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 九月五日。

 星教区郊外に新設された庭園喫茶に招かれた佳蓮は、同席しているシリウス皇太子を冷静に眺めていた。

 正直なところ、地味な容姿だと思う。

 切れ長の一重に平坦な顔立ち。よく見れば整っていなくもないが、レインジールと比べれば、雲泥(うんでい)(ばん)()の差がある。

 しかし、佳蓮以外の人の目には、彼は非の打ちどころの無い麗しの皇子様に映るのだ。実際、令嬢達は少しでも彼の目に留まりたくて、(けん)を競っている。

 外見はさておき、シリウス皇太子の美徳は、何事にも動じないことだろう。

 今も令嬢に囲まれ、四方から声をかけられているが、菩薩のような笑みを(たた)えている。

 ふと目が合い、佳蓮は誤魔化すように微笑した。

 シリウス皇太子は(ひとみ)(またた)かせ、ほんのりと目元を染める。はにかむ皇子に、令嬢達はうっとりと溜息を洩らした。

 ただ一人、キララだけが、不倶(ふぐ)戴天(たいてん)(かたき)を見るような眼差しを向けてくる。

 彼女はシリウス皇太子に恋をしているから、佳蓮に惹かれている姿を見るのは苦痛だろう。

 人の恋路を邪魔するつもりはないのに、美しすぎる我が身を時々(うと)ましく感じる。すごい悩みだな、と佳蓮は自分に呆れた。カップを卓に置いて、静かに席を立つ。

「少し庭園を歩いてきます。皆さま、どうぞごゆっくり」

「私もご一緒してよろしいでしょうか?」

 追い駆けるようにシリウス皇太子が立ちあがり、佳蓮は思わず眉を(ひそ)めた。

「主役が席を外してはいけませんよ。少し一人で歩きたいだけなので、お気遣いなく」

 名残惜しげな皇子に軽く会釈し、逃げるように席を離れた。

 素敵な庭園喫茶だが、やはり彼がいると気疲れしてしまう。

(そろそろ帰ろうかな……)

 ぼんやり考えながら、藤やクレマチスのからまる石柱回廊を歩いていると、

「ハスミ様」

 背中に声をかけられ、心臓が()ねた。振り向くと、優雅な足取りでシリウス皇太子が近づいてくる。

「共もつけず、お一人で歩いてはなりません」

「でも、庭園の中ですし」

 困ったように笑うと、シリウス皇太子は小さく溜息をついた。

「油断は禁物です。一般公開されている庭園ですよ。流星の女神が一人でいれば、声をかけたくなる男が後を絶たないでしょう」

「それは……ご心配ありがとうございます。では、戻りますね」

 本当は、もう少し歩きたかったが、二人きりになるのは避けたかった。

「良ければ、一緒に歩きませんか?」

「……キララ様は?」

「まだ茶会を楽しんでいますよ。私もちょうど、歩きたい気分でした」

 穏やかに微笑するシリウス皇太子。佳蓮は目を(すが)めた。

「いけませんね、婚約者を置いてくるなんて。他の令嬢も、残念に思われるのでは?」

「ハスミ様は、残念に思ってはくださらないのですか?」

 苦笑で返され、佳蓮は言葉に詰まる。適切な言葉が見つからず、戻りますね、と呟いて背を向けた。

「お待ちください」

 さり気なく手を取られ、佳蓮は渋々歩調をあわせた。

「時計塔での暮らしはいかがですか?」

 賞賛に満ちた熱っぽい眼差し。居心地の悪さを覚え、視線を足元に落とした。

「よくしていただいています」

「何かあれば、いつでもおっしゃってくださいね」

「ありがとうございます」

 望まぬ展開に佳蓮は困っていたが、シリウス皇太子も落ち着かない気分にさせられていた。

 これまで選ぶ側であり続けたシリウス皇太子にとって、女性の関心を得られないというのは初めての経験である。麗しの女神につれない態度をとられるたびに、激しく心を乱されていた。

