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星崎会長は有沢くんを逃がさない ―星籠学園事件簿―  作者: KoiToHimitsu


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第6話 ビスマルク将軍 その三

生徒会室の扉が開いた。


一ノ瀬美桜がファイルを胸に抱えて入ってきて、全員が集まっているのを見て足を止めた。


零華は会長の机の奥に立ち、腕を組んでいた。


黒沢は部屋のいちばん遠い隅に陣取っていた。まるで壁が、一種の聖域であるかのように。


葵はソファの上で片脚を伸ばしていた。


凱斗は会議用テーブルの前に立ち、ノートを開いていた。


そして西園寺陽葵は、会長の机の上に座っていた。


零華は彼女を見ていた。


事務的な憎悪を込めて。


「何が起きているんですか?」


美桜が尋ねた。


陽葵は白い手袋をはめた手を上げた。


「私が皆さんを呼びました」


「私の机に座って」


「一時的な指揮位置です、零華ちゃん」


「降りなさい」


「発表のあとで」


陽葵は背筋を伸ばし、たぶん鏡の前で練習したのだろう真剣な表情を作って、部屋の中央を指さした。


「事件は解決しました。ビスマルク将軍はここにいます」


一拍置いた。


それから凱斗を見た。


「ですよね、有沢くん? 私自身、まだ四十パーセントくらいしか理解していません」


「寛大だな」


零華が凱斗へ顔を向けた。


彼は彼女を見た。


正確には、彼女が着ている上着の内ポケットのあたりを。


零華は視線を落とし、その動きを拾うと、強く腕を組んだ。


「変態」


「俺が何をした?」


(庭のことか?)


美桜が、柔らかい笑みを浮かべて凱斗に近づいた。


「有沢くん、そろそろ不快なくらい傲慢に事実を明かしていただけますか?」


「ビスマルク?」


まだストレッチをしていた葵が割り込んだ。


「陽葵って猫飼ってたの?」


(まさにそれだ)


凱斗は一度咳払いをした。


「最初は誘拐の可能性を考えた」


部屋が静かになった。


彼は自分のノートを見た。


(クワガタ相手に『誘拐』って書いたのか、俺)


