一つ目の鍛冶師たちと、ある旅人の夜
一つ目の鍛冶師たちと、ある旅人の夜
エーゲ海に浮かぶ孤島の夜は、いつも重苦しい潮の香りと、大地を引き裂くような不気味な地響きに支配されていた。
若き旅人テオは、ただ一人、打ち寄せる荒波に洗われる浜辺をさまよっていた。船が難破し、命からがら辿り着いたこの島は、神話に語られる一つ目の巨人、キュクロプスたちの住処だったのだ。冷たい夜風が、ボロボロになったリネンのキトンを激しく揺らし、濡れた布地が肌に張り付いて凍えるような寒さを伝える。遠くに見える巨大な洞窟の奥から、赤々とした炎の光が漏れ出し、それと同時に、鉄を打ち付ける凄まじい金属音が夜の闇に響き渡っていた。
テオは恐怖に体を震わせながらも、飢えと寒さで限界を迎えていた。空腹のあまり腹が鳴り、喉は焼けるように乾いている。意を決して、彼は光が漏れる大洞窟へと足を進めた。
洞窟の内部は、地獄の業火を思わせる熱気に満ちていた。外の寒さが嘘のように、じっとりと汗が噴き出してくる。
奥では、三人の巨人が巨大な金床を囲んでいた。彼らは荒々しく毛羽立った羊の生皮を腰に巻き付けただけの、原始的で筋骨隆々とした姿をしていた。その額の中央には、ぎょろりと光る大きな一つ目が据えられており、燃え盛る炉の炎を反射して怪しく輝いている。彼らが大槌を振り下ろすたびに、火花が夜空の星のように飛び散り、硫黄の鼻を突く臭いが立ち込めた。
「おい、ステロペス! もっと鞴を強く吹け! ゼウス様の雷霆の鋭さが足りんぞ!」
一番体格のいい巨人が、地鳴りのような声で叫んだ。彼の名はブロンテス。雷鳴を司るキュクロプスだ。
「わかっているさ、ブロンテス。だが、この大麦の焦げる匂いが気になって集中できん。アルゲス、お前、また肉を焼きっぱなしにしているな?」
鞴を操るステロペスが、額の一つ目を不機嫌そうに細めながら言い返した。
「気にするな、ステロペス。あれはしっかり火を通さないと、生臭くて敵わんからな」
大槌を振るうアルゲスがガハハと豪快に笑う。その視線の先には、大きな焚き火で丸焼きにされている巨大な羊の肉があった。肉から滴る脂が火に落ちて、ジューシーな、そして香ばしい匂いが洞窟内に充満している。その隣には、彼らが作ったと思われる、ヤギの乳から作った酸味のある白いチーズと、粗挽きの大麦を硬く焼き上げたパンが、大きな木皿に山盛りにされていた。
テオはその匂いに理性を失いそうになり、思わず足元の小石を蹴ってしまった。カラカラと乾いた音が、静まり返った洞窟の隅に響く。
三人の巨人の一つ目が、一斉に音のした入り口へと向けられた。
「……誰だ、そこにいるのは」
ブロンテスが低い声で威嚇するように言った。その圧倒的な威圧感に、テオは腰を抜かしてその場にへたり込んでしまった。
巨人の一人、アルゲスがのっしのっしと近づいてくる。地面が揺れる。テオは見上げるほどの巨体に影で覆われ、恐怖で心臓が破裂しそうだった。
「ほう、人間の小僧か。こんな荒れ果てた島に、何をしに来た」
「お、お願いです、神に祝福されしキュクロプスの皆様……。船が難破し、行くあてがないのです。どうか、どうか命だけは助けてください」
テオは涙を流し、冷たい地面に額を擦り付けた。恐怖で歯の根が合わず、言葉がガタガタと震える。
それを見たステロペスが、鼻で笑った。
「命を助けろだと? 俺たちを、人を喰らう未開の野蛮人だとでも思っているのか? それは海神ポセイドンの血を引く、あの粗暴なポリュペモスの一族の話だ。俺たちは天の神ウラノスと大地の女神ガイアの子。ゼウス様に武器を献上する、誇り高き鍛冶師だぞ」
「え……? あ、あなた方は、人を襲わないのですか?」
テオは顔を上げ、涙に濡れた目で巨人たちを見つめた。
「当たり前だ。そんなことより小僧、お前、顔色が酷く悪いな。唇も紫に変色しているぞ。おい、アルゲス、そこの羊の肉を少し切り分けてやれ」
ブロンテスが指示を出すと、アルゲスは大きな短剣で、こんがりと焼けた羊の肉を分厚く切り取った。そして、テオの手のひらよりも大きな大麦のパンに挟み、ヤギの乳のチーズを添えて、テオの前に差し出した。
「ほら、食え。飢え死にされては、この洞窟の寝覚めが悪い」
目の前に差し出された料理からは、湯気と共に肉汁の濃厚な香りが立ち上っていた。テオの手は震えていたが、本能に突き動かされるようにして肉を口に運んだ。
