一話 出会う主と僕
「お前、何も知らねえのな。やっぱりひでぇ田舎もんだ」
農場での仕事を終え、夕食時。
俺は奴隷仲間たち10人ほどで食卓を囲んでいた。
俺の同僚、というか奴隷仲間のダンがそう言って、周りの仲間たちと笑っている。
ここは、馬小屋の横に作られた粗末な小屋の中だ。
壁は木と粘土で作られ、よくわからない草か何かを屋根にしている。明らかに作りが粗雑だ。
「奴隷の俺たちが魔法を使えるわけないだろう。主従契約魔法でそう決められてる。奴隷の反乱抑止のためにな。これを破るには、相当手練れの魔術師がいるぞ」
奴隷仲間の一人がそう言い放つ。
せっかく異世界に来たから、少し魔法を使ってみたいなと思っただけなのに。
奴隷の俺が使えるわけがないという現実を突きつけられた。
「俺は、田舎もんなんかじゃないけどな? 俺の故郷はここの何千倍の人間が住んでたぞ」
少し不貞腐れ、ダンたちに反論を試みる。
どうだ、俺の故郷、お前らじゃ想像もつかないだろうな。
帰り方は知らないけど。
「おうおう。そんな町、《大戦》前でもありえねえよ」
ダンがそう言うと、また、どっと笑いが起きた。
ちくしょう、ほんとのことなのに。
ダンに口で勝てずにすねた俺は、飯をかっ込む。
「魔法を使いたけりゃ、まず奴隷を抜けることからだな。奴隷を抜けるのも大変だが、抜けた後も大変だぞ、お前の嫌いな『責任』が常に生まれる」
そうだよ、俺は責任が嫌いだよ。
でも、そこまでなめられると面白くない。
ちくしょう。今に見てろ。
奴隷から解放されたら、異世界らしいことをしてやる。
魔法でドラゴン退治とか。
ただ。
今の生活に不満があるわけではなかった。
体は健康そのもので、仕事もあるし、飯もある。
仲間はいるし、農場主も俺たちに優しくしてくれる。
身分は奴隷だが、どちらかというと、農場主に雇われた住み込み労働者という感じだった。
農場主から言われたことだけやっていれば、それでいい。
昇進はないが、それに伴う責任もない。
責任という言葉が一番嫌いな俺にとっては心地いい環境だった。
そんなことを考えると、外からは雨の音が聞こえてきた。
「少し、激しいな。今夜は嵐か。」
ダンたちはそういうと表を確認しに行く。
俺は面倒くさいので、ついてはいかない。
「この時期にしては珍しいな。まいったな、農場の塀の補修がまだ終わってないぞ。明日には止むだろうが」
「まあでも、作物の収穫後で助かったな。すごい雨だ。風も強くなるぞ」
ついていかなくて、正解だな。
今日はもう外には出られそうにないか。
ダンたちも小屋の中に戻ってきた。
数分で、だいぶ土砂降りになったらしい、びしょ濡れだ。
もう寝ようと横になる。
「何やってんだ、田舎もん。まだ寝るなよ。雨がひどくなる前に雨漏りに備える。濡らしたくないもんは上にあげろ」
はい、すみません。ちゃんと仕事します。
ーーーーーーーーーー
ここ数年で、ダンたちと話して様々なことを学んだ。
まず、ここは魔法の世界だった。
そして、ここは文明崩壊後の世界だった。
かつてはこの世界も産業革命を経験し、大国というものが複数個存在したらしい。
しかし、そのすべてが一度滅んでしまった。
大国たちが世界を二分し、総力を挙げて戦った《大戦》によって。
大国たちは自らが開発した“超広域魔法”により、幾人もの人を殺害し、その地形を人の住めないものに変えていった。
「わかったか、田舎もん。《大戦》前と今じゃ、天と地の差なんだと。村の長老がそう言ってた」
そして、ほかの奴隷たちも口々に《大戦》の伝説を俺に聞かせてくれた。
ある国は、相手の国をまるまる大きな湖に変えたらしい。
そして、またある国は、相手の国を半永久的に氷の中に閉じ込めたらしい。
ん? 氷?
まあ、いい。
それらがすべて、約100年前の出来事らしい。
この世界は、その《大戦》から、絶賛復興中というわけだ。
「ちなみにここら一帯は、かつての大国、 “ホルド帝国”の後継国家、 “新ホルド帝国”の領内だ」
知らない世界には、知らない歴史が眠っていた。
どうやら、知らない間に俺は新ホルド帝国にいたらしい。
というか、超広域魔法ってなんだ、それ。魔法を学んだら、俺でも使えるのか?
