28 戦い前夜
これがかの「歴史は夜、つくられる」というやつですね。
……違いますか?
では、どうぞ。
「では、そうしよう。キャンメルはミ・ユ・キと組んで兵士たちに歌を聴かせてやってくれ。アンダレスは戦場で変化する様々な事態に対応すべく、またミ・ユ・キの補助をすべく立ち回ってくれ。それでよいのだな?」
「は。それを恥とは思いません。私の望むところです」
王はアンダレスさんを配慮して、アンダレスさんは喜んで受け入れた。
「王よ、重ねて聞いてください。これは定かではないのですが、ミュ……ミ・ユ・キさんは、神の慈愛と同じ効果のある歌も、歌えるかもしれないのです」
「何と!」
真っ先に驚いたのは物知り博士だ。
立ち上がった拍子に椅子が倒れた。
婦人会会長は、衝撃を受けましたというように口をあんぐりとさせていた。
頑丈おじさんは何も言わなかった。
マーセッツさんはやっぱり信じられないという顔で、王様は愉快そうにしていた。
いかにも大臣の顔は、みんなの顔を見ているうちに表情が変わってしまい、見られなかった。
まあ、王様は事前に一度、やんわりと聞いていたのだけど。
倒れた椅子を直しながら、
「信じられぬがアンダレスがそんな嘘や間違いをするはずはない。つまりは、真実、と、そういうわけか」
物知り博士はそう納得する。
ビニッシュ王国一の吟遊詩人が言うのだからと、信頼されているのだ。
「そうだ。確認のために訊くが、ミ・ユ・キは戦ははじめてじゃな?」
「はい」
「うむ。ならばミ・ユ・キも軍議に参加して、戦のあらましを聞いておいたほうがよいと思うのだが、どうであろう?」
「賛成いたします」
と言ったいかにも大臣に続いて、みんな、マーセッツさんも含めてみんな、王様に賛成した。
なので流れで、私と、アンダレスさんとキャンメルさんも、軍議なるものに参加が決まった。
と言っても、私が明日戦場でするのは、軍の最後方で歌を歌う、それだけ。
明日襲ってくるモンスターを作戦通りに撃退できたら何の問題もない。
けれど、もしもここがこうなったら、こんなふうな事態になったら、敵に敵わずに万が一こうなってしまったら……と、むしろ悪いシナリオの対処策に対して、入念に意見をぶつけあった。
軍議なんてもちろん初めてだし、知識もドラマや映画でも見た記憶もないから分からない。
でも、バッド・エンドを避ける方法を話し合う大人たちを見ている私は、安心する。
きっと大丈夫だと。
軍議が煮詰まって、それでは明日、とお開きになった。
偉い順から退室していって、当然、私は最後だ。
アンダレスさんは結局歌を一つも教えられなかったと頭を下げたのだけど、目まぐるしい事態の前だ。
私は、あ、そう言えばそうだったって感じだ。
キャンメルさんは、全力でサポートしますから、落ち着いて戦いましょう、と笑顔を残した。
戦争、と言っていいのかどうかは分からないけど、これまで私が経験した戦いとは、まず規模が違う。
さっきまで何とも思っていなかったけど、いざ、明日、と現実味が増してくると、少しずつ心臓がクレッシェンドだ。
また、人やモンスターが、死ぬのかな?
正直に端的に言うと、怖い。
グルグロスとの一件があっても、だ。
まだ全然慣れていないし、これから先もきっと慣れないだろう。
殺し殺されには。
何回か、魔王の呪縛によって凶暴になった、白目が真っ黒になったモンスターの目を白に戻してきた。
でも、どんな条件をクリアすればそうなるのかは、まだ分からない。
明日、私は戦場に立つ。
心が揺れはすれども、立つ。
怯んだり怯えたりは、していられない。
したら死ぬ人が出るからだ。
明日、か……。
去っていくアンダレスさんとキャンメルさんを見送ってしばらくして、気付いた。
(私、帰り道、分からない!)
そして。
(私、どこに泊まればいいの?)
そう、ここへはアンダレスさんに手を引かれて早足できたから、城の中のどこをどう歩けば外に出られるのか分からないし、宿がどこなのかも知らないのだ。
だからと言って、軍議が開かれた部屋にいつまでも立っているわけにもいかない。とりあえずは、と退室しようと顔を上げるのと、頑丈おじさんが部屋を覗き込むのとが一緒になった。
待っていてくれたのだ。
頑丈おじさんの顔を見て少し安心した私は、駆け寄った。
だから気付けた。
頑丈おじさんの背後に、女性の騎士さんが立っていると。
その人に見覚えがあって、でもすぐには思い出せず、んん?
と首をひねった。そしてピンときた。
鍛冶師大会の時のあの騎士さんだ。
パンと手を叩くと、その女性騎士さんも頷いた。
聞くと、寝室に案内するようにと王様から命を受けているそうだ。
王様の抜かりのなさに感激だ。
女性騎士さんに先導してもらいながら、頑丈おじさんと話をして歩く。
頑丈おじさんは初の戦を明日に控えている私を、とても心配してくれていた。
モンスターの中には見た目だけでビビらせる、そんな奴がいるから、そう覚悟しておくだけで結構ビビらずにすむもんだぜ、とか。
腕や足が体から離れたりするところを見る場合もあるけど、それも覚悟しておけば意外と何とかなるもんだ、とか。
逆に怖さ倍増なんですけど。
わっはっはっは、と笑う頑丈おじさんの横で、私はため息をつく。
話題を変えるためと、単純に気になったからという理由で、私は頑丈おじさんがかぶっている兜について尋ねてみる。
昼に別れた時とは違っていたのだ。
聞くと、先代の王様に献上した、これも頑丈おじさんが造った兜なのだそうだ。
二十年は前になるらしい。
二つ造ったうちの一つを王様に献上して、王様はその兜を宝として飾り、もう一つは頑丈おじさんが装着して冒険をしたらしい。
その宝の兜を明日の戦でと、今の王様が頑丈おじさんに贈ったという、いい話だ。
お城はやっぱり大きくて、中々の距離を歩いて、やっと寝室に到着だ。
先に頑丈おじさんの寝室に着いて、後から私の寝室に。
女性騎士さんは明日の戦いでお城に残り、不測の事態に、つまりはモンスターにお城に攻め込まれた時のために、備えるという役目を言い渡されたそうだ。
ちょっと寂しそうだった。
私は明日のためにもう眠るけど、女性騎士さんは違うっぽかったので、おやすみなさいとは言わないほうがいいはずだけど、でもじゃあ何て言うのが正解かが分からない。
絞り出したのが、ありがとうございました、だ。何がありがたいのか。
魔光石で明るくなった部屋に、ギター・ケースが置いてあるのが目に入って、ぞっとした。
そりゃあ盗んだり壊したりする人は、そうそういないだろうけど、万が一の可能性がある。
チェックして、何事もないと安堵する。
同時に肌身離さず持っていなかった自分を戒める。
ギターは持って行ったのに、ごめんねと謝る。
ベッドの上にパジャマがあって、遠慮なく着替えて、潜り込む。
寝る前の風魔法のイメージ・トレーニングはもはや日課だ。
明日、私は人とモンスターの戦争に、参加する。
美優姫の葛藤。美優姫の葛藤。美優姫の葛藤。
では、また。




