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三話 魔法の練習

 この世界の魔法とは、基本的に詠唱をしなければ、発動しないらしい。

 大気中や、地面の中、体にも流れているマナと呼ばれる実体のない物質の流れを変えて魔法として発現させているのだという。

 この発現を補助するのが、詠唱という行為だ。


「ローザ様、じゃあ、魔法の発動には絶対に詠唱が必要なんだな」


「いや例外が二つだけある。一つは魔道具を使用して、間接的に魔法を使用する方法、二つ目は、詠唱という行為を杖に肩代わりさせる方法だ」


「まあ、私は杖の代わりにペンダントに肩代わりさせている」


 そういって、ローザ様は首にかかった赤いペンダントを俺に見せてくる。

 便宜上、杖といっているだけで、その形は何でもいいのか?


 魔法使いにとっての杖は魔法の威力増幅をしたり、範囲拡大したりと魔法行使の補助のほかに無詠唱魔法に必須のアイテムなのだ。

 さらにローザ様によると、無詠唱で魔法を撃ちたいなら、ただ杖を持てばいいというだけでなく、何度も同じ魔法を撃ち、その魔法のマナの流れを杖に記憶させる必要があるという。

 つまり、無詠唱で魔法を撃てるだけで、手練れの魔法使いであるということが分かる。


「ここまでが、魔法行使までの基本的な流れだ。そして、次は魔法の分類の話なのだが、これは……私にはよくわからん」


 え? わからないのか?

 俺はきょとんとする。

 しかし、よくよく聞いてみると、仕方のない理由がそこにあった。


 曰く、《大戦》以前の世界では、ほとんどすべての魔法は学術的にこの属性のこの魔法と詳しく分類されていたらしい。

 しかし、文明崩壊後、それらの厳密な区分は永久に失われ、だいたいの感覚でしか魔法を分類できなくなったのだという。


「魔法使いには、それぞれ得意な属性があるんだ。私だったら、炎属性だな。ただ、この魔法はこの属性ってのは、厳密に決まってない。自分が得意だから、たぶんこの属性だろうっていう感覚で使ってるんだ」


 さらに、同じ属性の魔法でも効果の及ぼす範囲において、等級分けされているという。

 ローザ様はこれも《大戦》後の世界では感覚だがな、と付け足す。


 魔法は及ぼす規模の小さい順に低位、中位、高位と三段階の等級があるという。


「ただこれは、杖を持たない個人が撃てる魔法に限った話だ。この上に、広域魔法という分類がある」


 さらに正確に言うと、広域魔法も準広域魔法、広域魔法、超広域魔法という三つに分けられるという。


 準広域魔法というのは、高位魔法よりも上の威力、効果範囲を持つ者の複数人でなくても杖を持った一個人が使用でき得る魔法のことを言う。

 ローザ様が使っていた≪大爆発≫も準広域魔法に分類されるという。


「準広域魔法というのはな、それが撃てるだけで魔法使いとして一目置かれるほどのものなのだよ、ソウヤ君」


 ローザ様は誇らしげだった。


 次に、超広域魔法というのは、《大戦》時に存在した伝説級の魔法のことらしい。

 魔法の威力がインフレにインフレを重ねていた《大戦》時、広域魔法とするには威力と範囲が桁違いの魔法に対して作られた分類らしい。

 つまり、《大戦》後のこの世界にとっては全く関係のない話だった。


「もっと詳しい話をすると、超広域魔法の中にも別格が存在するのだ。今日まで別格と語り継がれているのは、全部で3つ。この3つは人類の魔法の頂点なのだ」


 これも、《大戦》後の世界には、関係のない話だ。


「そして、これらの分類に入らない魔法が広域魔法として分類されている。まあ、これらの基準もあいまいと言われている」



 翌朝、ローザ様が直々に魔法を教えてくれるらしい。

 昨日みたいなことが頻繁にあったら、たまらないからな。

 今日は旅の歩みを止め、魔法の練習だ。


「とりあえず、私の得意分野、炎属性の魔法を教えることにする」


 炎属性が俺の得意分野でなくても、低位の魔法ならほとんど問題なくどんな人でも使えるようになるという。


「マナの流れを感じたことはあるか?」


 ないんじゃないか? というか、そんなもの分からない。


「お前なら肉体を再生するときに感じるんじゃないか? こう、かけた肉体に向かって何かが流れる感覚を」


 それなら、少し思い浮かぶかも。

 昨日腕がちぎれた時も、確かに心臓のあたりから腕に何か目に見えないものが流れていく感覚があった。

 あれがマナの流れだったのか。


「人差し指を目の前に立てろ。マナの流れを意識して、私の真似をして詠唱するんだ。大丈夫、人間なら誰でも使える炎属性で一番簡単なやつだ」


≪照らせ、鼻の先≫(ポンッ)


 まず、ローザ様がそう唱えると、ローザ様の人差し指の先には、まばゆい光が現れる。

 ローザ様は自分の光を見て得意げな顔をすると、ふっとその光を消す。

 次は俺の番だ。


て、てらせ、鼻の先(ポ、ポンッ)


 俺は、自分の人差し指に注目する。

 しかし、俺の人差し指の先はまったくこれっぽっちも光やしなかった。

 これって才能がないってことじゃないのか?