「だが、失踪の原因は、熱、匂い、光、そして隠れ場所の組み合わせだった」


零華は目を細めた。


「私の生徒会室を研究室に変えずに説明しなさい」


「まず、全員に上着を脱いで、テーブルの上に置いてもらう必要がある」


誰も動かなかった。


美桜が微笑んだ。


「大胆なお願いですね」


「必要だ」


「事件のために?」


「俺がデータ不足で死なないために」


零華は髪の銀色のリボンを握った。


「有沢くん」


「会長、俺が社会的自殺をしたいなら、もっと手間のかからない方法があります」


最初に上着を脱いだのは葵だった。


下には、トレーニング用の、体に沿った黒いスポーツシャツだけを着ていた。


黒沢は反射的に見た。


彼の手首のデジタル時計が鳴った。


「頻脈を検知」


葵はまばたきをした。


「暑いから」


「それは攻撃的な生理学的説明です」


黒沢はそうつぶやき、壁の方を向いた。


美桜は自然に上着を脱いだ。陽葵も脱いだ。零華が最後までためらった。


凱斗はテーブルを指さした。


「会長の上着も」


「なぜ私のものまで?」


「ビスマルク将軍は趣味がいいからだ」


部屋の空気が死んだ。


凱斗は遅れて気づいた。


「環境的な意味で」


零華は、殺人事件の証拠品を差し出すみたいにゆっくり上着を脱ぎ、テーブルの上に置いた。


凱斗は時計を見た。


「夜になりかけている。もうすぐ確認できるはずだ」


「何の確認ですか?」


美桜が尋ねた。


答えは、零華の上着から来た。


中で、何かが動いた。


黒沢は背中を壁にぶつけた。


葵が身を乗り出した。


陽葵は両手を口元に当てた。


上着の内ポケットから、黒く光る、大きな顎を持つ形が出てきた。


半秒だけ、それは空飛ぶ幽霊に見えた。


そのあと、白い絹の切れ端を脚につけたまま、テーブルの上に落ちた。


陽葵が幸福の悲鳴を上げた。


「ビスマルク将軍!」


ミヤマクワガタは二センチ進んだ。


戦場から帰還した司令官のように、堂々と。


陽葵は白い手袋の両手でそれを持ち上げた。


「生きていたのですね! 生きていて、しかも高貴です!」


「ドラマ耐性の高い虫だな」


凱斗が言った。


零華は部屋の奥で固まったままだった。


上着を見た。


それからポケットを見た。


それから虫を見た。


「それは……」


声が詰まった。


「私の……」


彼女の顔から血の気が引いた。


「私の上着」


凱斗はノートを一枚めくった。


「換気の熱がビスマルクを管理棟まで引き寄せた。だが、最後の要因は匂いだ」


「匂い?」


葵が尋ねた。


凱斗は零華を指さした。


「星崎さんの香水には果物の香りがある。おそらく桃。ビスマルク将軍の餌に使っていたジャムにかなり近い」


全員が彼を見た。


凱斗は空気が敵対的になるのを感じた。


美桜が首を傾げた。


「どうして会長の匂いを知っているんですか?」


「次へ」


「有沢くん」


「至急、次へ」


汗が彼のこめかみを伝った。


「ビスマルクは熱と匂いを追った。そのあと、強い光にさらされた。この種類のクワガタは、強い光や開けた場所を避ける。木の裂け目に似た、暗くて、狭くて、暖かい場所を探す」


凱斗は上着の内ポケットを指さした。


「会長のポケットは、理想的な隠れ場所だった」


零華は胸に手を当てた。


記憶が、三度殴るように戻ってきた。


一つ目。


昨夜、本を取りに生徒会室へ戻った時、椅子に掛けていた上着の中で何かが動いた。


彼女は、布が背もたれにこすれただけだと思った。


二つ目。


生徒会室を出た時、何かが布越しに動いた。


彼女は、スマートフォンが震えたのだと思った。


三つ目。


その朝、上着を着る時、指先の近くに小さな圧を感じた。


それを中へ押し込んだ。


零華はゆっくりと目を上げ、クワガタを見た。


「私……」


ビスマルク将軍が顎を開いた。


「私……」


葵が一歩出た。


「会長?」


「私、触ったのですね」


零華は気を失った。


床に倒れる前に、葵が受け止めた。


陽葵は幸せそうに、クワガタを胸に抱えていた。


「虫が苦手な人のポケットに真っ先に入るなんて。なんて悲劇的な運命でしょう」


凱斗は彼女を見つめた。


(どうやって親友でいられるんだ、お前たち)


陽葵は凱斗に近づき、頭を下げた。


「ありがとうございます、有沢くん。本当に」


凱斗は目を逸らした。


「低難度の案件だった」


「ドキュメンタリーを五本見ました」


「寝るためだった」


「もちろんです」


葵は零華を軽々と抱き上げた。


「私が会長を保健室に連れていく!」


「窓から行ったほうが速い!」


葵はすでに窓枠に片足をかけていた。


黒沢が青ざめた顔で手を上げた。


「保健室はこの階です」


葵は固まった。


それから廊下へ飛び出した。


黒沢は虚空を見つめていた。


数分後、零華は保健室で目を開けた。


最初に視界に入ったのは白い天井だった。


次に、ベッドのそばに座っている陽葵が見えた。膝の上に手を置き、罪悪感を抱えた天使の顔をしていた。


「大丈夫ですか、零華ちゃん?」


零華はゆっくり顔を向けた。


「陽葵」


「はい?」


「写真」


陽葵はまばたきをした。


「どうして写真のことを知っているのですか?」


「有沢くんを生徒会に入れるために使えたのに」


陽葵は晴れやかな笑顔を浮かべた。


「あ、もう遅いです。消してしまいました」


零華は動かなくなった。


「何ですって?」


「よくない脅しでしたし。それに、彼はビスマルクを助けてくれました」


「陽葵」


「はい?」


「あの写真は戦略兵器でした」


「でも、可愛い思い出でもありました」


零華は布団を顔まで引き上げた。


「陽葵」


「はい?」


「死にます」


「クワガタのせいですか?」


「あなたのせいです」


その夜、図書室はもう閉まっていた。


明かりは消えていた。


ただ、コンピューターが置かれた一つの机だけが、青白く光っていた。


誰かがキーボードを叩いていた。


画面に、写真が表示された。


星崎零華が有沢凱斗の肩で眠っている。


凱斗は赤くなっている。


画像が一度、拡大された。


それからカーソルが送信ボタンへ動いた。


画面の中央に、通知が出た。


アップロード完了。

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