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星崎会長は有沢くんを逃がさない ―星籠学園事件簿―  作者: KoiToHimitsu


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第4話 ビスマルク将軍 前編

凱斗は、生徒会室の扉の前で足を止めた。


(どうして呼び出されたんだ?)


もう十九時を過ぎていた。生徒会の正式な活動時間はとっくに終わっていて、二階の廊下は、普通の呼び出しにしては静かすぎた。


(昨日のことを、会長が話したいのかもしれない)


映像が丸ごと頭に浮かんだ。


零華が自分の肩で眠っていたこと。


零華がはっと目を覚ましたこと。


零華が耳まで赤くなって、何も言わずに逃げたこと。


凱斗は目を閉じた。


(いや。あり得ない。きっとベンチに何か忘れ物をして、それを見なかったか聞きたいだけだ。そうだ。物だ。客観的な会話だ)


手を上げた。


ドアノブは、必要以上に重く感じた。


三つ数えた。


開けた。


部屋はほとんど暗かった。


高い窓から月明かりだけが入り、会議用テーブルとソファ、奥にある濃い木の机に銀色の帯を描いていた。テレビは消えている。コーヒーマシンは隅で怪しい影みたいに見えた。


会長の椅子が、こちらに背を向けていた。


凱斗は息を飲んだ。


「星崎さん、昨日のことなんだけど――」


「有沢くん……」


声は椅子の向こうから来た。


けれど、零華の声ではなかった。


「私を手伝ってもらいます」


凱斗は動かなくなった。


椅子がゆっくり回った。


そこに座っていたのは、西園寺陽葵だった。


白い絹の手袋をはめ、その時間にしては上品すぎるジャケットを着て、サングラスをかけていた。


暗い部屋の中で。


夜に。


「西園寺さん?」


「知らないでしょう……」


彼女は声を低くした。


「追い詰められた人間が、何をするか」


不気味に笑おうとした。


音は「ふ……ふ……ふ……」みたいになった。


それから咳き込んだ。


「大丈夫か?」


「雰囲気づくりです。少し失敗しました」


凱斗は壁まで歩き、電気をつけた。


部屋は事件現場みたいではなくなった。


意味の分からないサングラスをかけた金持ちの少女が、大きな椅子に座っているだけに見えるようになった。


陽葵は、傷ついた尊厳を守るようにサングラスを外した。


「有沢くん、ビスマルク将軍を見つけてください。お願いします」


「ビスマルク……将軍」


「はい」


「ハムスター?」


陽葵は片手を胸に当てた。


「侮辱です」


「鳥?」


「違います」


「じゃあ、どうして俺が手伝う必要がある?」


陽葵は机の上に置いてあったテレビのリモコンを取った。


「本当は、これには頼りたくありませんでした」


テレビの電源が入った。


白い光が壁を照らした。


そして、一枚の写真が映し出された。


零華が凱斗の肩にもたれて眠っている。


凱斗の顔は、少し赤い。


奥の噴水は、事故みたいにロマンチックだった。


陽葵は頬を膨らませた。


「ビスマルク将軍を見つけてくれないなら、これをみんなに見せて、あなたと会長が……その、とっても可愛くて素晴らしいカップルになったって言いふらします」


凱斗は彼女を見つめた。


(脅しはどこだ?)


陽葵はリモコンを両手で握った。


「それか、もっとひどいことを!」


「例えば?」


「社会的に……壊滅的な何かです!」


「具体例は?」


彼女は黙った。


それから目を逸らした。


「調査中に考えます」


凱斗はため息をついた。


脅迫は弱かった。


けれど、その顔は、本人にとってはとても深刻な理由で今にも泣きそうだった。


それに――


(夜の事件。失踪。役に立たないサングラスの副会長)


凱斗はノートを取り出した。


「五分」


陽葵の目が輝いた。


「ありがとうございます!」


「最初の質問。種類は?」


「ミヤマクワガタです」


凱斗のペンが止まった。


「……ビスマルク将軍は、虫か?」


「Lucanus maculifemoratus。立派な紳士です」


(引き返すには遅すぎる)