カリッと香ばしく焼かれた表面の歯ごたえのあと、溢れ出す旨味と塩気が口いっぱいに広がる。硬い大麦パンは噛めば噛むほど素朴な甘みがあり、酸味の効いた濃厚なチーズが、肉の脂っぽさを絶妙に調和させていた。
「美味しい……! こんなに美味しいものは、食べたことがありません……!」
テオは夢中で貪り食った。喉の渇きも忘れ、口の中に食べ物を詰め込む。涙がボロボロと溢れ、肉の塩気と混ざり合った。
その様子を、三人の巨人は一つ目を細めて、どこか満足そうに眺めていた。
「よく食うな。リネンの薄い服一枚でよくここまで耐えた。おい、これを羽織れ」
ステロペスが、洞窟の隅に置いてあった、ふかふかとした厚手の羊毛の毛皮をテオの肩に掛けた。
ずっしりとした心地よい重みと、閉じ込められていた温もりがテオの体を包み込む。凍えていた指先に、じわじわと血が巡っていくのが分かった。
「ありがとうございます……。本当に、ありがとうございます……」
「礼には及ばん。俺たちはただ、自分たちの仕事の邪魔をされたくないだけだ。腹が膨れたら、そこで静かに寝ているがいい。明日の朝、海が静かになったら、近くを通る商船にお前を乗せてやるよう、風の神に頼んでおいてやる」
ブロンテスはそう言うと、再び金床に向き直り、赤く焼けた鉄の塊を火箸で掴んだ。
「さあ、お前たち、作業を再開するぞ! オリンポスの神々が待っておられるのだ!」
「応よ!」
「今度こそ、最高の雷を仕上げてみせるさ!」
アルゲスとステロペスが声を合わせ、再び大槌が振り下ろされた。
激しい金属音と、飛び散る火花。しかし、先ほどまであれほど恐怖に感じていたその音は、今のテオにとっては、不思議と心地よい子守唄のように響いていた。
お腹がいっぱいになり、温かい毛皮に包まれたテオは、巨大人々の頼もしい背中を見つめながら、深い、安心した眠りへと落ちていくのだった。
翌朝、洞窟の隙間から差し込む眩しい朝日の光が、テオの瞼を優しく叩いた。
波の音は昨夜とは打って変わって穏やかで、静かな調べを奏でている。テオが身を起こすと、肩からふかふかの羊毛の毛皮が滑り落ちた。体の芯まで温まっており、昨夜の凍えるような寒さが嘘のようだ。
洞窟の奥では、すでに炉の火が小さく落とされ、心地よい残熱だけが漂っていた。金床の傍らには、三人の巨人が豪快ないびきをかいて雑魚寝している。彼らの手元には、昨夜遅くまで叩き続けられていた、眩い光を放つ一本の美しい槍のような「雷霆」が静かに横たわっていた。それは神の武器にふさわしい、神聖な輝きを放っている。
テオは彼らを起こさないよう、そっと足音を忍ばせて立ち上がった。洞窟の入り口へ向かうと、大きな木皿の上に、昨日とは違う新しい食事が用意されているのが目に入った。
みずみずしい大粒のぶどうと、黄金色に輝く蜂蜜がたっぷりと塗られた大麦の平焼きパン。そして、新鮮なヤギの乳が入った素焼きの水瓶が置かれていた。その横の地面には、不器用な大きな指で書かれたであろう、矢印の跡が外の海へと向かって伸びている。
「……最後まで、優しい人たちだ」
テオは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じながら、ありがたくパンを口に運んだ。
蜂蜜の濃厚な甘みと、少し酸味のあるぶどうの果汁が口いっぱいに広がり、乾いた喉を優しく潤していく。ヤギの乳を飲み干すと、生きる活力が全身にみなぎるのが分かった。
洞窟の外に出ると、そこには抜けるような青空と、穏やかなエメラルドグリーンの海が広がっていた。
そして驚いたことに、浜辺のすぐ近くに、一隻の大きな交易船が錨を下ろして待機しているのが見えた。船乗りたちがテオに気づき、「おい! そこにいるのは難破船の生き残りか!」と手を振っている。本当に、キュクロプスたちが風の神に頼んで、船を呼んでくれたのだ。
テオは船へと駆け出す前に、もう一度だけ大洞窟の方を振り返った。
洞窟の奥から、地響きのような低い声が風に乗って聞こえた気がした。
「おい、小僧。もう二度と海で溺れるなよ」
それが誰の声だったのかはわからない。しかしテオは、澄み渡る空に向かって、精いっぱいの声で叫んだ。
「ありがとうございました! あなたたちの優しさを、僕は一生忘れません!」
ボロボロのリネンのキトンをはためかせながら、テオは光り輝く海へと力強く一歩を踏み出した。その胸には、恐ろしい一つ目の巨人たちがくれた、確かな温もりがいつまでも残っていた。




