29 私が私であるために
遅くなってすみません。
では、どうぞ。
風が吹いている。
私の髪が揺れる。
集められた千のモンスターたちのざわめきが聞こえる。
嗤っているようだ。
九時から陣を張っている。
魔王が言っていた百を超えるモンスターが飛来してきた時には、鐘を鳴らす手筈になっている。
一時間ばかり経つけど、まだ鳴らない。
雲が太陽を遮って少し暗くなり、その雲が通り過ぎるとまた明るくなる。
魔王が私たちに何か言う時の空が真っ黒になるあれが、魔王が気に入っている演出だとしたら、と考えて、私は可笑しくなる。
でも、この状況では噛み殺す。
最後方から見た限りでは、そんなに緊張感は伝わってこない。
私と同じで戦い、戦争は初めての騎士さん魔術師さんだっているだろうに。
それとも、本当に誰も緊張なんてしていないのだろうか?
みんなモンスターと戦い慣れている、とか。
瞬間、千のモンスターたちのざわめきが消えて。
鐘が打ち鳴らされる。
まず鳴らされた鐘を見て、それから金を鳴らした騎士の指差す方向を見る。
空気が、変わる。
千のモンスターが道を開けて、そこを魔王直属のモンスターがやってくる。
翼を持つモンスターは飛んで、持たないモンスターは……、あれもモンスターなのだろうか、それとも魔界のみに生息する動物なのだろうか、判断に困るけど、私の常識では馬に近い生き物に騎乗している。
ぐんぐんと近づいてくる。
とても静かで、だから不気味だ。
こちらとの距離が百メートルを切ったあたりから、速歩が常歩になる。
騎士さんたちの剣を持つ手に力が入る。
私は喉の渇きを覚え、一口、水を飲む。
百メートルが七十メートル、七十メートルが四十メートルに縮まる。
そこでモンスターたちの足が止まる。
その中央から、額から二本の角を生やした、二メートル以上はありそうな、がっしりと戦士風の体格の、重そうな鎧を纏った、黒に近い赤い皮膚のモンスターが、悠然と歩いてくる。
口元には笑みすら浮かんでいる。
「人間どもよ。これから死にゆくお前らに、せめてもの手向けとして、我の名を教えてやろう。我の名はガルマオン。剛力のガルマオン。我に殺されたと地獄で誇るがよい」
そう人間の言葉で喋った。
位の高いモンスターである証だ。
つまり、強い。
聞き取れはしなかったのだけど、隣でキャンメルさんが何かつぶやいた。
反射的に目をやると、そんな私にまったく気付かずに、ガルマオンを注視している。
私に何か告げようとしたわけではなさそうだったので、訊くのを止めて視線を戻す。
こちらからは、王様が返す。
「この戦は魔王軍による侵略戦争である。戦いは我々の望むところではないが、魔王軍が我々人間を奴隷にせんというのなら、我々も剣を取ろう。だが、断られると知ったうえでこの言葉を言わせてもらう。引いてはくれぬか?」
「笑止。臆したか、人間よ」
「お主の命を奪うのも忍びないという人間の優しさだ、モンスターよ」
「我を挑発するか。その挑発にのってやろう」
「その前に一つ。魔王は百を超えるモンスターを送ると言っていたが、実際は何体のモンスターで来たのだ?」
「百と六だが、それがどうした?」
「こちらの兵も百と六で揃えよう。数の力で勝ったと言われては、恥だからな」
「その意気やよし。特別に待ってやろう」
そして私たちは、騎士六十五人、冒険者二十六人、魔術師十五人に編成し直した。
魔術師十五人の中に、私も含まれている。
「よし。人間よ、開戦だ」
ガルマオンが持っている、大きなガルマオンと遜色のない大きさの片刃の斧を掲げて振り下ろすのを合図に、モンスターたちが叫びながら襲ってくる。
私たちも迎え撃つ。
「ミ・ユ・キさん」
キャンメルさんの目を見て、何を言わんとしているのか理解する。
私は宝物兼相棒のアコースティック・ギターをかき鳴らす。
そして歌うのは『まっさらな夢』だ。
駆ける足が大地を震わせる。
叫ぶ声が空気を切り裂く。
私は、声が出なかった。
いや、出るには出たけど、本調子ではなかったのだ。
「ミ・ユ・キさん……」
キャンメルさんが拡声の魔法を止める。
アンダレスさんが近寄ってくる。
アンダレスさんの決断は速かった。
「私が歌います。ミ・ユ・キさんは、声が戻るまで発声練習を」
王様を一瞥すると、頷いて返された。
次にはアンダレスさんが歌っていた。
私は、期待外れの役立たずだ。
でも、だからと言って指をくわえて見ているだけなんて、嫌だ。
私の本当の声が戻るまで、私は発声練習をする。
心臓がバクバクと煩い。
足はガクガクと震えて止まらない。
何だか泣きそうだ。
王様を守る騎士さんと魔術師さん以外は、モンスターと戦っている。
向こうもまだボスである……何だっけ?
ガル……ガオン、……タオン、……ガルマオンか。は、まだ後ろに控えている。
三十メートルか四十メートルか、そのくらいの先では、人間とモンスターが戦っている。
ハンマーのようなもので殴られて倒れる騎士さん。
剣で斬られて倒れるモンスター。
でも、人間のほうが劣勢に見える。
風の防御膜の魔法で援護したほうがいいんじゃないかと思いついて、キャンメルさんに訊いてみた。
けど、目だけこっちを見て、首を横に振られた。
なぜか?
それは、私が歌うたいだからだ。
みんな、必死に戦っている。
命を懸けて、だ。
それなのに私はビビってる。
情けない。
ふいに、私の耳に聞き覚えのある声が聞こえた。
頑丈おじさんが紫熊の咆哮を使ったのだ。
私を奮い立たせる。
みんな、怖い。
でも頑張ってる。
だから嬢ちゃんも嬢ちゃんなりに頑張りな。
そう言われた気がした。
まだ心臓が煩い。
足の震えも止まらない。
でも、私だって冒険者なんだ!
(頑張れ、私。頑張れ、私。頑張れ、私)
いつだって、自分の一番の味方は、自分自身だ。
突発的に、私は腹の底から叫んだ。
お相撲さんのように自分のほっぺをペシペシと叩いた。
一度深呼吸をして、発声練習をした。
いける、ような気がする。
顔を上げると、キャンメルさんとアンダレスさんとに目が合った。
私は頷いた。
あらためて、私は構えた。
私は歌う。
『まっさらな夢』を。
私が私であるために。
美優姫は、頑張っています。
頑張るって、難しい。でも。でも、なのです。
では、また。