 隣のローザ様に失望されていそうだが、恐る恐るローザ様の顔を見る。

 すると、ローザ様は興味津々な面持ちで俺のことを見ていた。

 まるで、新種の動物をみる生物学者のように。

 俺は失望を通り越して、興味を持たれていた。


「驚いた。私もこんなのは初めてだ。もう一度、やってみてくれ。ここらはまだ地面下のマナが強いはずだから、足元の大地からマナを吸い取り、指先に流すイメージで」


照らせ、鼻の先!!(ポンッ!!)


 もう一度、試してみる。

 ただ、結果は同じだった。

 このままだと、俺ほんとにただの肉壁になってしまう。

 それは、いやだ。多少なりとも自衛の手段を持っておかないと、一方的に殴られ、俺が予定に痛い思いをするじゃないか。

 ローザ様は魔法の使えない俺に興味津々だったが、俺は一刻も早く魔法を使えるようになりたかった。




――――――――――




 結果から書くと、俺は魔法が一切使えなかった。

 炎意外にも水や木の属性の魔法を使ってみたが、そのどれもがことごとく失敗。

 ローザ様からはさらに興味を持たれ、あれや、これやとローザ様の検証に付き合わされることで俺の魔法の練習に使うはずだった数時間が解けていった。


「ふむ、ソウヤ。これらの魔道具に関しては問題なく使えているな。ということは体にマナが流れない特異体質ではないということだ。で、今度はこの、私の魔法がお前を媒介にして発動できるかの検証だ」


 多分ローザ様の目には途中から遊びが入っていた。

 これしたら、面白いだろう。の目をしていた。


 ようやく、ローザ様の興味が落ち着いたのは、夕方になってからだった。

 ほんとに今日一日俺たちは何をしていたんだ。


「私なりに考察してみたのだが、ソウヤたぶんお前は、魔法音痴だ」


 魔法音痴? 特殊な理由とかではなく?

 マナの流れを想像してはいるんだろうが、それに体がついていけていないのだという。

 魔法音痴の人間はたまにいるが、ここまでの者は珍しいらしい。


「そういかにも受け入れがたい現実を突きつけられたような顔をするな。お前の魔法音痴はただの魔法音痴じゃないぞ。たぶん先祖代々、魔法音痴の家系だ」


 さらにローザ様はいろいろな人々を見てきた私が保証すると付け加えてきた。

 何もうれしくはない。


「だから、そう落ち込むなと言っているだろう。魔法の素質が低いものたちはそれはそれで、いいところもある」


「魔法を使った攻撃が通りにくいんだ。――気持ち程度だが」


 そうなのか? というか、気持ち程度は慰めになるのか?

 慰めになってないな。

 不死身の俺がほんの少し硬くなっても、たかが知れている。


 根気強く、毎日練習するしかないといわれた。

 ついでに、ローザ様から慰めの言葉をかけられたが、あまり覚えていない。

 魔法が使えなかったことが意外と悲しかった。

 ついでに悔しい。くそ。


 それから、ローザ様による魔法の猛特訓が始まった。

 俺はローザ様に弟子入りすることになったらしい。


「私の初弟子だからな。張り切っていくぞ」


 どうやらローザ様もやる気のようだ。

 立派な魔法使いにしてやると言われた。

 別に立派な魔法使いになりたいわけではないが。

 俺は、主の言うことに従うだけだ。


 大地や空気から補充するマナは魔法の芯にならない。

 これらは魔法の威力や範囲を上げるためのものに過ぎない。

 根本的に使える魔法を増やすには、自身の体に流れるマナの量を増やし、その流れをイメージするしかない。らしい。


「とりあえず、マナの流れを感じるところからだな。私のマナをお前に流す。その流れを感じるんだ。その感じた流れを私にそのまま返してみろ」


 ローザ様の手のひらから俺の手のひらへ。

 流れを感じる。流れを感じる。感じた流れを返す。

 げふっ! ローザ様に引っぱたかれた。

 どうやら失敗していたみたいだ。

 そうじゃないと叱責される。

 どうやらローザ様は厳しいらしい。


「もう一回だ。今度こそ成功させてみろ」


 流れを感じて、そのまま返す。こういうことか?

