ロストプラネットIII(Lost Planet III) 第一章 第三節 巨獣 (前)
この世界に転生してから、およそ十年という月日が流れた。そろそろ、前世でいうところの小学校にあたる環境へと進学する時期を迎えている。
この十年の間に、俺はこの惑星に関する知識をある程度頭に叩き込んでいた。俺が今いるこの惑星は、現地語で『ラトトアス』と呼ばれている。彼らの言葉のニュアンスを紐解けば、すなわち『生々流転、生命の息吹が絶えぬ場所』。
その名の通り――ここには満ち溢れんばかりの肥沃な大地と広大なジャングルが広がっており、俺たちが暮らすこの樹海も、周囲を幾重もの険しい山脈に囲まれていた。
ちなみに、俺のこの身体の種族は『羽林族』というらしい。ただ、鳥人間たちは自らのことを自称しているようだ。
それから、この土地はとにかく地震が異様なほど頻繁に起こる。突発的な揺れが起きるたび、俺は母に抱きかかえられて安全な上空へと避難させられるのが日常茶飯事だった。
なお、俺の父親についてだが、母は何やら一言では言い表せない複雑な事情があるらしく、今の俺にはどうしても教える気がないようだった。
そのため、昼間は母が仕事へと出かける間――俺は村の託児所のような施設へと預けられる生活を送っている。
そんな生活を送るうちに、年の近い遊び相手が何人かできた。中身は成人男性の俺だけどな。
もし俺が同年代の子どもたちと遊ぼうとしなければ、母はあの手この手で交流の機会をセッティングしようとしてくる。
このまま孤立したままでいたら、母の『お節介焼きセンサー』が発動してさらに面倒なことになりそうだった。だから、あくまで暇つぶしと割り切って彼らの遊びに付き合ってやってるわけだ。
(ギターがねええええええ!!!!!)
俺は心の中で、思わず絶叫していた。
この世界に来てから十年間、演奏できる楽器には一度も触れていない。ここらの鳥人間たちを見回しても、音楽を演奏している奴なんて一人もいなかった。
せいぜい、鼻歌混じりに旋律を口ずさむ者がいるくらいだ。 このままじゃ、せっかくの指の技術が鈍っちまう。
一応、この身体も成長してはいるものの、今の自分にできることには限界があった。遠出をしようとすれば母に止められるしな。
木の皮なんかを集めて自作の楽器を作ろうとも試みた。だが残念なことに、俺にあるのは『弾く才能』だけで、『作る才能』は皆無だった。
そんな現状が悔しくてたまらない俺は、三本の指を必死に動かし、頭の中でギターの運指を再現しようとしていた。しかし、元々の人間の身体とはわけが違う。たった三本の指じゃ、まともにコードを押さえることすらできなかった。
「レト、それ何やってるの――?」
その時、声をかけてきたのは鳥人類の遊び仲間の一人だった。名前はマヤ。
まだ完全には生え変わっていない、白から茶色へとグラデーションを描く羽毛をその身に纏い、黄色い瞳でじっと俺の手元を覗き込んできている。
「これはね、『エアギター』っていう楽器を弾いてるんだよ」
案の定、マヤは顔いっぱいに疑問を浮かべていた。
それも無理はない。前世の常識が通用しないこの世界で――この幼いの少女に『エアギター』なんて概念が理解できるわけもなかった。
「それって、おもしろいの――?」
マヤが不思議そうに首を傾げて聞いてくる。
「俺にとっては最高におもしろいよ。そうだ、どんな形をしてるか、絵に描いて見せてあげるね」
幸いなことに、この場所には紙と筆記用具があった。俺はさっそくペンを握り――脳裏に焼きついて離れないかつての相棒の姿を描き出していく。
「なんか、へんなカタチ――」
マヤが率直な感想を漏らす。
俺は描き終えた紙からギターの形をハサミで切り抜くと、それを抱えてどうやって弾くのかを実演してみせた。
「よく見ててね、こんな風にやるんだよ」
俺の指は、勝手に動き出したかのように――紙に描かれた弦を正確に押さえ始める。 そして、前世でよくソロ演奏していた曲のメロディを口ずさんだ。
今のこの身体には指が三本しかなくて、やっぱりどうにもしっくりこないけれど――
まあ、エアギターのいいところは、どれだけミスしたって音が鳴らないことだしな。
俺が夢中になって演奏を楽しんでいると、いつの間にか同じように託児所に預けられていたガキどもが、ぞろぞろと周囲に集まってきていた。好奇心に満ちた目を向ける奴もいれば、目をキラキラと輝かせている奴もいる。
さらには、俺たちの面倒を見てくれているの先生まで、横からじっと俺の手元を観察していた。
やがてガキどもは、口々に――。
「それな――に!?」
と競い合うように質問を浴びせ始め、それぞれが空想した楽器を自分でも紙に描き始めた。
そんな中、先生が俺に声をかけてきた。
「レト、それどこかで見たことがあるの?」
先生は、俺が手に持っている紙のギターを指差しながらそう尋ねる。
「ううん、見たことないよ! なんとなく思いついたの!」
男性の先生の問いかけに、俺は子どものフリをしてそう答えた。
