる。
「陛下や御典医にお聞きしたところ、どうやら
『飛貴妃が懐妊していた』
というのは事実だったそうなんですよ」
「まぁ!」
「もちろん陛下の御子と思われますが」
「そうだったの」
「ご存知ありませんでしたか? ご存知なかったでしょうね。
陛下のご意向で、
『こちらから正式に発表するまで、他言はするな』
と言われていたそうなので。
宴席に出なかったのも、お酒もそうですが
『不用意に出歩くな』
ということだったそうで」
(だからあの礼儀正しい雀が、私を呼び付けるような真似をしたのね)
貴妃としての優劣が変わり、ついに見下されたのか。
江貴妃の中にはそんな想いもあったが、どうやら誤解だったようである。
今更分かっても遅いが。
とりあえず今、彼女にできることは
「だとしたら、無念なことだったでしょうね。
待望の御子を授かって、幸せだった矢先に」
『誰にも話していない』ということなら、知らないフリをしておくこと。
タジもそう思い込んでいるようだし。
ただ、それで逃れられればいいのだが、
「だとすると、これは大変なことです」
むしろ話はここからが山場である。




