キュクロプスたち
キュクロプスたち
## 「鍛冶場に降る青い灰」
夕暮れの山脈は、焼けた鉄のような赤黒い色をしていた。切り立った崖の奥、火山の裂け目からは熱い蒸気が絶えず噴き出し、硫黄の匂いが鼻の奥にまとわりつく。その地下深くで、キュクロプスたちは巨大な鍛冶場を築いていた。
岩壁を削った広間には、溶けた鉄の川が流れている。炉の火は青白く揺れ、汗と煙で空気は重い。鉄を打つ音が腹の底まで響き、まるで山そのものが心臓を鳴らしているようだった。
片目の巨人ブロンテスは、大きな槌を肩に担ぎながら舌打ちした。
「おい、アルゲス。まだ飯はできねえのか」
炉の前で鎖を削っていたアルゲスが顔をしかめる。
「お前は三刻前にも食っただろうが」
「腹が減るんだよ。火のそばにいるとよ」
その時、奥の石釜から香ばしい匂いが漂ってきた。炙った山羊肉と、オリーブ油を塗った平たいパンの匂いだった。若いキュクロプスのピュライモンが、両腕いっぱいに木皿を抱えて現れる。
「できたぞ!」
ブロンテスの片目がぎらりと輝く。
「待ってました!」
巨人たちは岩の机を囲んだ。焼いた肉からは脂が滴り落ち、熱い湯気が立ち上る。塩と野草を擦り込まれた肉は香りが強く、噛むたびに肉汁が舌に広がった。パンは外が固く、中はもっちりしている。
アルゲスが黒葡萄酒を喉に流し込み、低く息を吐いた。
「……今日の鉄は機嫌が悪かったな」
「鉄に機嫌なんざあるか」
ブロンテスが笑う。
「あるさ」
アルゲスは炉を見つめた。
「火も鉄も、生き物みてえなもんだ。怒る日も黙る日もある」
炉の青い炎が揺れ、巨人たちの赤銅色の肌を照らした。彼らは皆、厚い羊毛の腰布を巻き、煤だらけの革前掛けをつけている。腕には火傷の跡が幾重にも重なり、指先は黒く煤けていた。
その時だった。
遠くから、かすかな震動が伝わった。
ゴゴ……と山の底が唸る。
ブロンテスが肉を置く。
「……なんだ?」
次の瞬間、岩壁が激しく揺れた。吊された鎖がぶつかり合い、火花が散る。石の天井から灰が降り注ぎ、葡萄酒の杯が倒れた。
「火山だ!」
ピュライモンが叫ぶ。
奥の通路から熱風が吹き込み、赤い光が脈打っていた。地鳴りは次第に強くなる。
アルゲスは立ち上がった。
「溶岩が割れ目を破ったんだ。このままじゃ鍛冶場が飲まれる!」
「畜生!」
ブロンテスは槌を掴み、走り出した。
巨人たちは灼熱の通路を駆けた。足元の岩は熱く、空気は肺を焼くようだった。硫黄臭が強まり、目に汗が染みる。
裂け目では、赤い溶岩が怒涛のように溢れていた。まるで山の血液だ。熱気で髪が焦げる。
ピュライモンが震える声を出す。
「止められるのか……?」
ブロンテスは唸った。
「止めるしかねえ!」
彼は巨大な鉄板を持ち上げ、裂け目の前へ叩き込んだ。しかし溶岩は鉄を押し曲げ、隙間から噴き出す。
「駄目だ!」
アルゲスが周囲を見回し、叫ぶ。
「冷却水路を開けろ! 地下水を流すんだ!」
巨人たちは岩の扉を押した。筋肉が軋み、肩の骨が悲鳴を上げる。やがて轟音と共に地下水が解き放たれた。
白い蒸気が爆発する。
ジュウウウッ――!
耳を裂く音。熱風。白煙。
視界が真っ白になった。
ブロンテスは思わず目を閉じる。皮膚に熱が刺さり、喉が焼けた。
「うおおおっ!」
蒸気の向こうで、溶岩の流れが鈍くなる。
アルゲスが歯を食いしばった。
「押せ! 今だ!」
巨人たちは鉄板を押し込んだ。筋肉が隆起し、血管が浮き上がる。やがて溶岩の勢いは弱まり、裂け目は黒い岩で塞がれていった。
静寂が戻る。
ただ、蒸気だけが白く漂っている。
ピュライモンはその場にへたり込んだ。
「……生きてる」
ブロンテスは大きく息を吐き、汗を拭った。
「腹が減ったな」
アルゲスが吹き出す。
「お前、そればっかりだな」
「命懸けで働いた後だぞ」
ピュライモンも笑い始めた。緊張がほどけると、急に膝が震える。
鍛冶場へ戻る頃には、炉の火は小さくなっていた。灰が静かに降り、青い炎がかすかに揺れる。
ブロンテスは冷えた肉をかじりながら言った。
「俺たち、神々の武器ばかり作ってるけどよ」
「ん?」
「たまには自分たちのために何か作ってもいいんじゃねえか」
アルゲスは眉を上げた。
「例えば?」
ブロンテスは少し考え、それから笑った。
「でかい椅子とか」
ピュライモンが腹を抱えて笑う。
「そんなもん作ってどうする!」
「飯を食う時、楽だろ」
笑い声が鍛冶場に響いた。
外では夜が深まり、火山の尾根に星が瞬いている。灰の匂いの中、巨人たちは再び炉に火を入れた。
鉄を打つ音が、静かな山々へ広がっていった。