 ばちんっ!

 もう一度、頭を引っぱたかれる。

 どうやら違ったみたいだ。

 すみません。不出来な弟子で。


「ううん、だめだな。言っておくが、これがうまくいかなかったら、今日の飯はなしだからな。絶対に抜きだ」


 ローザ様は真剣な顔つきでそういう。

 飯抜きも何も、俺は元からいらないといっているのに。

 前はいいから食べろと言ってきたのに。


「いいか、体の中のマナの流れを感じるというのは魔法の基礎の基礎なんだ。これができていない魔法使いも多いが、そういう魔法使いは一流にはなれない」


 髪の毛一本、一本に至るまでマナの流れがあるのだ。

 ローザ様に言わせれば、その微細なマナの流れを感じて初めて、魔法使いの入り口に立てるのだという。


 というわけで、猛特訓一日目、俺は夕飯抜きだった。

 ローザ様ぁぁぁ


 北方の町、クインへの旅の道中、俺の魔法の猛特訓二日目。

 進展がなかったため、割愛。

 猛特訓三日目。ようやく、マナの流れをつかんできた。

 ローザ様に言わせればまだまだだそうが。

 いちおう、褒められはした。


「よくやった。マナの流れを感じることはできたな。次はこれをコントロールすることだ」


 ローザ様から受け取ったマナを俺の体の中で一周させて、もう一度ローザ様に戻す。

 このとき、受け取ったマナよりも返すマナが多くても少なくてもいけない。

 受け取ったマナをそのまま返すのだ。

 これがまた、難しい。


「マナの流れをコントロールできるようになると、気持ちがいいぞ。自分のマナをコントロールできると、今度は自分の周りのマナもある程度感じてコントロールできるようになるんだ。そしてだな、これがあるから、魔法使いの修業は永遠なのだ。老練な魔法使いなら、半径数十メートルのマナの流れをコントロールできる。しかし、このコントロールできる半径に限界はない。つまり、どこまで行っても、魔法の修業は終わらないのだよ。さらにな……」


 ローザ様はすらすらとマナコントロールのメリットを話し始める。

 えらい饒舌だな。

 これ以上は長いから、割愛だ。


 それから俺は、順調にマナの流れをつかむようになっていった。

 一か月ほどたつと、自分の体の中ならある程度、マナの流れをコントロールできるようになっていた。

 その代わりに旅の日程は伸びに伸びていた。

 ただ、ローザ様はそれを気にする素振りはみじんも見せなかった。


「旅の日程はいいんだ。もともと、あてのない旅なんだからな」


 いつかそう言っていた。


 そういえば、何でローザ様は追っ手から逃げてるんだろう?

 なんで、追っ手に追われることになった?

 しかし、

 へたに首を突っ込みたくない。

 へたに首を突っ込んで、考え事を増やしたくない。

 ストレスフリーでいたいんだ。

 俺は何も聞かないことにした。


「マナの流れのコントロールはだいぶ様になってきたな」


 俺自身でもそう思う。

 この一か月よくやった。

 自分で自分をほめてやりたいくらいだ。もうべた褒めだ。


「まったく、お前は魔法の才能がないのか、あるのか分からん奴だな。一番簡単なあの魔法を使えなかったのはお前が初めてだが、マナのコントロールをここまで早く習得したのも、お前が初めてだ」


 ポンっ!の炎魔法はマナのコントロールを学ばなくても感覚で使えるものだったらしい。

 俺はむりだったが。


「ただ、コントロールして終わりじゃないからな。これからもビシバシ行くから、覚悟しろよ」


 ローザ様は不敵な笑みを浮かべる。

 あ。そうだった。これは魔法を使う練習だった。

 ただ、ローザ様に言わせれば、マナのコントロールがしっかりとできている時点で、そこらの自称魔法使いよりもよっぽどいいという。

 これは少し励みになった。


 というか、ローザ様って魔法のことになると、少し人格変わるんだな。

 飯もたまに抜きになるし、魔法の話になると、饒舌になる。


 それからは、低位炎属性魔法≪照らせ、鼻の先≫の練習に入った。

 しかし、俺はやはり魔法の才能がなかった。


「自身の体の中のマナコントロールはできているのだがな。それを魔法という現象として外に出せていない。まあ、これも反復練習あるのみだ」


 ローザ様評はそういうことらしい。


 ……そこから、さらに一か月ほどのポンっ!の練習が始まるのである。





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