二人は廊下を歩いた。


陽葵は、ほとんど跳ねるように先を歩き、凱斗はメモを取っていた。


「最後に見たのは?」


「私の部屋です」


「消えたものは?」


「将軍本人です」


「価値は?」


「計り知れません」


「円で」


「有沢くん、感情は円に換算できません」


「すべては損失に換算できる」


陽葵が一つの扉の前で止まった。


「現場に到着しました」


凱斗は目を上げた。


廊下の札が見えた。


女子寮――二階。


ペンが落ちかけた。


「西園寺さん」


「はい?」


「ここは女子寮だ」


「はい」


「禁止だ」


「少しだけ」


「少しは、クレジットで言うと何点だ?」


「たぶん五百点くらい?」


凱斗の顔が白くなった。


「五百?」


廊下の奥で、足音が響いた。


陽葵は彼の袖をつかみ、中へ引っ張った。


「早く入ってください!」


扉が閉まった。


凱斗は壁に背をつけたまま、魂を外に置いてきたみたいになった。


それから周囲を見回した。


西園寺陽葵の部屋は、子どもの頃に自然史博物館を発見して、そのまま戻ってこられなくなった姫君が飾りつけたみたいだった。


ベッドには白い天蓋がついている。カーテンはレース。上品なクッション、香水の瓶、きちんと整った机。


そして壁には、アクリルケース。


虫。


テラリウム。


手書きのラベル。


小さな枝。


細長く、あまりにも動かなすぎて凱斗が確認したくない何かがいるケース。


「西園寺さん」


「はい?」


「部屋を間違えたんじゃないか」


陽葵は温かく微笑んだ。


「いいえ。私のお部屋です」


「ああ」


凱斗はノートを開いた。


「じゃあ、始めよう」


声の最後が少し裏返った。


陽葵は、窓のそばにある空のアクリルケースを指さした。


「将軍の邸宅です」


凱斗は慎重に近づいた。


部屋は片づいている。窓は閉まっている。ケースの鍵も壊れているようには見えない。


机のそばの床に、白い手袋が落ちていた。


陽葵の手袋の片方だった。


指先がほつれていて、粘ついた金色の、甘い匂いのする跡がついている。


凱斗はしゃがんだ。


「ジャム?」


「青森産りんごジャムの限定品です。将軍はそれしか召し上がりません」


「クワガタの食生活が高級すぎる」


「彼には品があります」


凱斗は手袋を観察した。


跡は扉へ向かっていない。


ベッドまで完全に続いてもいない。


途中で、床をきれいに拭いたような帯に切られて消えていた。


「そのジャムを知っていた人は?」


「私です」


「他には?」


陽葵は考えた。


「零華ちゃん。美桜ちゃん。葵ちゃん。黒沢くんもです。もっとも、彼は一ミリグラムあたりの費用を計算して、悲しそうになっていました」


凱斗は三行書いた。


窓なし。


侵入跡なし。


特定の餌。


もう一度、手袋を見た。


「西園寺さん」


「はい?」


「誘拐犯は、かなり身近なところに手がかりを残している」


陽葵は両手を口に当てた。


「では、近しい誰かが?」


「または、西園寺さんの物に触れることができる誰かだ」


彼女の顔が青ざめた。


凱斗はノートを閉じた。


「データは集めた。続きは明日」


「もうですか?」


「俺はいま、禁止区域の女子寮にいて、虫と粘ついた手袋と、頭の上で燃えている五百クレジットに囲まれている。これが理性の限界だ」


陽葵は真剣にうなずいた。


「分かります。夜は誰でも恐怖の詩人に変えてしまいますものね」


「どこにも書くな」


その頃、星崎零華は二階の廊下を歩いていた。


机の引き出しに本を忘れていた。


生徒会室の前まで来て、足を止める。


「妙ですね」


鍵を差し込んだ。


「私は二度、鍵を回したはずです」


中に入った。


部屋は空だった。


零華は机まで行き、引き出しを開けて本を取った。閉めた時、彼女の目がテレビのリモコンを捉えた。


北を向いていた。


零華はいつも、リモコンを東へ向けて置く。


部屋の沈黙の質が変わった。


彼女はリモコンを取った。


テレビをつけた。


写真がすぐに映った。


凱斗の肩で眠る自分。


赤くなった凱斗。


庭の陽射しが、すべてを事実以上に悪く見せている。


数秒間、零華は指一本動かさなかった。


それから、画面の下にまだ開いたままのアカウントを見た。


西園寺陽葵。


零華の手がリモコンを握りしめた。


「……陽葵」

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