ロストプラネットIII(Lost Planet III) 第一章 第三節 巨獣 (後)
園長先生は速度を上げ、猛烈な土煙が渦巻く方向へと一直線に飛んでいく。
だが……クソ、やっぱり子どもの身体じゃ大人のスピードには到底及ばない。
ぐんぐんと引き離されていく園長先生の背中を視界の端に捉えながら、俺は今のこの身体が出せる限界の最高速度で、必死に風を切って飛び続けた。
もう体力が限界かと思われたその時、俺はついに『巨獣』の本当の姿を目撃した。
激しく巻き上がる土煙と、次々とへし折られ倒壊していく巨樹の群れ。その大自然を蹂躙し、なぎ倒している張本人は――かつて前世で見た怪獣映画から、そのまま現実へと飛び出してきたかのような『二足歩行の巨大怪獣』だった。
地を這う強靭で長い尾、漆黒に染まった悍ましい巨躯。その背中には、古代の剣竜を彷彿とさせる巨大な背びれが幾重にも並んでいる。
二本の太い前肢は――自らの進路を阻む巨木を紙切れのように容易くなぎ倒していた。
「……先生は、あそこにいるのか?」
レトは目を細め、巨獣の頭部付近を激しく旋回している小さな影を必死に凝視した。
「いや、違うか……? だけど、あの影は何かを持ってるみたいだぞ……?」
そう独りごちたものの、立ち込める土煙のせいで、俺の目にはそれがただの黒いの人影にしか見えなかった。
「なんで君がこんなところにいるんだ!」
「園長先生……?」
レトが顔を上げると、頭上からで降下してくる園長先生の姿があった――。
「みんなと一緒に避難しろと言ったはずだ! どうしてここにいる?」
園長先生は巨獣の動向を警戒しながら、ひどく張り詰めた表情でレトを問い詰めた。
「……飛んでる途中でみんなに追いつけなくなっちゃって、迷子になっちゃったの」
この状況を切り抜けるため、俺はとっさに子どものフリをして嘘をついた。
「くっ、これは困ったぞ……。今のこの状況じゃ、君を安全な場所まで送り届けている時間なんてない……!」
園長先生と俺の視線の先では、すぐそこまで巨獣が迫り狂っていた。
そして――化け物の悍ましい瞳が、ハッキリと俺たちの姿を捉えた。
巨獣は血の気の失せるような大口を開け――天を震わせる大咆哮を轟かせる。
『ギャオオオオオオオオオッッ!!』
鼓膜を震わせる大咆哮の直後、巨獣の口腔内にまばゆい藍色の光が集束し始めた。それはまるで――かつて怪獣映画で何度も目にした、破滅の『吐息』を放つ前兆そのものだった。
「先生、早く逃げて!」
レトは我を失いかけた園長先生の身体を必死に押し、正気に戻そうと大声を張り上げた。
「そ、そうだ! ここに留まっている場合じゃない……!」
園長先生は先ほどの咆哮による凄まじい衝撃波のダメージを必死に堪えながら――レトの小さな身体を片腕で抱きかかえた。
そして、巨獣の射程圏内から脱出すべく急加速して飛び立つ。
しかし、巨獣の冷酷な双眸は、ハッキリと逃げるレトたちの姿を追っていた。巨獣の巨大な頭部が、レトたちの動きに合わせてゆっくりと旋回していく。
(冗談じゃねえぞ! マジで直撃じゃねえか!!)
