百腕の目覚めと大地の大釜 第二話
百腕の目覚めと大地の大釜 第二話
タルタロスの奈落に、いつもとは違う奇妙な風が吹き抜けた。それは地上で激しい嵐が起きていることを報せる、湿った激しい大気のうねりだった。岩壁に反響する不気味な風の音を聴きながら、ブリアレオスは無数の指先で自らの粗い亜麻布の衣を弄んでいた。灰褐色に汚れた布地は、激しい感情の昂ぶりによって、彼の巨大な胸板の上で大きく波打っている。
「上の世界で、何かが始まろうとしているな。この肌に触れる風が、戦いの血の匂いを運んでくる」
ブリアレオスが五十の頭を一斉に巡らせ、闇の向こうを睨みつけながら言った。
「戦い、か。我らをここに閉じ込めたウラノスが、まだ王座でふんぞり返っているのだろうか」
ギエスはそう応じながら、自身の無数の手のひらを見つめた。
彼らの心に渦巻くのは、忘れ去られた者としての深い孤独と、引き裂かれそうなほどの憤怒だった。だが同時に、まだ見ぬ外の世界への、焦がれるような憧れがその胸を焦がし続けている。五感のすべてが、この狭く冷たい監獄の壁を突き破り、遥かなる天空へと向かいたがっていた。
その時、彼らの前に、ふわりと柔らかな光の塊が舞い降りた。
光の中から現れたのは、黄金に輝く美しい果実の数々と、大地の最深部から湧き出たばかりの、琥珀色に澄んだ神酒ネクタルがなみなみと注がれた大杯だった。母ガイアからの、新たな差し入れであった。
「これは……いつもと様子が違うな。まるで、これから大仕事へ向かう戦士に捧げられる宴のようだ」
コットスがそう呟き、その百の腕を慎重に伸ばした。
差し出された黄金の果実を一口噛み締めると、瑞々しい甘みと、目が覚めるような鮮烈な酸味が口いっぱいに広がった。それは、暗黒のタルタロスには決して存在しない、太陽の光をたっぷりと浴びた大地の生命そのものの味だった。続いて、重い大杯をいくつもの手で支え合いながら、琥珀色の神酒を口に含む。
「熱い……。五臓六腑が、まるで火を飲んだように熱くなるぞ」
ブリアレオスが声を震わせた。
神酒は彼らの強靭な肉体を駆け巡り、眠っていた神としての血を激しく沸き立たせた。喉を通り抜ける瞬間の、果実の蜜のような芳醇な香りと、胸の奥から湧き上がる圧倒的な万能感が、彼らの感情を爆発させる。
「美味い、美味いぞ! これは力が、神々の力が全身に満ちていく感覚だ!」
ギエスが歓喜の声をあげ、無数の拳を打ち鳴らした。
その音は、まるで何百もの雷が同時に落ちたかのような轟音となって、タルタロスの空間に響き渡る。
「母上は、私たちに戦えと仰っているのだ。この果実と酒は、そのための命の灯火だ」
コットスは、自らの身体を包む灰褐色の衣を力強く掴み、引き絞った。
その目は、暗闇の中でも爛々と輝いている。
「兄者たちよ、聴こえるか。遠くで、誰かがこの地底の扉を叩く音がする」
ブリアレオスが、五十の耳をすべて壁へと向けながら息を呑んだ。
その表情には、もはや幽閉された囚人の陰鬱さはなかった。あるのは、ついに解き放たれる瞬い出を待つ、獰猛な神の誇りだけだった。彼らの百の手は、誰を救い、誰を打ち破るために動くのか。奈落の底で、巨神たちの真の目覚めがすぐそこに迫っていた。




