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奇跡のように美しい人  作者: 月宮永遠
2章:謳歌
19/42

17

 季節は巡り、四度目の夏。八月の終わり。

 今日でレインジールは十四歳を迎える。

 誕生日の夜、二人でルルーシュナ紅茶庭園を訪ねることにした。暑い夏の夜には、娯楽がぴったりだ。

 佳蓮はレインジールの瞳の色と同じ、青いドレスを選んだ。

 味の薄い顔に、はっきりとした化粧を施す。青いラインを目尻に入れて、金色のアイシャドウを重ねていく。こんなにはっきりした化粧を、生前は一度だってしたことがなかったが、召使達は出来栄えに悦に入り、こぞって誉めそやした。

 お洒落を楽しむようになった佳蓮は、陶人形のように美しいレインジールのお洒落も我がことのように楽しんだ。

 仕立ての良い羅紗らしゃの上着を羽織り、襟には瑪瑙めのうのブローチ。黒い薄地の外套を羽織るレインジールは、息を呑むほど格好良かった。腰が砕けそうになっている佳蓮を、鏡の中からレインジールが不思議そうに見ている。


「佳蓮?」


「私、いい仕事したわぁ」


 額を手で押さえる佳蓮を見て、レインジールは慌てて傍に寄った。


「具合が悪いのですか?」


「レインが恰好良すぎて、眩暈がしそうなの。今日のレインは完璧だよ」


「佳蓮……」


 レインジールは顔を真っ赤にして、口元を手で押さえた。


「もう、君の将来が末恐ろしいよ。今だって、こんなに恰好良いのに、どんな美青年になっちゃうんだろ」


「私は佳蓮が心配です。そんなことをいわれて、もう口説かれているとしか思えませんよ。私でなければ、どうなっていることやら」


「全然いいよ。レインなら、何されてもいいっ!」


「佳蓮ッ!」


 勢いよく立ち上ったレインジールは、呆気にとられている佳蓮を苦虫を潰したような顔で見下ろした。


「貴方っていう人は、もう、もう……ッ」


 部屋を出ていくレインジールの背中を、佳蓮は慌てて追いかけた。


「レイン! 待って。ごめん、怒った?」


 立ち止まったレインジールは振り向くなり、青い瞳で真っ直ぐ佳蓮を見つめた。目線の高さはもう殆ど変らない。思いがけず強い眼差しに、佳蓮はドキリとした。


「怒ったわけではありません。でも、今みたいにからかわれると、困ります」


「ごめん」


「私は、貴方が思うほど子供ではありません」


「うん、ごめんね。判ってる」


「いいえ、貴方は少しも判っていない」


 突き放すような態度が軟化せず、佳蓮は戸惑ってしまう。俯きそうになると、レインジールは小さく息を吐いた。


「そんな顔をしないでください。すみません、私のいい方が良くありませんでしたね」


「ううん……」


「いきましょうか。遅くなってしまう」


 手を差し伸べられて、佳蓮はほっとしながら手を重ねた。

 大きな掌に包まれると、妙に胸が騒ぐ。触れ合った手を変に意識しないよう、無邪気を装わねばならなかった。

 転送盤を経由して、半刻も経たずに郊外の田園地方に到着した。

 月夜のルルーシュナ紅茶庭園は幻想的だ。

 まばゆい月明かりが、森を煌々(こうこう)と照らしている。清らかな梢。夜泣き鶯の囀り。噴水の水飛沫は月光を乱反射し、七色に輝いている。


「綺麗だねぇ」


 返事がないことを不思議に思い、隣を見ると、ドキッとするほど強い視線で見つめられていた。


「何?」


「……いえ」


 見つめていたことに、今気付いたとでもいうように、レインジールは頬杖を解いた。

 最近、気付けばレインジールの視線を感じる。

 以前からよくあることだが、近頃は視線の種類が変わったように思う。

 一途な眼差しに、敬愛以外の感情が浮いているような気がするのだ。


