ロストプラネットIII(Lost Planet III) 第一章 終節 奉納の儀
一晩じっくりと身体を休め、迎えた翌日。俺は母に連れられて、再び『中央庇護医療船』へと向かっていた。
道中、視界の先には同じようにそこへ向かってぞろぞろと集まっていく、おびただしい数の住民たちの姿があった。
住民でお互いに軽い挨拶を交わした。
そのまま他愛のない世間話を弾ませながら、庇護船の上でその『時』が訪れるのをのんびりと待っていた。
『住民の皆様。本日は一年に一度の「奉納の日」でございます。さあ、我が街の守護神の降臨を、皆で共に祈り捧げましょう――』
ひときわ上質な仕立ての衣装を身に纏った羽林族の男が、前方のステージで演説を行っていた。
しかし、元地球人であるレトの目から見れば、周囲にはマイクの類など一切見当たらない。
それにもかかわらず、これほど響き渡る大音量を出せていることに、彼は内心で不可解さを覚えていた。
「ママ、どうしてあの叔父さんはあんなに大きなお声でお話しできるの?」
レトは母の服の裾をちょんちょんと引っ張りながら、無邪気な子どものフリをして尋ねた。
「ああ、あれね。私たちはね、大人になると自分の羽毛をアンプの代わりにして、声を大きく響かせることができるのよ。レトも学校に行けば、すぐにその仕組みを教えてもらえるからね」
「ふーん……」
レトはどこか含みのあるトーンで相槌を打ちながら、思考を巡らせた。
(もし俺が大人になれば、同じように声を増幅できるってことか。だとすれば、この羽毛には他にもどんな秘密が隠されてるんだろ。……めちゃくちゃ楽しみになってきたじゃん)
彼がそんな風に密かな期待を膨らませている間に、目の前のステージでは儀式が次の段階へと移行していた。
「――それではこれより、奉納の儀を執り行います!」
司会役の男の宣言と同時に、厳かな伴奏が響き渡った。
続いてステージの両袖から、聖歌隊のような衣装を纏った者たちが姿を現す。彼らは一人、また一人と美しい歌声を響かせながら歩みを進め、全員が定位置についたその時――ステージ全体が、淡く幻想的な緑色の光に包まれていった。
その、直後だった。
『ガァ、アアアオオオオオオオオオオッッ!!!!』
突風が吹き荒れ、あの咆哮とともに『あれ』は姿を現した。
銀色に輝く鋼の羽翼、猛禽の王たる鷲を彷彿とさせるそのフォルム。黄色の輝きを放つ機械仕掛けの双眸は、ステージの様子をじっと凝視している。
それは上空で力強く羽ばたきながら、様子を観察しているかのようだった。
『皆様、我が街の守護獣へ向けて、祈りの歌を捧げましょう!』
司会役の男がそう声を張り上げると、ステージ下の住民たちも聖歌隊の歌声に合わせ、一斉に合唱を始めた。
(へえ……このステージ演出、なかなか華やかで悪くないじゃん。それに、あの機械巨獣も間近で見るとマジで大迫力だな。よし、いっちょ乗っかってやるか――!)
レトもその合唱の輪に加わった。
ただ、彼は周囲の歌声にそのまま合わせるのではなく、ほんの少しだけ自分流のアレンジを加えた転調のメロディを紡ぎ出した。
――その、瞬間だった。
ステージを包んでいた淡い緑色の光が、突如として前刻をはるかに凌駕するほどの――まばゆい鮮緑色の輝きへと変貌したのだ。
ステージ上で歌っていた聖歌隊も司会役の男も、一瞬だけ困惑の表情を浮かべた。
しかし、儀式を止めるわけにはいかず、彼らはそのまま合唱を歌い続けた。
『ピィ、ギィィィィィィィッッ!!』
巨大な機械鳥は鼓膜を劈くような高音の咆哮を轟かせると、一気に上空へと舞い上がった。
それと同時に――本来なら銀一色であるはずの機体が、まるで換羽でも迎えたかのように、羽翼の末端に向けて鮮やかな緑色へとだんだん染まっていく。
「し、守護獣様が……!?」
司会役の男は開いた口が塞がらないといった様子で呆然と立ち尽くし、飛び去っていく守護獣の姿をただ見上げることしかできなかった。
その場にいたレトや子どもたち以外のすべての住民の大人が、にわかに騒ぎ出し、この前代未聞の異常事態について口々に議論を戦わせ始めた。
(おいおい、一体何が起きてるんだ……? 何がどうなっちまったんだよ?)
