8 認めよう
今も昔も、権力を笠に着た悪党というものは、確実に存在するのです。
では、どうぞ。
「女、おい、女」
遠くから声がして、
何だ?
何を言っているんだ?
と耳を澄ませたら、頬をぶたれた痛みが走った。
「お、目が覚めたか」
私はカウンターの上に寝かされていた。
店の中は好き放題暴れられたせいで、壊滅状態だった。状況が分からなかった。
「おい、女と言っているであろう」
もう一度頬をぶたれた。
「痛い」
「うむ。意識はあるか。私はこの町に駐留する騎士団の長、支部長だ。モンスターは私たちが追い払った。安心したまえ。店を壊されたのは災難だったが、人に被害が出なかったのは何よりだ。モンスターのしたことだ。恨むならモンスターを恨みたまえ。領主様がいらっしゃったなら、労いの言葉もかけていただけたであろうが、今はいらっしゃらない。まあ、命があっただけ儲けものと思って、店を再建するがよい。何か質問はあるか?」
「いいえ。ありがとうございました」
三十おじさんが答えた。
「うむ。では、帰らせてもらう。他にも被害が出ないようにするのが、我々の務めだからな」
私はずっと目を見ていた。
支部長と、その後ろに並び立つ五人の騎士団員の目を。
そして声を聴いていた。
つらつらと話す騎士団支部長の声を。
(嘘つき!)
点と点が線になって、すべて分かった。
モンスターをけしかけたのはあいつらだ。
さっきのことを恨みに思ってのことだ。
モンスターを虐待したのもあいつらで、モンスターを操ってこのお店をこんなにしたのもあいつら。
この町の実権を握るため、牛耳るために。
(なんてひどい)
腹が立った。
腹が立ちすぎて、泣きそうになった。
私がよっぽどひどい顔をしていたのだろう、
「蓄えがあるから何とかなるさ。さっきの金貨もあるしね」
と三十おじさんが笑ってくれた。
金髪お姉さんは私の頬に手を触れてくれた。
慰めてくれるのだろうと思ったら、頬が温かくなり、痛みが引いた。
え?
と声が出た。
「魔法よ。私は僧侶。クレリックなの。傷を治すのなんて、朝飯前。フフ」
え!
と声が出た。
「あれ、知らないのかい? 大陸にも、魔法はあるでしょう?」
「いや、お姉さんが魔法を使えるとは思ってもいなかったので……」
驚いた三十おじさんに、私は誤魔化すために嘘らしき言い訳をした。
私がこの世界の人間ではないと知られるのは、いけない気がするから。
「フィナは僧侶で、私はシーフ。盗賊なんだけど、何も盗んだりはしないよ。正義の盗賊さ。でも盗賊って言ったら聞こえが悪いから、シーフって、そう名乗ってる」
僧侶、シーフ、ドワーフ、鍛冶師、武器、王都、領主、王国騎士団、モンスター、冒険者、魔法……。
私は知識を総動員して考えた。
そして結論を出した。
ここはファンタジーな世界だ。
(いやいや、ありえないよ)
自分で出した結論を、自分で否定した。
でも、完全には否定しきれなかった。
いや、これだけの現実が目の前にそろっているのだから、ありえないと言いながら、筋の通った考えだと、否定した自分を否定した。
(認めよう。ここはファンタジーな世界だ。こんなことならもっとゲームやったりラノベ読んだりしとけばよかった)
私がそう思ったのは、立て続けにいろんなことが起こったせいだ。
ドアを壊されたせいで風がダイレクトに入ってきた。
日本は四月で、夜はまだ冷え込むけど、この世界でも寒いのは同じで、でも周到なことにドアのスペアがあると、三十おじさんが新しいドアを取り付けた。
もちろん、私と金髪お姉さんは手伝った。
そこで私は、初めて店の外に出た。
道に等間隔に灯りがあった。
夜だからかもしれないけど、人気はなくて、どこか寒々しくて、寂れているんですか?
と口を滑らせた私のあの発言は、悲しいかな、やっぱり当たってしまっていたのだ。
「さあ、終わったよ。寒いから中に入ろう、ミ・ユ・キ」
とても笑える心境じゃなかったのだけど、私の前で暗い顔をしない三十おじさんに、精一杯の笑顔で答えた。
スマートフォンをいじってみたのは、晩ご飯を御馳走になり、部屋をあてがってもらって、眠るまでの間だ。
うんともすんとも言わなかった。
異世界なのだから、当然、圏外なのだろう(つまり私はこの時点で『ここは異世界だ』と認めたのだ)。
ベッドに入っても眠れそうにないとは思ったのだけど、ベッドに入り
(こないだは一泊しても帰ったらものの数秒後だったんだから、今回だって、大丈夫、だよね……そうだよね)
と考えているうちに、眠りに落ちた。
自分が眠っていたのだと気付いたのは、朝になって金髪お姉さんに起こされたからだ。
「さあ、ミ・ユ・キ、起きて。朝も早くに悪いけど、私たちは王都にいかないとけないから。ミ・ユ・キも巻き添えよ」
「頑丈……、グマ爺さんは起きたんですか?」
と私はあくびをしながら訊いた。
「ううん。だからやっぱり私たちが連れて行くことになったの。ミ・ユ・キはどうする? 何かやることとか、そもそもこの町に来た目的も、聞いてはいなかったわね。あれ、私たち、名乗ったっけ?」
「いえ、でも会話の中で聞きました。ラギュールさんとフィナさん」
「何か用があって大陸から来たんでしょう? あなたはあなたでやりたいことをやって、私たちは王都へ、ということにしましょうか?」
眠気が吹っ飛んだ。
異世界(一度認めてしまったら案外簡単に受け入れられるものだ)に一人ぼっちなんて、絶対に避けなければならないことの一つだ。
でも本当のことを言うわけにもいかない。
大陸から来たという向こうの勘違いを、真実として押し通さなければいけない。
いけないのだけど、うまい考えが浮かばない。
「あの、私思ったんですけど、グマ爺さんは私の歌で眠ったんだから、私の歌で起こすことって、できませんか?」
金髪お姉さんは胸の前でパンと手を合わせた。
「そうか。言われてみればその通りね。何で思いつかなかったのかな。一度試させてもらってもいいかしら?」
私は宝物兼相棒を抱えて、頑丈おじさんが寝ている部屋に向かった。
金髪お姉さんは三十おじさんを呼んでから来た。
三人がそろった時には、チューニングを終えていた。
「じゃあ」
と私は歌った。
四分八秒。
「いっただっきまあす」
と頑丈おじさんは目を覚ました。
マグマはどんな夢を見ていたのでしょうね(笑)
でも、これは後から明らかになる話の例外です。
では、また。




