70 愚かな恋
キョウカ主任の最後の勤務日が終わり就業後にキョウカ主任に花束を渡してみんなで見送ることになった。
花束を渡すのは私だ。
私はキョウカ主任に花束を渡した。
「キョウカ主任。いろいろご指導ありがとうございました。里にお帰りになっても元気でいてくださいね」
「ありがとう。美音さん。あなたも元気で頑張ってね。それに職場の皆様、長い間お世話になりました。ありがとうございました」
キョウカ主任はみんなに頭を下げる。
みんなは拍手でキョウカ主任を見送った。
これで本当にキョウカ主任とはお別れなんだな。
私は寂しい気分のまま妖月様と帰るために所長室に向かった。
所長室に行くと妖月様は麗華さんと引継ぎ中だったので私はそれが終わるまで椅子に座って待っていた。
妖月様を待っている間に私は先ほどお別れをしたキョウカ主任のことが頭を過る。
定年退職でやめるのは仕方ないことだ。
モンスターさんたちは種族によって寿命の違いがあっても歳を取らないわけじゃないからこれからもお別れをする職員はたくさんいるだろう。
でもやっぱり明日からキョウカ主任の顔が見えなくなるのは悲しい。
私は小さく溜息をついた。
「美音、帰るぞ」
「はい。妖月様」
引継ぎを終えて私は妖月様と一緒に界魔さんの運転する車に乗った。
「どうかしたのか? 美音」
「え?」
妖月様が私に声をかけてきた。
「所長室にいた頃からあまり元気がないようだが」
あ、私がキョウカ主任のこと考えて寂しそうにしてたのが顔に出ちゃってたのかな。
いけないいけない、妖月様に心配かけちゃ。
「今日、私の係のキョウカ主任が定年退職だったんです。明日からもうキョウカ主任の顔が見れないのは寂しいなって思ってしまって」
「ふむ。そうであったか。だが別に永遠の別れというわけではなかろう。生きていればまた会える」
そうだね。妖月様の言う通りだ。
お互いに元気にしていればまたキョウカ主任とも会えるに違いない。
「そうですよね。また会えますよね」
「ああ。死んでしまった者は会えないが生きてさえいれば再び会える。問題ない」
その言葉を聞いた時にふと私は氷火様に聞いた妖月様の両親の話を思い出した。
妖月様は実のお父様に「化け物」って言われた後にモンスター世界と人間の世界が切り離されちゃったからそのお父様にはそれ以降会ってないんだよね。
だって妖月様のお父様って人間だったわけだし、とっくに寿命で亡くなっているよね。
でもお母様はヴァンパイアだって言ってたけどお母様ももう亡くなったのかな。
妖月様は「家族なんていない」って以前言ってたけど。
「あの、妖月様」
「なんだ?」
「妖月様のお母様ってもう亡くなったんですか?」
「……なぜ、そのようなことを聞くのだ?」
「実は……氷火様に妖月様のご両親の話を聞いたんです」
「……なんだと?」
妖月様の赤い瞳が冷たく光る。
それでも私は怯んではいけないと思って言葉を続けた。
「妖月様がお父様と出会ってお父様の言葉で傷ついて人間が嫌いになったことは仕方ないと思います。でもお父様とお母様が人間の世界とモンスター世界が切り離された後にどうなったかは聞いてなくて。お父様とお母様は愛し合っておられたんですよね?」
「氷火の奴、ペラペラと余計なことを……まあ、知ってしまったのなら仕方ないか」
妖月様は赤い瞳に冷気を宿したまま答える。
「私の母親はモンスター世界には戻らなかった。あのくそ親父と一緒にいたいと申してな」
「え?」
それじゃあ、妖月様は子供の時にご両親と離れ離れになっちゃったの?
「じゃあ、妖月様は一人でこのモンスター世界で暮らしていたんですか?」
「ああ。一人前になるまでは氷火が私の面倒を見てくれた」
そうか。氷火様は妖月様の親代わりでもあったのか。
「お父様はもう亡くなっているでしょうがお母様はまだ人間の世界で生きてる可能性ってあるんですか?」
「……いや、ヴァンパイアの寿命は長いとはいえおそらくもう死んでいるだろうな」
「そうなんですか……」
それなら妖月様は本当に一人なんだな。
氷火様がいたとしても千年の間、基本的に一人だった妖月様は寂しかったに違いない。
「人間の男に恋をしたところで圧倒的に人間の方が早く死ぬ。私の母は愚かな恋をしたのだ」
「いえ! それは違うと思います!」
私は思わずそう叫んでいた。




