表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/43

12

 この頃、佳蓮は夢中になっているものがあった。

 庭園喫茶である。

 豪華絢爛な宮廷文化にはあまり興味のない佳蓮だが、喫茶には強く惹かれた。

 庭園に(しつら)えられた硝子の温室。草花を愛でながら、銀器のポッドで淹れる茶様式の優美。数百にも及ぶ、芳醇(ほうじゅん)な香りの茶葉。宝石箱のように並ぶ茶葉の匣(ティーキャディー)

 視覚、嗅覚、味覚、そのすべてが優雅に満たされる世界に、佳蓮はすっかり魅了された。

 やがて、佳蓮の喫茶趣味は皇城を飛び越え、アディール新星皇国をも飛び越え、円環大陸全土へと広がっていく。喫茶文化は目にも(あや)な百花繚乱の花園として全盛期を迎えようとしていた。

 これまで、喫茶は応接間や客室といった屋内で(たしな)むのが一般的であったが、佳蓮はとりわけ屋外での喫茶を好んだ。

 硝子の温室や、金合歓(アカシア)の大樹の下、涼風に揺れる日傘(パラソル)の影で茶を楽しむ。

 屋外喫茶は、宮廷文化に一大旋風を巻き起こした。

 外で喫茶する習慣のなかった宮廷人にとって、佳蓮は流行の先導者だった。

 佳蓮はお茶を楽しむ環境にもこだわり、お茶を飲む為だけの茶室を設けて、好みのインテリアで整えた。

 異国から取り寄せた麻の香紗衣(こうしゃぎ)を羽織り、紅茶を飲む佳蓮の姿は、(たちま)ち人々の憧れの(まと)になった。

 そして、庭園喫茶が誕生する。

 庭園には美しい草花が植えられ、人工の池や彫像が配置された。遊歩道や生け垣を利用した、巨大な迷路も造られた。

 お茶や軽食のとれる娯楽施設の多くは、郊外の風光(ふうこう)(めい)()な田園地帯に建てられたが、数が増えるにつれ、互いに差別化を図るようになり、音楽団の生演奏を聴かせる庭園や、花火を打ちあげる庭園まで誕生した。

 資産家の後見を受けつつも、庭園喫茶の多くは一般開放された。佳蓮の享楽的で自由な思想が浸透し、家族連れも恋人も、誰もが茶を楽しめる場となった。

 社交を苦手とする佳蓮も、喫茶の招待には比較的よく応じた。

 宮廷佳人達は女神の(ちょう)を競い、より美しい庭園喫茶を我先にと建てた。

 当然、レインジールも例外ではない。

 彼は誰よりも情熱的に庭園建築に取り組み、贅を尽くした設計図を次々と広げた。

 その熱の入りように、喫茶好きの佳蓮でさえ苦笑するほどだった。

 今も――

 時計塔六二階の硝子温室で手紙に目を通していた佳蓮は、レインジールの広げた図面に目を()め、思わず笑みを漏らした。

「……また造るの?」

「はい。今度は、(にれ)の森林に造ろうと思うのですが、いかがでしょう?」

「素敵だと思うけど……レイン、忙しいでしょう?」

 躊躇(ためら)う佳蓮に、レインジールは柔らかな微笑を浮かべた。

「我が喜びです。佳蓮の為に、造りたいのです」

「うわぁ、レインが無駄遣いしてる! 貧乏になっちゃう」

 茶化す佳蓮を見て、レインジールは笑った。

「メビウス家の資産をいかほどとお思いですか? ほんの一部を解放しているに過ぎませんよ」

「うん。でも、もう充分だからね。最近、湖水の傍に素敵な庭園を造ったばかりでしょ」

 レインジールは楽しそうにしているが、佳蓮は半ば本気で心配していた。なにせ湯水のように資金を使っているのだ。

「無理はしないでほしいけど……レインの造る紅茶庭園が一番好き。特に、ルルーシュナ紅茶庭園。あそこ以上に素敵な庭園はないと思う。また連れていってね」

 月照(げっしょう)に濡れる夜の紅茶庭園を想い浮かべながら、佳蓮は陶酔(とうすい)に吐息を漏らした。

「もちろんです。気に入ってくださって、嬉しい」

 レインジールは花が(ほころ)ぶように笑った。

 後の建築史に金字塔の如く名を連ねる四大紅茶庭園の一つ、ルルーシュナ紅茶庭園は、長く一般公開されずに秘されることになる。造らせたレインジールが、佳蓮しか招き入れなかったのだ。