大人たちの尋常ならざる動揺を目の当たりにし――レト自身も内心で困惑を隠しきれずにいた。
「レト!!」
その時、人混みの隙間をすり抜けるようにして、マヤがひょっこりと姿を現した。
「マヤ、そんな風にあちこち動き回ってたら、またお父さんや母さんに見失われちゃうよ――?」
レトはいつもの幼い口調を取り繕いながら、そう言ってマヤを窘めた。
「えへへ~、大丈夫だよ――。レトのママもここにいるし、なんとかなるっよ~」
マヤはどこまでもへらへらとした、お気楽な笑顔で言った。
レトは小さくため息をつくと、呆れたように言葉を返す。
「まったく、お前って奴は……。それで、マヤも守護獣のことが気になってこっちに来たの?」
「そうだよ――! 守護獣って、レトが昨日言ってたアレのこと――?」
マヤが脈絡もなく、核心を突くような質問を投げかけてきた。
「は? ……あ、お前、俺が昨日見たっていう巨獣のこと言ってるの?」
マヤはまるで首がもげんばかりの勢いで、コクコクと激しく縦に振ってレトに応じた。
「たしかに俺が昨日見たうちの一匹は、あの守護獣だったよ。ただ、さっきあんな風に変色しちゃったから、みんな変な空気になってるんだ」
「そうなの――?」
マヤは首を傾げて聞いてくる。
「疑うくらいなら、最初から俺に聞くなよ……」
「あははは! レトっておもしろ――い!」
(……このガキ、マジで一発殴りてえ。中身が子どもじゃなかったら、確実に手が出てたところだぞ)
二人がそんな風にじゃれ合っていると、レトの母がようやくマヤの存在に気がついた。
「あらマヤちゃん、どうしてこっちに来てるの? お父さんと母さんはどこ?」
「おばさん、こんにちは――! 二人ならあっちにいるよ――!」
「ちゃんとここに来るって、お父さんたちに言ってきたの?」
「ううん、言ってな――い!」
「ほら、おばさんと一緒にお父さんたちを探しに行きましょ。これ以上心配させたらめっ、だからね」
「はーい!」
どこまでも他人事のような、マヤの天真爛漫な返事に――レトは思わず心の中で大きなため息をもらした。
こうして、住民たちの間に困惑の種を残したまま奉納の儀は幕を閉じ、レトは母と共に我が家へと帰路についた。
「ねえ母さん、守護獣様に何かあったの?」
「あら、どうして急にそんなことを聞くの?」
「だって、儀式が終わってから、母さんと住民の大人がみんな変な顔をしてたから……」
レトは俯き、まるで悪いことでもして怒られるのを怖がっている子どものような仕草で問いかけた。
――だが、もちろんこれは演技だ。大人が「子どもにはまだ早い」と口を閉ざしたり、詮索を嫌って叱りつけたりする可能性を極限まで低くするための、子どもという立場を最大限に利用した『合法的な幼児の特権』である。
「そうね……今のレトにはまだちょっと難しいお話だから、もう少し大きくなったら、ちゃんと教えてあげるね」
「はーい!」
(なるほどな。大人たちもこの異常事態に、どう対処すべきか分からずお手上げってわけか)
レトは内心でそう状況を判断し――これから学校へ通う中で、あの守護獣に関する情報やこの世界の構造について本格的に調べ尽くしてやろうと、改めて固く決意した。
*
――それから、およそ十年の月日が流れた。
現在のレトの姿には、かつての幼く稚拙な面影など微塵も残っていない。
そこにいたのは、その双眸に牙を剥くような鋭い闘志を宿した一人の青年だった。
今の彼は自室の椅子に腰掛け、自分の身体の成長度合いを観察するために購入した全身鏡を、じっと見つめていた。
(……この十年で、ようやくこの惑星に関する大抵のことは把握できたな。
まず、俺のこの身体――『羽林族』の平均寿命は三百歳を超える。かなりの長寿種族だ。そして、すっかり生え変わって色艶を増したこの羽毛は、学校の教科書に書かれていた通り、成体を迎えた証である『第一性徴』ってやつらしい)
そんな思考を巡らせながら、彼は鏡の中に映る自分自身の姿を見つめた。その身には、とっくに生え変わりを終えた白から茶色へとだんだん移り変わる、美しい羽が宿っており、背丈もかつてに比べてずいぶんと高くなっている。
だが、唯一にして最大の、どうしても納得のいかない不満点は……。
「あー、ギター弾きてえ……。この世界、マジでギターに類する楽器が一つもねえんだけど。これからどうすりゃいいんだ?」
そう。この世界に生れから、すでに十八年という歳月が流れていた。
レト――いや、元ロックバンドの歌い手兼弾き手である彼の、音楽の演奏に対する飢餓感と怨念は、とうに限界を迎えようとしていた。
