ロストプラネットIII(Lost Planet III) 第二章 第一節-イントロ
あの日、俺に奇妙な姿をオフクロに完全に目撃されてしまったせいで、翌日には強制的に病欠扱いとされ、俺は庇護医療船の病床の上で精密検査を受ける羽目になっていた。
「レト、お願いだから大人しくここにいてね。母さんがお弁当を持ってきてあげるから、絶対にうろちょろ動いちゃダメよ」
「はーい、分かったよ、オフクロ」
レトがそう応じると、母は少し困ったような表情を浮かべて溜め息をついた。
「もう……小さい頃はあんなに可愛かったのに、いつの間にそんな変な呼び方を覚えたのかしらね」
母は口ではそう文句を言いながらも、愛おしそうに我が子の頭をそっと撫で、それから仕事へと戻っていった。
「本当に心配性なオフクロだな。……だけど、よくよく考えたら前世の俺の親は早死にだったし、こういう感覚ってマジで久しぶりかもな……」
呟きながら、レトの口元には自然と嬉しそうな笑みがこぼれていた。
―そして夕暮れ時。 自宅へと戻り、部屋で静養していたレトの耳に、コンコン! と静かにドアをノックする音が響いた。
「レト、お友達が来てくれたわよ」
「わかった」
(みんなに心配をかけちまったみたいだな) そう思いながら、レトはのんびりと部屋を出てリビングへと向かい、声をかけた。
「悪いな、みんな。心配かけちまったみたいで」
「レト、その様子だと、もしかしてサボる口実なんじゃないの――?」
マヤが冗談めかして言った。
だが、レトの目の前にいるのは他ならぬ幼馴染のマヤだ。
彼女もまた第一性徴の換羽を終えており、全身は目を引く薄黄色へとだんだん移り変わる白い羽毛に覆われている。 その活発そうな薄黄色の瞳が、じっとレトを見つめていた。
「なんだよ、マヤか……。そうさ、最近の授業は疲れるからな。この聡明な頭脳を少し休ませてやる必要があったのさ。お前には俺の悩みなんて理解できないだろ?」
レトはわざとらしく頭に手を当て、まるで頭痛に悩まされているかのような仕草で言った。
「え――、そうなの――?」
マヤは何事か考え込むように椅子から立ち上がると、ゆっくりとレトの方へと歩み寄った。
「な、何するんだ!? 痛っ、痛ててて!」
その瞬間、レトはマヤに両拳で頭を挟み込まれ、ぐりぐりと力任せに回された。
「あんたの悩みが理解できないなら――、せめて苦しんでる顔くらいは見せてもらいましょ――かね」
マヤは満面の笑みを浮かべてそう言ったが、それがかえって凄まじい圧迫感を放っていた。
「悪かった! マヤ様、俺がそんな風に言うべきじゃなかった!」
「あら――? 私の手、どうしちゃったのかしら――? 失礼したわね――」
マヤはそう言うと、手を離して身なりを整えた。
「その、すぐに手が出る癖、どうにかならないか――?」
レトはさっき挟み込まれていた場所をさすりながら、不滿げに零した。
「今なんて言ったの――? よく聞こえなかったわね――」
マヤはそう言いながら、再び手を持ち上げた。
「マヤ様のおかげですっかり治ったみたいだ! 感謝いたします、マヤ様!」
「そう――? ほんの形ばかりの治療だから、そんなに感謝しなくてもいいわよ――」
(この女、子供の頃から人のあしらい方を熟知してやがるのか? 昔から生意気だったけど、ここまで暴力的じゃなかったはずだろ……)
レトは心の中でそう愚痴をこぼした。
「おばさんから聞いたよ――。あんた、明日にはもう学校に戻れるんでしょ――?」
「あ、ああっ……。お前、一日俺の顔を見ない、寂しくなっちゃったのか――?」
レトは悪戯っぽい口調で言った。
「……っ、あんたの姿が見えないと調子が狂うってだけよ――! 私が寂しがるわけないじゃない、自惚れないで――!」
マヤはぷいと後ろを向いた。
(なんだこれ? まさか……)
レトがそんな推測を巡らせようとしたその時、マヤがぐるりと振り返って言葉を続けた。
「そんなに元気そうなら安心したわ――。明日からもたっぷり私の退屈しのぎになってもらうからね――」
(どうやら俺の考えすぎだったみたいだな……)
