7 スカッとしたけど
だんだんと、美優姫が運命の渦に飲み込まれていきます。だんだんと。
では、どうぞ。
三十おじさんが、先週に私が眠らせてもらった寝室に頑丈おじさんを運んでいる間、金髪お姉さんと話をした。
こないだは急に消えたから、魔女かフェアリーか、なんて話したのよ、とか。
そうだよね、とは思ったのだけど、どこまで話していいものか皆目見当がつかなかったので、魔法にかけられたみたいで、私にもよく分からないんですよ、とお茶を濁した。
でも、そう言って考えてみて、はたと気付いた。
あのおじいさんは魔法使いみたいだった、と。
気付きながら、これも秘密にしたほうがいいんだろうなと私は思い、金髪お姉さんと当たり障りのない話をした。
そのうちに三十おじさんがやってきた。
「大丈夫。ぐっすり寝てる。ドワーフは頑丈だから」
「それ、不味いんじゃない?」
「どうして?」
「鍛冶師大会は三日後よ。ここから王都まで、馬車を飛ばしても二日はかかるわ。でも、参加者は三日後の朝に行われる開会式に参加しなきゃいけないじゃない。一週間も起き続けて働き続けた人が、五時間や六時間で目覚めるかしら?」
「たしかに。今、起こしてさあ、馬車に乗せてから眠らせたほうがいいよな」
三十おじさんは青ざめた。
金髪お姉さんは眉根を寄せた。
私は思った。
私のせいってことにはならないよね?
すぐに三人で寝室に行き、怒鳴ったり揺すったり叩いたりしたのだけど、頑丈なのが災いして、頑丈おじさんは起きなかったどころか
「むにゃむにゃ」
なんて可愛らしい寝言を言った。
三十おじさんと金髪お姉さんが話し合い、とりあえず明日の朝まで様子を見ることになった。
場所を移動してお店に戻って、でも話し合いは続いた。
「起きますか?」
「起きなかったらその時は無理矢理にでも馬車に乗せて、王都に向かうしかない」
「頑丈お……頑丈なグマ爺さん一人で、ですか?」
「いや、その時は私がついていこう。店も町もこの状態だし、せっかくのグマ爺の傑作を無駄になんてできないからね」
「私もついていくわ。あなた一人じゃ、まさかグマ爺を背負って受付したり武器を運んだりなんて、無理だもの」
私に向き直って
「私、こう見えても力持ちなのよ」
と得意げだ。
「私は一旦出直して、明日の朝に、また来ます」
そう、またドアをくぐれば帰れる、とそう決めこんでいたのだ。
でも。
入ってきたドアの向こうも、前回は元の世界につながった寝室のドアも、この世界であって、私の部屋ではなかった。
「うっそおん」
人間、感情の行き着く先、最終段階は笑いだと聞いたことがあるのだけど、それに近い状態になってしまった。
帰れない。
ムキになっていろんなドアを開け、閉め、閉じた目を開けても、結果は一緒。
金髪お姉さんが差し出してくれた水を飲むと、その水が涙となって流れた。
(もしかして、私、何か不味った?)
分からない。
お手上げだ。
そして、不幸は往々にして重なる。
「ラギュール、飯を食いに来てやったぞ」
ドアを壊さんとする勢いで蹴り上げた五人の男。
「誰、ですか?」
「この町に駐留している王国騎士団の、ダニさ」
小声だったけど力のこもった言葉で、いくつかの情報を得られた。
三十おじさんがこの人たちを快く思っていないこと。
ダニ呼ばわりされるような下種であること。
現領主である大臣の子どもの忠実な駒であるのだろうこと。
ニヤニヤと笑みを浮かべて、五人の王国騎士団員はどっかりと腰を下ろした。
その態度が、奴らが王国騎士団とは名ばかりの輩であることを雄弁に物語っていた。
「五人で金貨一枚の価値がある飯を出してくれ」
「すみません。そんな高価な食事を提供させていただくことは、私どもにはできないのです」
「しけた店だな。じゃあ、金貨一枚分のサービスを提供しろ。フィナだ。分かるだろう、ハハハハハ」
ゲラゲラと嗤う、そのあまりの下種っぷりに、私はキレた。
「王国騎士団様。私は吟遊詩人のコトリ・ミユキと申します。フィナさんを提供することはできませんが、代わりに私の歌などは、いかがでしょう?」
「ふん、お前は歌が歌えるのか。なら、聞かせてみろ」
乗ってくれてありがとう。
それを表情に出さないようにした。
アコースティック・ギターを初めて見た下種たちは、興味を持ち身を乗り出す。
私は歌った。
非常識な世の中を呪い罰するロックン・ロールを。
三分四十五秒。
効果よ、在ってくれ。
五人の顔から、嫌味な嗤いが消えた。
歌がそうさせたのだという仮説が、それでまた一つ力を強めたのだ。
「金貨一枚分の料理を提供するのは無理ですが、こちらは、いかがでしょう」
「あ、ああ」
大人しく、を通り越して従順に、出された料理を米粒一つ残さずに食べて、王国騎士団員は帰っていった。
金貨一枚をしっかりと対価として払って。
ドアが閉められてからたっぷりと十数えたくらいの間をとってから、金髪お姉さんは私に抱き付いた。
「ありがとう、ミ・ユ・キ。あいつらの鼻を折ってくれて」
「あいつらはこの町人にしたら、鼻つまみものだったんだ。私たちにとっても、だ。スカッとしたよ。いい気味だ」
私の、そこまで言うにはいろいろとあったんでしょうね、という相槌に、三十おじさんが教えてくれた。
領主と王国騎士団の傍若無人振りを。
それは一つや二つじゃなかった。
二年間、七百三十日、積もり重ねられた非常識はひどく腹立たしいものだった。
それを三十おじさんは溜まった鬱憤とともに吐き出したのだ。
(でも、そんな根性のねじ曲がった領主と騎士なら、仕返しに来るんじゃ……)
モンスターの子どもをさらって虐待したのも、これまでの話から、黒幕は誰か、あからさまに分かる。
目撃者の証言もあるのだし。
部外者の私でさえも確信を持てるだけの材料がそろっているのだ。
だからみんな、この町の人たちも分かっていて、ただ黙って指をくわえていたわけじゃないのだろう。
反抗して、でもどうしようもなくて、それがこの結果なのだ、間違いなく。
この家(だけでなく、おそらくこの世界のだろうけど)の時計も一から十二までぐるっと回る、私の世界と同じ時計だった。
つまりはこの世界でも一日は二十四時間ということになるのだけど、時計の長針が六から八に、短針が十になったところで、またドアを蹴った者がいた。
今度は本当に蹴破った。
そのただならぬ物音に、私は息を呑んだ。
簡単に言えばビビったのだ。
物音に続いてなだれ込んできたのが、十体ほどのモンスターだったから。
三十おじさんがカウンターから飛び出て、私とモンスターの間に立った。
金髪お姉さんが、こっち、と安全な方へと私の腕を引いた。
でも、安全な場所なんて、なかった。
十体のモンスターのうちの五体が、三十おじさんと戦い、二体がカウンターを飛び越えて真直ぐに私と金髪お姉さんの両脇に立ち、残りの三体が店を滅茶苦茶に破壊した。
自分の身にこれから降りかかろうとする『死』は、私の意識を刈り取った。
モンスターだけでなく王国騎士団も悪役として書いていますが、
あくまで一部であると書き加えておきます。
……書かなくても伝わってますか?
では、また。