 女神の訪れがない日には、硬く施錠されて誰も入ることができない紅茶庭園は、まさにこの世の楽園なのだろうと人々は夢を膨らませた。

「それにしても、こんなに喫茶文化が流行るとは思わなかったなぁ」

 手にしていた招待状の束から手を離すと、佳蓮は頬杖をついた。

「マクランタ家と、シリウス殿下からも届いていますよ。マクランタ家は〝春告(はるつげ)()(いん)茶会〟、シリウス殿下は深夜に〝月夜の宴〟を催すそうです」

「へぇ……楽しそう。両方、出席で返事しておいてくれる? 他は欠席で」

「判りました」

 どことなく沈んだ声を聞いて、佳蓮は端正な顔を覗きこんだ。

「出席しない方がいい?」

「……そのような不敬は。ただ、私を介せば佳蓮の返事が良いと見抜かれているのが、少し(しゃく)ではあります」

「はは、レインの判断を仰いでいるって、バレてるんだね。私に送るより、レインに打診した方が確実だもん」

「……殿下は魅力的ですから、佳蓮もお気に()しているのではありませんか?」

「お茶会に興味があるだけだよ。殿下は関係ない」

 つまらなそうにしているレインジールの額を、佳蓮は人差し指でつついた。

「私にとって、レインほどの美男子はいないよ」

 照れたように視線を泳がせるレインジールに、佳蓮はほほえんだ。

 出会った頃より、背も伸びて、天使のように愛らしい顔は少しシャープになった。あともう少しすれば、誰もが……佳蓮がびっくりするほどの、目の醒めるような美少年になるだろう。

 会話が途切れると、レインジールは侍従を呼び、布にくるまれた箱を持ってこさせた。

「これをどうぞ」

 テーブルに置かれたそれを左右から眺めて、佳蓮は首を(かし)げた。布を(めく)り、目を(みは)った。

 宝箱のような、真鍮(しんちゅう)装飾が(ほどこ)された飴色の茶葉の匣(ティーキャディー)だ。

「わぁ、素敵!」

 骨董古雅(アンティーク)な外見はどこか日本風で、ひと目で佳蓮は気にいった。

「ありがとう、レイン! 大切にするね」

 満面の笑みを見て、レインジールは、ほっとしたような顔をした。

「喜んでいただけてよかった」

 はにかむ端正な顔が、さらりと流れた前髪に半分隠れる。

 最近、レインジールは前髪で顔を隠すようになった。もともと容姿に関しては自己肯定感が低かったけれど、最近はその傾向が、いっそう強まっているように見える。

「前髪伸びたよね。 切らないの?」

 顔を覗きこみながら、そう提案すると、レインジールは恥じ入るように視線を伏せた。

「せっかく綺麗な顔をしているのに、隠すなんて勿体ないよ」

「……そんな風におっしゃってくださるのは、佳蓮だけです」

 麗しい顔に、似つかわしくない自嘲の色が仄かに滲んだ。

 以前なら、賞賛を浴び慣れた者の見せる余裕だと思っただろう。

 今なら判る。彼は自分の姿を恥じているのだ。佳蓮を独り占めしたいと思う一方で、隣に並ぶことを恐れている。

 そんな風に自分を卑下する必要などないのに、と佳蓮は複雑なジレンマに駆られた。

「誰が何と言おうと、私にとってレインは天使なの。綺麗な青い(ひとみ)が隠れてしまって、寂しいな」

 前髪をそっとかき分けると、レインジールは陶然(とうぜん)とした表情で佳蓮を見つめた。

「佳蓮……」

「……お互い、生まれてくる世界を間違えちゃったね」

 もし、彼が地球に生まれていたら、薔薇色の人生を歩めただろう。佳蓮も最初からこの世界に生まれていれば、あんなにも辛い思いをせずに済んだのに。

「いいえ、間違えておりません。今生(こんじょう)でなければ、佳蓮にお会いすることは叶いませんでした」

 一切の躊躇(ちゅうちょ)なく言い切るレインジールの顔を見て、佳蓮は言葉に詰まった。

「貴方にめぐり逢えた奇蹟を、毎日毎晩、天に感謝しています」

「……ありがとう。私も、レインに会えて良かった」

 感極まったように(ひとみ)を潤ませる少年の頬を、佳蓮は、そっと両手で包みこんだ。

「……あれ、泣いちゃった?」

「泣いていませんっ」

 額にかかる前髪を手でよけて、そっと唇を落とすと、レインジールの目元に朱が散った。

「佳蓮……」

「後で前髪を切ってあげる。私、結構上手なんだよ」

 レインジールは顔を伏せたまま額を手で押さえると、小さく頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=171048670&s
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