レトは呆れ返ったような表情でマヤを見つめた。
「そうだ、明日はまた奉納の儀式だけど、前に先生からどんな出し物をしたいか聞かれてたっけ――?」
この十八年間――。
あの時に守護獣が謎の変化を起こして以来、大人たちは様々な方法で儀式を試みてきた。
どうして白銀の機械生命体たる守護獣が、突然あのとき、換羽のような行動をとったのか。
その真の原因を突き止めようと、躍起になっていたのだ。
しかし、今になっても原因は見つからない。
行き詰まった彼らは、今や俺たち住民に様々な出し物を強制させるようになっていた。
――まるで、何かの滑稽な成果発表会みたいに。
レトはそんなことを思考しながら、不意に口を開いた。
「バンド――? なにそれ――?」
「説明するとちょっと複雑なんだけどさ。簡単に言えば――何人かでそれぞれの楽器を演奏しながら、一緒に歌うお祭りのことだよ」
「それって、儀式みたいに伴奏に合わせて合唱するのと何が違うの――?」
「そのへんは、明日になればわかるさ」
そして翌日、放課後。
レトは学校の中庭で、下校する人波が押し寄せる前に先回りして待ち構えていた。 その手には、自らが生み出した、極めて特徴的な輝く黒に黄色の稲妻模様が走るギターがしっかりと握られていた。
「おい、見ろよ。あいつ、レトじゃないか――?」
「本当だ――。一体何をしてるんだ――?」
「あいつが手に持ってる、あの物体は何なんだ――?」
「先生たちに連絡した方がいいんじゃないか――?」
現れ始めた生徒たちは、レトの異常な挙動にざわざわと騒ぎ出し、口々にひそひそ話をし始めた。
「ようこそ、みんな――! ここに集まってくれたお前たちに、俺の記念すべき初舞台の曲を何曲か届けてやるぜ――!」
現場の生徒たちは誰もが困惑して顔を見合わせ、何が起きているのか分からないながらも、どこか面白そうだという野次馬根性でその場に足を止めていた。
立ち止まる人だかりが徐々に増えていく中、レトは手を動かし、まずは場を圧倒するための前奏曲を弾き始めた。
重金属音楽の狂気的な前奏曲で現場の空気を一気に火をつけると、次の瞬間――
「あ――!!! ハッ――!!!」
彼の雄叫びと共に、ハードロックの演奏へと切り替わった。
それは彼が前世でロックミュージシャンとして歩み始めた頃の、アレンジソロ曲だった。圧倒的な気迫と、凄まじい空気の震幅を伴う重低音の演奏。
現場の観客たちは全員、その強烈な気迫に気圧されて完全に静まり返り、そこはただ、彼一人の独奏のためだけの純粋な空間と化していた。
観客である生徒たちも、いつの間にかその激しいリズムに没頭していた。
誰もが自然と頭を振り、心地よいテンポに合わせて全身を激しく揺らしている。
レトが最初の一曲を弾き終え、肩で息を切らしながら、ニヤリと周囲に視線を走らせた。
「ふっ……。結構、ロックじゃねえか――」
彼がそう呟いた理由、それは他ならぬその場にいる観客たちの目だった。
その瞳は誰もがキラキラと輝いており、まるで自分が一番食べたかったメインディッシュがテーブルに運ばれてくるのを待つ子供のようだった。
「お前ら、もっと聴きたいか――!?」
『聴きたい――!!!!』
観客たちがこれ以上ないほど息の合った大歓声で応えた、まさにその瞬間だった。
「あんたたち、そこで何をしてるの――!? 放課後なのに家に帰らず、こんなところに集まって!」
秩序を管理する女教師が突如として現れ、叱責の声をあげた。
そして、彼女の鋭い視線が、生徒たちに囲まれているレトの姿を捉えた。
「あんた、3組のレトじゃないの――? この騒ぎを起こしたのはあんたね――?」
女教師はそう言いながら歩み寄り、レトを値踏みするように見つめた。
最後に、その手が握っているギターへと視線を釘付けにした。
「手に持っているのはビキンね――? 学校では儀式の期間外におけるビキンの演奏は禁止されているはずでしょ――!? レト、あんたは職員室へ来なさい! 他の生徒たちは早く家に帰りなさい、こんなところに集まらないで!」