 柔和な笑みに隠された戸惑いを、佳蓮は知らない。ただ無関心に口を閉ざしていた。

 気まずい思いで景色を眺めていると、前方にレインジールの姿を見つけた。

「レイン!」

 雲間から射す光を見た心地で、シリウス皇太子の腕に添えていた手を外し、裾を摘まむ。駆けだそうとした瞬間、腕を引かれた。

「そんな風に行ってしまわないで。せめて、お送りさせてください」

 (しん)()な眼差しに、佳蓮はドキリとした。視線を彷徨(さまよ)わせ、レインジールを見ると、物憂げな表情でこちらを見ていた。

 気がついたら、駆けだしていた。呼び()める声には、返事をしなかった。

「レイン」

 息を整えながら彼の前に立つと、食い入るように佳蓮を見つめてきた。

「来てるなら、声をかけてよ」

 拗ねたように佳蓮が言うと、レインジールは表情を(ほころ)ばせた。両手で佳蓮の頬を包み、額に口づけた。

「ちょっと、何するの」

 照れ隠しに顔を背けると、レインジールは嬉しそうに笑った。

「お迎えにあがりました」

「羨ましいですね」

 柔和な声と共に、シリウス皇太子が並んだ。

 レインジールは胸に手を当てて、忠実な臣下のように一礼する。シリウスは鷹揚(おうよう)に片手で応えながら、金色の(ひとみ)を佳蓮に向けた。

「残念ですが、時間のようです。次は、私に随伴(エスコート)をさせてくださいね」

 曖昧に微笑する佳蓮の手を取り、シリウス皇太子は視線をあわせたまま、甲に唇を落とした。素振りではなく、本当に肌に触れた。

「それでは、また」

 爽やかな笑顔でシリウスが去った後、何ともいえぬ気まずさが流れた。

「……シリウス殿下と、何をしていたのですか?」

「一緒に歩いてただけだよ。本当は一人で歩きたかったんだけど、成り行きで、仕方なく」

 手を胸の前で重ねながら、佳蓮は答えた。

「……佳蓮も、シリウス殿下に惹かれているのでは?」

「え?」

 レインジールは、失言を悔いるように視線を()らした。

 なんだか嫉妬しているみたいだ。いや……みたい、ではなく、シリウス皇太子に嫉妬している。

 今でも信じ難いが、ここでは、恐ろしいほどの美貌を持つレインジールは凡人以下の容姿で、凡人たるシリウスこそが麗しの皇子様なのだ。

「シリウス殿下のことは、嫌いじゃないけど好きでもない。それに、私はキララ様を応援してるから、二人の仲を裂くような真似は絶対にしない」

 そう佳蓮が答えると、レインジールは(にわ)かには信じ難い、といった表情を浮かべた。

「彼はアズラピス殿下と共に、アディール新星皇国の碧玉(へきぎょく)光芒(こうぼう)を放つ天子と、星雲(せいうん)()(とう)を越えて(たた)えられる、アディール新星皇国の皇太子ですよ」

 何かの宣伝文句みたいで、ぷっ、と佳蓮は笑ってしまった。

「知ってるよ。否定はしないけど、別に惹かれない」

「……佳蓮の好みは、少々変わっていますね」

「ちょっと、レインにだけは言われたくない」

「え?」

「別に。文句ある?」

 腕を組んで(にら)みつけると、レインジールは首を振った。

「いいえ。殿下の魅力が貴方に通じなくて、ほっとしています」

「私の一番は、レインだから」

 大好きの(あかし)。そんなつもりで告げたが、レインジールは黙ってしまった。

「あ、そういう意味じゃなくて」

「そういう意味?」

「えーと……」

「教えてください」

「その……弟みたいで、特別なんだよ」

「……弟?」

「うん」

 一〇歳の頃から傍で成長を見てきたから、本当の弟のように思っている。

 嘘は言っていないはずなのに、軽薄な言葉に聞こえてしまうのは、レインジールが苦しそうな顔をするからだろうか。

「……そう言っていただけて、光栄です。でも、貴方は私が想うようには、想ってくださらないのですね」

「レインー……」

 いかにも困ったという声がでた。レインジールは悲しそうに顔を(うつむ)ける。

「……私の気持ちを、知っているのでしょう?」

 言外に責められて、今度は佳蓮が(うつむ)いた。

 大分目線は近くなったが、彼はまだ一四歳だ。どんな言葉を返せと言うのだろう?

 両手首を掴まれて、肩が震える。顔をあげられずにいると、さらりと流れた銀髪が頬に触れた。

「ッ!」

 朱くなっているだろう耳朶(じだ)に、柔らかな唇が触れる。とろりと蜜を流しこむように、佳蓮、と囁かれた。

「困らせてすみません……どうしようもないほど、貴方に惹かれてしまう私を、どうか許してください」

 言葉の意味を理解すると共に、カッと躰が熱くなった。

 信じられないほど、心臓が早鐘を打っている。心は浮き立ち、酩酊(めいてい)したように頭がクラクラする。

 甘い感情に戸惑いながら、漠とした恐怖に(ひた)された。

 このまま星杯(せいはい)が満ちなかったら……年齢の差は徐々に縮まり、やがて追いつかれた時……どうなってしまうのだろう?

 ――また(・・)だ。

 未来のことを考えた瞬間、腐敗寸前の林檎のような、甘く()えた香りが(かす)かに(ただよ)った気がした。

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