この数年間、ありとあらゆる文献や資料を漁り、手がかりを探し求めたが、結果はすべて空振りに終わっていた。
レトは椅子から立ち上がると、そっと両目を閉じた。
自然と手が動き、そこには存在しない、触れることすらできないはずの『エアギター』を掻き鳴らし始める。
この数年間、脳内で幾度となく思い返してきた前世の相棒の感触――美しい木目とツヤのある滑らかなボディ、指先に伝わる弦の強い張りと心地よい跳ね返り、そして鼓膜を揺らす極上の激しい歪み音。
目を閉じれば、そのすべてが今でもこの手の中に確かにあるかのように、彼は激情を込めて指を動かし続けた――。
突如、レトが脳内の想像力を極限まで鮮明に研ぎ澄ませた、その瞬間だった。
彼の身体を覆う羽毛がまばゆい光を放ち、其のうちの一本がハラリと抜け落ちた。
落ちた羽毛はみるみるうちに巨大化し、彼が思い描いていたあの楽器の形へと変貌していく。
さらに、羽の『羽軸』にあたる部分がぐんぐんと延伸し、ネックからヘッドへと至る構造を形成。
最後に『羽枝』の細毛が、ピンと張り詰めたあの弦へと変異を遂げた。
前世で愛用していた派手で目を引く楽器ほど洗練されてはいないものの、大まかな外観は確かにそれとよく似ていた。
そんなこととは露知らず、我を忘れてエアギターを掻き鳴らしていたレトが、拍子に合わせて足を一歩踏み出した時、その足先が今しがた具現化したばかりの楽器を思いきり蹴してしまった。
「いってぇ!? なんだ、何があるんだ?」
困惑したレトは、ようやくハッと我に返って両目を開け、自分の足元を引っかけた物体へと視線を落とした。
「あ、相棒……!? なんでお前がこんなところにいるんだよ!?」
そこに居たのは、艶やかな黒のボディに、まるで狂暴な黄色い稲妻が走るかのような模様が描かれた、ギターだった。
レトは熱い涙を瞳に浮かべ、床に転がっていた楽器を愛おしそうに抱き上げた。
だが、しばらくそれを凝視しているうちに、徐々に違和感を覚え始める。
「……いや、待てよ。なんか俺の記憶にある相棒と、微妙に細かい部分が違わねえか?」
レトは細部までじっくりと観察し、いくつかの細かな差異に気がついた。
「この色合いも、弦の張りも、あと一歩何かが足りねえっていうか……」
そう呟きながら、彼は弦を軽く爪弾いて音を確認した。それからつまみをグッと捻って音を合わせる。納得のいく音色に仕上がると、彼は満足そうに小さく頷いた。
「よし、これなら一曲いけそうだ……。――って、おい待てよ? エレキが、この状態じゃアンプを通したあの激しい歪み音なんて鳴らねえはずだろ?」
音響の装置に一切接続されていないにもかかわらず、自分の手元から重厚なあの電気の音色が響いているという怪奇現象に、彼は一瞬だけ首を傾げた。
「まあ、音が鳴るんだからいっか」
だが、次の瞬間には、持ち前の前向きさでその矛盾を綺麗さっぱり無視することにした。
「ま、いっか。音が鳴るならそれで十分だ。久しぶりに何曲か弾かねえと、本当にストレスで爆発しそうだったからな」
レトは前世で演奏していた、あの激しいロック曲を思い浮かべると、激しく腕を動かして楽器を掻き鳴らし始めた。
拍子が上がるにつれて彼は我を忘れ、リズムに合わせて身体を揺らす。
拍子がさらに加速し、曲が激しい独奏へと突入すると、彼は陶酔したように両目を閉じた。
ステージ上で大勢の観客たちから浴びせられる大歓声を脳裏に描きながら、その激情をそのままに曲を弾ききった。
「ああああ――――――――ッ!!」
それは、この十八年間溜め込んできた鬱憤をすべて吐き出すかのような大絶叫だった。
「レト!? 大丈夫!? 母さん、あんたの悲鳴が聞こえたから……!」
その時、レトの母が血相を変えてドアを蹴破るようにして部屋へと飛び込んできた。
しかし、彼女の目に飛び込んできたのは――息子の全身の羽が、まるで幻想的で絢爛豪華な舞台の照明のように、七色の光を激しく明滅させている光景だった。
「あ!? 母さん、ごめん。ちょっと興奮しすぎちゃった。……母さん、どうしたの?」
レトは呆然と立ち尽くしている母を見つめ、それから自分を包む妙に眩しい光に気がついた。
自身の羽が七色の色とりどりな光を放っているのを目擊し、彼もまた慌てふためいて叫び声を上げた。
「なんだこれ、一体どうなってんだよ!!」
――こうして、レトはこの大混乱の中で、図らずも自分が夢にまで見た弦楽器を手に入れることとなった。




