ギガンテス——大地を揺るがす咆哮の夜
ギガンテス——大地を揺るがす咆哮の夜
天を衝くほどの巨躯を持つ男たちが集うその広間には、獣の脂と焦げた肉の匂いが、濃密な霧のように立ち込めていた。壁の松明がパチパチと爆ぜるたび、巨大な影が石壁に怪物のように蠢く。
「おい、もっと肉を回せ! ゼウスの鼻をあかしてやる前の、景気づけの宴だぞ!」
大気を震わせるような大声で笑ったのは、ギガンテスの一人、アルキオネウスだった。彼の皮膚は岩肌のようにゴツゴツとしており、叩けば金属のような音がしそうだ。身にまとっているのは、彼自身が素手で仕留めたという巨大な大蛇の皮をなめした外套で、光の加減で鈍い銀色に怪しく輝いている。
彼らが囲む大木をくり抜いたような長机の上には、豪快な料理が山と積まれていた。丸ごと大串に刺して炙られた大猪の肉からは、黄金色の脂がじくじくと滴り落ち、床の踏み固められた土に染み込んでいく。彼らが喉を鳴らして飲み干すのは、野生の葡萄をそのまま握り潰して発酵させた、血のように赤く、酸味の強い濁り酒だ。
「待て、アルキオネウス。焦るな。神々の首をねじ切る愉しみは、明日の夜にとっておけ」
そう言って冷ややかに応じたのは、隣に座るポルピュリオンだった。彼は粗く織られた漆黒の羊毛の衣をまとい、その胸元には仕留めた猛禽類の鋭い爪がいくつも首飾りとして揺れている。彼の瞳は冷徹な夜の海のようで、その奥にはオリュンポスの神々に対する底知れぬ憎悪が、静かに、しかし激しく燃え盛っていた。
アルキオネウスは、手掴みで引きちぎった猪の肉を口に放り込み、骨ごとバリバリと噛み砕いた。口いっぱいに広がる野生の肉の旨味と、鉄のような血の味が、彼の闘争心をさらに煽り立てる。
「焦るなだと? 俺たちの母なる大地、ガイア様が流した涙の乾かぬうちに、あの傲慢な雷神どもを地上から引きずり下ろさなくてどうする!」
「お前のその血気の多さが、戦を台無しにせねば良いがな」
ポルピュリオンは、自分の前に置かれた青銅の杯を傾けた。苦みの強い酒が喉を焼く感覚を味わいながら、彼は遠い天空を見上げるように目を細める。
広間の外からは、夜の冷たい風が吹き込んできていた。その風は、湿った土の匂いと、迫り来る嵐の予感を運んでくる。ギガンテスたちの肌は、その風を感じて微かに震えた。それは恐怖ではなく、これから始まる破壊への歓喜に満ちた武者震いだ。彼らの体は大地そのものから生まれており、足の裏から伝わってくる大地の鼓動が、彼らに無限の力を与えていた。
「おい、ポルピュリオン、お前はあの新参の半神、ヘラクレスのことをどう思う?」
アルキオネウスが、脂ぎった手で髭を拭いながら、不機嫌そうに尋ねた。
「ただの人間崩れだ。神の血が混ざっているとはいえ、死の運命からは逃れられぬ。我が怪力の一撃で、肉塊に変えてくれるわ」
「ふん、そうだといいがな。ガイア様の神託では、あの男が神々の勝機を握っているという。ただの人間だと侮れば、足元をすくわれるぞ」
ポルピュリオンの言葉に、アルキオネウスは鼻を鳴らした。しかし、その胸の奥には、わずかながら、冷たい針で刺されたような不安が芽生えていた。五感が異常に発達している彼らには、運命の歯車が軋みながら回り始める不穏な音が、風の鳴る音に混じって聞こえるような気がしたのだ。
「そんなに心配なら、今夜のうちに奴の寝首を掻きに行ってやろうか?」
背後から、低く地を這うような声が響いた。振り返ると、蛇の髪を持つ別の巨人が、暗闇から這い出てくるところだった。彼のまとう粗末な麻の衣は、戦いの汚れと返り血で黒ずんでいる。
「いや、それはならん。正々堂々とオリュンポスの麓で戦い、ガイア様の正義を証明するのだ。こそこそと動くのは、あの天上の詐欺師どものやり方だ」
ポルピュリオンは一喝した。彼の声には、絶対的な指導者としての威厳があり、広間の空気が一瞬で張り詰めた。
再び静寂が戻り、ただ肉の焼ける音と、巨肉を咀嚼する音だけが響く。アルキオネウスは、手元に残った濁り酒を一気に煽り、杯を床に叩きつけた。木製の杯は粉々に砕け散り、残った酒が赤黒いシミを作った。
「よし、ならば明日は、あの生意気な太陽馬車を引きずり下ろし、この世界を俺たちの闇で満たしてやろう。神々の悲鳴を聞きながら食う肉は、きっとこれよりも美味いはずだ!」
アルキオネウスのその言葉に、周りの巨人たちから一斉に地鳴りのような歓声が上がった。
彼らの感情は、すでに勝利の予感に酔いしれていた。怒りと、憎しみと、そして自分たちの力への絶対的な過信。それらが混ざり合い、広間の中に爆発しそうなほどの熱気を生み出していく。外の空気がどれほど冷え込もうとも、彼らの肉体から発せられる熱が、石の壁をじっとりと濡らすほどだった。
ポルピュリオンは一人、立ち上がって広間の出口へと歩いた。
「どこへ行く、ポルピュリオン」
「大地の声を聴きに行く。明日の戦場となる土が、我らに何を語るのかをな」
彼はそう言い残し、夜の闇へと消えていった。
外は、満天の星が冷ややかに輝いていた。しかし、その星々の光すら、明日の夜には血の色に染まるだろう。ポルピュリオンは、自分のまとう黒い羊毛の衣を風に靡かせながら、深く息を吸い込んだ。冷たい大気が肺を満たし、頭が冴え渡る。彼の足元では、確かに、母なる大地ガイアが、神々への復讐を求めて激しく脈打っていた。
「ゼウスよ、お前たちの栄華も、明日で終わりだ」
闇に向かって呟いた彼の声は、夜風に溶け、静かに世界へと広がっていった。




