69 心の繋がり
それから数日後、妖月様は無事に目を覚ました。
「妖月様!」
私はベッドの上の妖月様に抱きついた。
「……美音か」
「はい! 妖月様、ご気分はどうですか?」
「これくらい大丈夫だ。心配しなくてよいから私から離れよ」
「す、すみません!」
妖月様が目が覚めたのが嬉しくて思わず抱きついちゃったけど妖月様に「離れよ」と言われて私は慌てて離れる。
回復したばかりの妖月様の身体に負担をかけてはいけない。
「美音はケガはしなかったか?」
「はい! 大丈夫です! 助けてくれてありがとうございました!」
私は妖月様に頭を下げてお礼を言った。
「別にかまわぬ。職員や一般モンスターを助けるのは私の役目だ」
「いえ、それでも今回妖月様は無理なことをしたと氷火様に聞きました。もう無理はしないでくださいね」
「……氷火の奴、余計なことを。分かった、無理はせぬ」
「ホントにホントですよ?」
「……私が嘘を吐くとでも?」
妖月様の赤い瞳が冷気を帯びる。
いつもは怖いことだけどいつも通りの妖月様の反応に私は安心する。
うん、やっぱり妖月様はこうじゃなきゃね!
思わずにやけてしまう私を妖月様は気味の悪いものを見たような表情になる。
「何をにやけておるのだ。私は大丈夫だから美音は仕事に戻らぬか!」
「はい! 分かりました!」
私はそう言って妖月様の病室を出てその日もモンスターお役所で一生懸命働いた。
妖月様も退院してまた変わらぬ私の日常が始まる。
妖月様と一緒に出勤してモンスターお役所で働き休日は妖月様と外出することもある。
充実した毎日を送っていた頃、キョウカ主任が「定年退職」をする日が近づいてブオン係長とミツールさんとキョウカ主任と私でささやかな退職祝いの飲み会を開いた。
「ではキョウカ主任の定年退職を祝って乾杯したいと思います」
ブオン係長がそう言ってお酒の入ったコップを手にする。
私はジュースの入ったコップを手にした。
「乾杯!」
『乾杯!』
私たち四人は乾杯をした。
ちなみにミツールさんはブオン係長と同じお酒だけどキョウカ主任は氷水だ。
キョウカ主任はお酒より氷水の方が好きらしい。
「いやあ、キョウカ主任。長い間お疲れ様」
「ありがとうございます。ブオン係長」
「キョウカ主任がいなくなると仕事を教えてもらえなくなるから僕は困るなあ」
「何言ってるのよ。ミツール。あなたはもう美音さんの先輩でもあるんだからこれからは美音さんのお手本にならないとだめよ」
「は~い。でも美音さんもだいぶ仕事ができるようになったよね?」
ミツールさんがおつまみを食べながら私の方を見る。
「ブオン係長やキョウカ主任やミツールさんのおかげですよ。ありがとうございます」
私が三人にお礼を言うとキョウカ主任が私に言った。
「美音さんは人一倍頑張ってるもの。よく「人間」である美音さんがここまでモンスターお役所の一員として働けるようになったって感心してるのよ」
「え?」
今、キョウカ主任は私のこと「人間」って言った?
「あ、あの、私は人間じゃなくてヴァンパイアの亜種で……」
「分かってるって。表向きはその方がいいわね。でも美音さんが「人間」なのはブオン係長もミツールも知っているわよ」
「え? そうなんですか?」
私はブオン係長とミツールさんを見る。
「そりゃあ、あれだけモンスター世界の常識に疎かったら気付くよ」
ミツールさんは笑いながら私に答えた。
「ハハハ、ここには我々しかいないから別に美音さんの正体が「人間」でも気にする奴はいないさ」
ブオン係長もニコニコ笑っている。
「私が人間って分かっても皆さんは気にしないんですか?」
私は若干の驚きとともに訊いてみた。
「まあ、最初は人間にモンスターお役所の仕事ができるかって心配したところはあるけど、今は問題なくできてるじゃない。人間かモンスターかなんて特に大きな差はないわよ」
「でもキョウカ主任。人間とモンスターってダンジョンで争ってるんですよ?」
「あら、そんなの人間は人間同士だって争うしモンスターだってこの街の外では対立をしているモンスターだっているわよ。別に特別なことじゃないわよ」
キョウカ主任は何でもないかのようにそう話す。
「美音さん。大事なのはね。人間だからモンスターだからってことじゃないの。どれだけ他人を思いやることができるかってことよ」
「思いやるですか?」
「そうよ。モンスターだって心を持っているんだもの。人間だって心を持ってるでしょ? 心と心の繋がりがあれば争うこともなくなるのよ」
私はそのキョウカ主任の言葉が心に響く。
そうだ。私たち人間もモンスターさんも「心」を持っている。
お互いに思いやって「心」を繋ぐことができる存在なんだ。
「いつかまたこのモンスター世界と人間の世界が切り離されることになって美音さんが人間の世界に帰って会えなくなったとしても私は美音さんのことを忘れないわ」
「キョウカ主任……」
「だって私たちは一緒に働く『仲間』でしょ? 私はもうすぐ退職して里に帰るけど『仲間』のことは忘れないわよ」
私はなぜか涙が出てしまった。
自分が人間でもモンスターさんたちは優しく受け入れてくれるという事実に。
「あらあら、私の退職祝いで泣かないでよ、美音さん。美音さんには笑顔が似合っているんだから笑顔で私を見送ってちょうだい」
私は手で涙を拭って笑顔を浮かべた。
「はい! キョウカ主任! 今までありがとうございました」
「美音さんも頑張ってね」
キョウカ主任はそう言って笑顔で私に最後の言葉をくれた。