少し、わくわくした。
ーーーーーーーーーー
翌朝は快晴だった。
昨日の嵐が嘘みたいだ。
…なんて思えたら、どんなに良かっただろう。
昨日の嵐はきちんと爪痕を残していった。
農場にあったあばら家は吹き飛んで、無残な姿になっていたし、俺たちが補修していた塀は大方、崩れていた。
かわいそうに。
それでも、今日という日は進んでいくもので、俺たちは嵐の跡片付けから入り、塀の補修を再開していた。
「そういやさ、お前は結局どこから来たんだ?」
ダンは、俺の横で作業をしながら聞いてくる。
「分からん」
俺はできるだけ困った顔をしながらダンの質問に答える。
「分からんって、お前、無責任な」
本当にわからないから、仕方ない。
自分でどこから来たかなんてわかってたら、苦労はない。
顔だけでなく身振り手振り全身を使ってわからないアピールをする。
「はあ、今のお前を見ると、まるで本当にわかんねえみたいだな。まあ、その不死身体質も含め、話したくないなら、話さなくてもいいぜ」
ダンには、言葉も知識も教えてもらった。俺の恩人である。元から面倒見のいい性格らしく、奴隷仲間の間では、兄貴としてみんなから慕われていた。
だから、不死身体質のことも正直に話していた。
今もできるだけ本当のことを言っているつもりなのだが。
すれ違いが悲しいぜ。
「でも、多分、ここからずうっと東から来たんだと思う」
俺が捕まった町がここからずっと東に行ったところだった。
たぶん俺はそのまた東から歩いてきたのだろう。
「ははっ、多分ってなんだよ」
ダンはそう言って笑った。
やっぱり、ダンはいいやつだ。
「それに嘘はもっとうまくつけよ、ここからうんと東って言ったら、4年くらい前からずっと帝国中央政府から禁足地域に指定されてんだ」
そうか、それはまずいな。
「だな、じゃあ今の嘘はなし。次はもっといい嘘をつく」
よし、これでこの話は嘘になったな。
てか、だから俺捕まったのか。
東のその先から一人で歩いてきたんだもんな。
禁足地域から男が一人歩いてきたら、そりゃこわいか。
かといって、気絶させて縛り上げることはしないけどな。
話はひと段落し、俺たちは作業をしている自分たちの手に向けられる。
崩れた石の塀をもう一度積み直す作業だ。
ここに来てから、明らかに自分の“手”が変わった。
日本にいたころは、それはもうきれいな手だった。
ごつごつはしていないし、清潔だし、ただ、異世界に来てからはそうはいかなかった。
正直、それが誇らしくもあった。
と思っていると、遠くでダンの呼ぶ声が聞こえた。
「おーい、この板、どかすの手伝ってくれ」
農場にあったあばら家の残骸だろう、木の板が数枚、あたりに散乱していた。
人の背丈ほどの板がほとんどで、一人で運ぶには少々骨が折れる。
全部、片づけたと思っていたのだが、こんなところまで飛んでいたのか。
「とりあえず、回収は後だな。飛んだ木の板はここらでまとめとくか」
やはり、判断が早い。ダンは仕事ができる男だ。
「そうだな、この木の下あたりでいいか」
俺たちは雑草の茂っているあたりに、木の板を乱雑にまとめる。
が、しかし、
一番でかい木の板を放るように置くと、木の板から人のわめく音がした。
「よし、これで一段落な。ダン、やっぱお前、手際良いな!」
俺は、石塀の修復作業に戻ろうとする。
「おい待て、まだ、離れるな。今のは、完全に人の声だ。田舎もん。」
田舎もんは余計だ。
「いやだな、だから離れたんですよ。このままここにいたら、あたかも俺が木の板でこの人を押しつぶしたみたいになるだろっ」
すまない。ダン。とりあえずこの場から離れて、これからの諸々一切をお前のせいにしようとしただけなんだ。
「そうかぁ、じゃあ、お前はもう少し、自分の行動と発言に責任を持った方がいいな」
「はい、すみません」
「とりあえず、こいつを助ける。手を貸せ」
俺はダンと力を合わせて、木の板をどかし、声の主を救出する。
まさか昨日の嵐の中、ずっと外に一人でいたのか?
昨日の雨で、地面はぬかるんでいた。
こんな中で、木の板の下敷きになるなんて。
そこにいたのは、泥だらけになりながらも黒いローブを身にまとった可憐な少女だった。
銀色の髪に赤く燃えるようない目。
顔立ち自体はまだ幼く見えるが、その表情はどこか殺伐としたものがあった。
長い髪は、泥だらけになりながらも、艶があり、ローブの下の服は上質な素材が使われていた。
少女は口を開く。
「助けてくれたこと、か、感謝する。ここで寝ていたところ、どうやら、何かの下敷きになっていたらしい。このまま、君たちが通らなかったら、身動きも取れず、死んでいたかもしれない」
「いや、そのことな……」
俺はダンの口をふさぐ。
ダン、お前は余計なことを言うな。
「いや、だから、その……」
バチンッッ!!