レトは心の中で悲鳴を上げた。
「――レト、お前だけでも生き延びるんだ!」
園長先生は覚悟を決めた表情で叫ぶと、レトの身体をはるか遠方へと投げ飛ばそうとし――。
『ガ――ウ――――!!』
上方から、凄まじい巨響が響き渡った。それはまるで、先ほどの巨獣の咆哮をかき消すかのような地鳴りだった。
雲海を引き裂いて現れた吼え声の主は――なんと、一機の巨大な機械生物だった。
「機械巨獣……」
園長先生が、呆然とそう呟く。
「機械巨獣……?」
レトの瞳に映ったその姿は、白銀の機体を輝かせ、どこか鷹を彷彿とさせる外観をしていた。それは巨大な双翼を広げ、二足歩行の巨獣と真っ向から対峙する。
二足の巨獣は破滅の吐息をその機械巨獣へと向け、まばゆい藍色の光線を放った。
しかし、機械巨獣はそれを軽快に回避する。放たれた光線は、まるで獲物を追うように、空中を舞う機械巨獣を執拗に追跡していく。
「た、助かった……」
安堵の吐息を漏らす園長先生の姿を、レトは見つめた。
「園長先生、早くここを離れよう」
レトは未だに片腕で抱きかかえられた状態のまま、必死に大声を張り上げた。
「それもそうだな……!」
園長先生は苦笑いをもらすと、レトを抱きかかえたまま――急に進路を変更した。
そして、巨獣たちの戦域から十分に離れた巨大な樹木へと着地し、そこで息を整えながら二大巨獣の死闘を見守ることにした。
上空を舞う『機械巨獣』は、飛行能力という圧倒的な地利の優勢を遺憾なく発揮していた。
地上の巨獣が放つ破滅の吐息を軽快な機動でことごとく回避すると、今度は自らの口腔部から猛烈な黄色の光線を照射し――地上の巨獣へ向けて一方的な猛攻を叩き込んでいく。
二大巨獣による激しい攻防がしばらく続き、周囲に無数に立ち並んでいたはずの巨木たちがことごとく消失し、一帯が完全に更地へと変貌した頃――地上の巨獣に明らかな疲弊の色が見え始めた。その漆黒の肉体は傷だらけになり、息を荒げている。
反面、上空の優位を保ち続ける機械巨獣には疲労の色など微塵もなく、装甲にいくつかの小擦り傷がついている程度だった。
『ギャオオオオオオオオオッッ!!』
二足歩行の巨獣は無念そうにひと際大きく咆哮すると、ついに踵を返し、やってきた道をトボトボと引き返し始めた。
機械巨獣は追撃することなく、ただ静かに上空を旋回しながら、去り行く巨獣の背中を冷徹に監視し続けている。
その光景を見届け、園長先生はホッと胸を撫で下ろしながらレトへと声をかけた。
「どうやら助かったみたいだね。どこか怪我はないかい?」
レトは無言のまま、コクコクと首を横に振って答えた。
「それからレト。次はちゃんと先生たちの言う通りに、いい子でついてくるんだよ。分かったね?」
「はーい!」
レトは子どもらしい元気いっぱいの声で園長先生に応じた。二人はゆっくりと去り行く巨獣の背中を見を見届けた後、みんなと合流するためにその場を後にした。
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「レト!! 私のかわいい我が子!!」
二人が『中央庇護医療船』に足を踏み入れたその瞬間――レトの母がものすごい勢いで駆け寄ってきて、彼をぎゅっと抱きしめた。
「母さん……」
レトは申し訳なさそうな、少し罪悪感の入り混じった声で――。
「園長先生、一体どこでレトを見つけたんですか?」
女性教師が尋ねる。
「ああ、この子はみんなとはぐれてしまった後、偶然にも私の方に向かって飛んできたらしくてね。それで運よく合流できたんだよ」
園長先生はそう言って話を合わせた。
「レト、母さんに見せてちょうだい。どこか怪我はない!? 痛いところはないの!?」
レトの母が血相を変えて彼の身体をくまなく調べていく。
「母さん、僕は大丈夫だよ」
「本当に……?」
レトがこっくりと頷いてみせると、母はようやく安堵したように立ち上がり、事の経緯を聞くために園長先生や他の先生たちの元へと歩み寄っていった。
「ねえレト、本当はどこに行ってたの――?」
その隙を突いて――マヤが興味津々といった様子でひょっこりと近寄ってきた。
「さっきね、うっかり迷子になっちゃったんだ」
「あはは! レト、もうこんなに大きいのに迷子になるなんて――!」
それをきっかけに、他の鳥人類の子どもたちも次々とレトの周りに集まってきた。
みんな口々に――。
「何か見た――?」などと、ワイワイガヤガヤと質問を浴びせ始めた。
「僕ね、おっきな生き物がこっちに闖入してくるのを見たんだよ――」
(な、なんだって――!?)
『巨大生物』というパワーワードを耳にした瞬間、子どもたちの瞳が一斉にキラキラと輝き出した。
ガキどもがここぞとばかりに巨獣の姿についてレトを問い詰めようとした、まさにその時。
園長先生をはじめとする大人たちが、もうすぐ就学を迎える子どもたちの元へと歩み寄ってきた。
「みんなが正式に学校へ入学する前に、先生たちはみんなを私たちの『守護神』の元へ案内する予定です。ちょうど明日は年に一度の『奉納の日』だからね。よし、今日の避難勧告が解除されたら、お家に帰ってしっかり休むんだよ」
園長先生のその宣言を聞いた途端――子どもたちは一斉に「守護神」という新たなワードについてワイワイと議論を戦わせ始めた。
こうして、様々な衝撃に満ちた長い一日は、避難勧告の解除通知とともに幕を閉じたのだった。