大抵の場合、こう答えておけば大人は「子どもの突飛な思いつき」として片付けてくれて、それ以上深く詮索してくることはない。
まさかこの身体の中に、別の世界からやってきた人間の魂が入っているなんて、口が裂けても知られるわけにはいかないからな。
「レトが描いたのとは少し違うけれど、この世界には『ビキン』という楽器があるんだよ。先生が描いて見せてあげようね」
そう言うと、先生は紙に簡単なイラストを描いて見せてくれた。
「どうしてここでは見たことがないの――?」
俺の問いかけに、目の前の先生はどう答えるべきか少し考え込んでいるようだったが、やがてこう切り出した。
「それはね、このビキンという楽器はとても神聖なものだからだよ。だから、特別な時期にしか演奏することが許されていないんだ」
(なるほどな……つまり、前世でいう祭りや儀式の類でしかお目にかかれない、レア物ってわけか)
俺は心の中で納得しつつも、そんな風に言われたことで、かえってその楽器がどんな音色を奏でるのか、ますます興味が湧いてきていた。
その時、またしても例の『地震』が保育所を襲った。
「みんな! 慌てずに外へ飛んで避難して! まだうまく飛べない子は、急いで先生のところに集まりなさい!」
誰もがこの事態に慣れっこだった。俺もまた、前世の身体にはなかったこの翼を羽ばたかせる感覚にすっかり馴染んでおり、先生たちの指示に従って素早く外へと飛び立ち、集合場所へと向かった。
外にはズズズ……と鼓膜を震わせるような地鳴りが響き渡っていた。
地震とは言っているものの、俺の感覚からすれば、これは地殻変動というより、何か途方もなく重い質量が地面に叩きつけられた時に生じる衝撃音のように思えてならなかった。
やがて、先生たちがまだ飛べない幼い子どもたちを迅速に連れ出すと、集まった全員に向けて声を張り上げた。
「みんな、もうすぐ収まるから落ち着いてね!」
そう告げるの先生たちの視線の先を盗み見ると、はるか彼方から猛烈な土煙が巻き上がっているのが見えた。これまでの地震では見たことのない異常事態だ。
気になった俺は――先生たちのすぐ近くへと気配を殺して忍び寄った。
「おい、今回の揺れは一体どうなってるんだ? 砂煙の位置が妙に近すぎるぞ……」
「『誘導員』は一体何をしてらっしゃるの?」
先ほどの男性の先生と、同僚の女性の先生が、深刻な表情でそんな密談を交わしていた。
(『誘導員』って、一体何なんだ……?)
この惑星の裏に隠された未知の事情に、俺の好奇心は激しく揺さぶられていた。
やがて、はるか彼方の土煙はみるみるうちに巨大な壁へと成長し、樹海の大地を揺らす振動はこれまでの比ではないほどに激しさを増していく。
それに伴い、ズズズ……という不気味な地鳴りも、より鮮明に、より近くへと迫ってきた。 すると間もなく、遠くから一人の羽林族の影が猛スピードで飛来した。
「伝令だ! たった今連絡が入った、巨獣がここを通過する! 全員、一刻も早くここを離れるんだ!」
知らせを持ってきた羽林族の伝令は、顔面を蒼白に染めて叫んだ。
「どういうこと!? 『誘導員』がルートを逸らす手筈になっていたはずでしょう!?」
女性教師が、取り乱した様子で伝令に詰め寄る――。
「その話は、あの巨獣が通り過ぎてからだ! とにかく今は子どもたちを避難させるぞ!」
「みんな、今すぐ先生たちに続いて『中央庇護医療船』へ向かうんだ!」
庇護船――それは、この地域において唯一、安定した空中浮揚と飛行を可能とする特殊な船型飛行船のことだ。俺の母親はそこで看護師として働いており、以前から「もし大きな地震が起きたら、何が何でもそこへ逃げて私を頼りなさい」と口酸っぱく言われていた。
「さあ、みんな遅れないで先生についてきて!」
俺たちは女性教師の後を追うようにして、庇護医療船を目指して一斉に飛び立った。
園長先生は隊列の最後尾に回り、遅れる子が出ないよう目を配っている。
しかし、やはりまだ子どもの集団だ。避難のスピードはあまりにも遅すぎた。 背後から巻き上がる土煙は、刻一刻と俺たちの距離を縮めてくる。
「くっ、このままでは追いつかれる……! 君たちはそのまま進め! 私がここに残って、あの化け物を引きつける!」
「園長先生!」
子どもたちが一斉に、不安に満ちた表情で園長先生を見つめる。
「大丈夫だ。みんなは先に行きなさい。先生も後から必ず追いつくからね」
「園長先生……」
女性教師が悲痛な面持ちで見つめると、園長先生はただ優しく微笑み、力強く頷いてみせた。
「さあ、早く! もたもたしていると、本当にあの化け物が来ちまうぞ」
彼は手を大きく振って、避難を促す。
「……みんな、急ぐわよ! 先生についてきて!」
女性教師は声を震わせながらも、必死に子どもたちを急き立てて再び飛び立った。
しかし、俺は――。 振り返り、巨獣の元へと向かおうとする園長先生の背中を見つめていた。
そして、あの『定例地震』を引き起こす化け物の正体をこの目で確かめるべく、彼の後を尾行することを決意した。