ダンの言葉はまたも遮られた。
今度は俺の話によってではない。ダンの目の前に現れた水泡によってだった。
その水泡はダンの前ではじけ飛び、鋭い水の刃となって周囲に放たれる。
さすがにそれはまずいだろ。
何が起きたのかはわからなかったが、体は動いた。
俺はダンの前に立ち、水の刃を代わりに受ける。
不死身はこういう時に役に立つ。
守りたい人のことは守ることができる。
ただ、
少女の方は守れなかったな。
優先順位は大事、そう言い聞かせながら少女の方を見ると、
「新手か、追っ手はすべてまいたと思っていたが」
少女の目の前に薄い炎の被膜が張られていた。
水はどこに? って蒸発させた? その、魔法で?
すごいな。魔法。というか、すごいな。少女。
魔法を使う少女。魔法少女じゃん。
魔法少女は俺の方を見る。
「水の刃を受けているようだが、致命傷ではないようだな」
≪癒せ、木漏れ火よ≫
少女がそういうと、俺の傷がみるみる癒えていく。
完全ではないが、血が出ないほどには傷がふさがった。
俺は不死身だから、その回復魔法みたいなのはなくてもいいんだが。
それでも、すごいな魔法って。
≪炎を纏いし鳥よ、その翼とその眼は、誰がために≫
今後は、少女の目の前に火の玉が現れ、真上に打ちあがる。
空高くまで打ちあがると、火の玉ははじけ、大きな翼が現れる。
翼から火の粉が剥がれ落ち、あたりに降りかかった。
「今、索敵魔法を撃っている。追っ手はすぐに見つかる。すまない。君たちには迷惑をかけた」
そして、数秒の沈黙があたりを支配する。
「見つけた! ――が、君たち伏せて!」
そこには、白いのっぺりとした仮面をつけた男が立っていた。
いかにも動きやすい、無駄のない服を着ている。
ただ、その手には杖が握られていた。
「索敵魔法から逃れられないことがわかって正面から来たか」
「……」
そして、男の周りに水泡が現れた。
今度は1つだけでない、20個はあっただろうか。
そのまま、そのすべてがはじけ、水の刃が飛び出した。
俺がそのすべてを代わりに受けることは不可能だった。
「ぐっ、」
4つほどの刃が、ダンに突き刺さる。
死ぬほどのダメージではないが、しばらく動けないだろう。
少女は例の炎の被膜で刃を防ぎきっていた。
もちろん、残りの刃はすべて俺のところに突き刺さる。
「すまない、恩人。私のせいでこんな最期を。本当に申し訳ない」
少女は、男と交戦しながら、俺のことを悼んでくれる。
本当は恩人なんかじゃないんですけど。
あと、まだ死んでないんですけど。
確かに、致命傷だけど。
でも、都合がいいし、戦いが終わるまで死んだふりしとくか。
ただ、それを許さない男が一人いた。
「うっ、おい! 田舎もん! あの少女を殺しかけてた俺たちが恩人だってよ! 今度こそ、あの少女助けてやれ! 頼む」
ダンのやつ、話すのもつらいだろうに。――話さなかったら、わからないのに。
ほんとに義理堅い奴だな。
わかったよ。
とはいっても、俺にできることなんてたかが知れているが。
「あああ、痛ってぇなもう!」
俺は仮面の男に向かって走る。
男の杖の先から、高圧力の水が噴射される。
俺の左手が吹っ飛ぶが、気にしない。
そのまま組み付き、離さない。
「っっっ!!」
男は俺の行動に動揺を隠せない。
「えっ?」
ついでに、少女も動揺を隠せていない。
俺ごとやってくれってやつだよ。
「いいからその魔法ぶっ放せ!」
俺が叫ぶと、
≪大爆発!!≫
容赦なく、魔法が飛んできた。
何の躊躇もなかったぞ。
俺は、仮面の男とともに、粉々になった。
ーーーーーーーーーー
俺は目が覚める。最後に見たのは、自分自身の粉々になった肉片だったっけ。
どうやら、俺は小屋の中で眠っていたみたいだ。
外で、少女とダンの話し声が聞こえる。
「ということは、こいつは、私の僕として、連れて行っていいというわけだな」
「ああ、あんたを殺しかけたお詫びだ。魔法使いのあんたのところで、面倒見てやってくれ。それにこれだけの金を払ってくれりゃあ、うちの主も了承するだろ」
「私のわがままで済まない。ちょうど、爆発させても死なない従者が欲しかったのだ」
何か、俺の人生について話していないか?
小屋の外から、少女が入ってくる。
乾いた泥のついたローグに、赤いペンダント、意外と上質な服をした少女は、俺に向かって歩いてくる。
「君の主は、いまから私になった。私の名は、、ローザだ。君は?」
「ソウヤです。ヤナギ ソウヤ」
「ソウヤか、それじゃあ、ついてこい」
……俺の新しい主はこのローザという少女になった。
なんで? どうやって?
少女はそのまま振り返らず、歩き出した。
これ以上の情報は出てこないらしい。
てか、俺、もしかして、これからも爆発するのか?