「……どうして、そんなに見るの?」


 思い切って訊いてみた。カップを卓に置いて、佳蓮が正面から見つめると、レインジールは小さく眼を瞠った。


「すみません。つい、見惚れてしまって」


「私が綺麗だから?」


「はい」


 茶化したつもりが真顔で肯定されて、佳蓮の方から視線を逸らした。


「ありがと……紅茶美味しい。お代わりちょうだい」


「はい」


 慣れた手つきで給仕するレインジールを、今度は佳蓮がそっと盗み見る。

 月明かりをもらい受けて、玲瓏れいろうとした美貌は銀色に染まっている。なんて美しいのだろう……


「どうぞ」


 笑みかけられ、差し出されたカップにそっと視線を落とした。


「ありがとう」


 注がれた熱い紅茶から、白い湯気が立ち昇る。

 砂糖をいれてスプーンで混ぜると、映り込んだ三日月も一緒に溶けた。

 またしても視線を感じて顔を上げると、艶めいた熱っぽい瞳に困ってしまう。動揺を誤魔化すように、見ないでよ、と噛みついた。


「すみません……」


 レインジールも、感情を持て余しているようだ。半分瞑目して、吐息を零している。


「あんまり、人をじっと見つめてはだめだよ」


「気をつけてはいるのですが、つい……世界中のどんな美しいものより、佳蓮は美しい」


「大袈裟なんだから……」


「佳蓮。祝福をください」


 微笑んだまま、佳蓮は硬直した。

 祝福とは、頬に贈るキスのことだ。誕生日には必ずしてきたことだが、今年はどうも緊張する。

 内心の動揺を気取られぬよう、ゆっくりと席を立つと、緊張したように背筋を伸ばすレインジールの傍へ寄り、顔を近付けた。


「レイン。お誕生日、おめでとう。もう十四歳だね」


「ありがとうございます」


「素晴らしい年になりますように」


 銀糸の前髪を分けて、秀でた額に唇を落とした。


「ありがとうございます。私からも、してよろしいでしょうか?」


「え?」


「貴方に、口づけても?」


「え……」


「祝福のお返しです」


 戸惑いつつ、佳蓮は頷いた。席を立ったレインジールは、佳蓮の肩にそっと手を置く。

 ちょっと待った――

 これでは、本当にキスをするみたいだ。

 反射的に眼を瞑ると、驚くほど傍で息遣いを感じた。頬に息が触れる。

 離れようとすると、強く引き寄せられた。頬を両手に包まれて、とん、と唇が触れる。瞳を閉じる間もなく、温もりは離れていった。


「……嫌でしたか?」


 唖然としている佳蓮を見て、レインジールは不安そうに尋ねた。


「いや……?」


 惚けたように首を振る佳蓮を見て、強張った顔は安堵に弛緩した。緩んだ空気に、佳蓮も肩から力を抜く。レインジールは大人びた表情を浮かべると、青い瞳で真っ直ぐ佳蓮を見つめた。


「私は、佳蓮が思うほど子供ではありません」


 瞳を逸らせない。何もいえずにいると、緊張した空気を散らすようにレインジールは微笑んだ。


「祝福をありがとうございました」


「う、うん」


 軽くなった空気に安堵しながら、佳蓮は自分の席に腰を下ろした。

 愚かしい。年下の少年に、何を動揺しているのだろう――そう考えて、二人の外見年齢はもう三つしか違わないことに気がついた。

 佳蓮の姿は、あの日から少しも変わらない。背も伸びないし、髪も伸びない。時を止めたまま……

 もう、二人の身長は殆ど変らない。手は彼の方が大きいくらいだ。抱き寄せられた腕の強さや、唇の感触を思い出して、頬が熱くなった。

 弟のように思っていた少年を、異性として意識してしまう。

 こんな調子で、彼が年下でなくなった時、どうなってしまうのだろう?

 ふと芽生えた疑問に、佳蓮は答える術を持たなかった。





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