25 ミユキ、階段を上がる
あえてノーコメントというのはどうでしょうか?
では、どうぞ。
もちろん、二人から同時に教わることは不可能だから、午後の四時間を風魔法使いのキャンメルさんが、夜の三時間を吟遊詩人のアンダレスさんが受け持つことになった。
「ではまず、ミューキーさん、いやいや、ミ・ユ・キさん。あなたの風魔法の腕前を見せていただきましょう。簡単です。最初に教わったと思いますが、全身をエネルギーが駆け巡るイメージ。あれを、今、やってみてください。放出させなくてもわかります」
地球ではハンカチが浮くことはなかったけれど、毎晩、眠る前に眠るまでやっていた。
こっちに来てから実は一度、試している。
こっちではちゃんと浮いた。
大丈夫、できる。
私はエア・ハンカチを手に乗せて、やってみた。
あの時はできたのに、今はできないなんて、ないよね?
頭から腹と胸、腕、足と全身をエネルギーが駆け巡る。
頭から腹と胸、腕、足と全身をエネルギーが駆け巡る。
頭から腹と胸、腕、足と全身をエネルギーが駆け巡る。
一心にイメージした。
すると。
「おお。分かりました。もう大丈夫ですよ、ミューキーさ……ミ・ユ・キさん」
「どうでしたか?」
「今使える風魔法は何ですか?」
「ゲイル・スラッシュだけです」
「ゲイル・スラッシュなら、もちろん使用するゲイル・スラッシュのレベルにもよりますけど、七から二十は放てるでしょうね」
「二十も! そんなに! と言いますか、ゲイル・スラッシュのレベルって言うのは、どういう意味ですか?」
「まだお教わってはいないんですか? ゲイル・スラッシュにもレベルがあって、鋭化の強度によって、敵を切断するもの、剣で斬ったようにダメージを与えるもの、風圧による打撃で攻撃するものとがあるのです。さらに分化して、鋭化ではなく硬化、鋭く斬るのではなく硬く圧縮させて、殴るような潰すようなダメージの与え方をするゲイルもあるのです。それをゲイル・ブレイクと呼びます」
「ゲイル・ブレイク……」
「まあ、ゲイル・ブレイクでも首を飛ばす事はできますけどね」
えぐいことを笑顔で言うキャンメルさん。
でも、スラッシュよりはブレイクのほうが性に合ってる気がする。
「ミ・ユ・キさんの魔力なら、スラッシュと並行してブレイクを練習する事も可能です。でも私は、風魔法による防御、守りの魔法を覚えたほうが、明日に控える戦いでは役に立つと思うのですが、いかがでしょう?」
「守りというと?」
「体の周りに風の膜を張って、剣や矢などの威力を和らげる、時に無効化する。そんな魔法です」
「それ、一度に何人くらいできますか?」
「私の師匠は千人以上にできました。ミ・ユ・キさんの魔力なら、そうですねえ、五十から六十、といったところでしょうか」
「持続時間は?」
「そうですねえ、ミ・ユ・キさんなら、一時間半ほどといったところでしょうか。使い方です。戦っていない者にまでその魔法をかける必要はありません。前線で戦っている者たちに必要な時に必要な時間だけ、強度を上げたり下げたりした場合、上手にやれば、二時間なら可能かもしれません」
明日襲ってくるモンスターは百とちょっと。
こっちが何人で迎え撃つのかは聞いていないけど、五、六十人を一時間半から二時間守れる魔法。
それは魅力的だ。
でも。
「これを覚えた人でも上級者になると、魔法をかけなくても自然と自らの体に風の膜を張り続けることができるのです。まあ、そんな魔法使いは歴史上一握りですけどね」
その言葉は私の右耳から左耳に抜けていった。
なぜか?
吟遊詩人の歌の魔法(これも魔法って言っていいよね?)は、味方の強化や敵の弱体化が主だと聞いた。
なら、味方を守る歌を覚えれば、守りの風魔法を覚える必要は、現時点ではないんじゃないかな?
そう考えていたからだ。
おずおずと、訊いてみた。
「それはそうです。正解です。そういうこともできます。歌と風、両方の守りの魔法を覚えておけば、有事の際に役に立つ、とそういう意味です。明日、戦いに参加する吟遊詩人はあなたとアンダレスさんの二人。でも、二人をサポートする風魔法使いで拡声の魔法を使いこなせるのは、私のみ。私の弟子たちにも拡声の魔法を使える者がいないわけではありません。しかし、如何せんいまだ修行中の身、使えはすれども、使いこなせはしないのです。その差は戦場で出ます。それに、同じ対象に同時に違う二つの歌を聴かせても、効果は得られないのです。同時に同じ歌の場合は、歌声によっては二回分、二曲分の効果を得られる場合もあるのはあるのですが」
(ハモリみたいなものかな?)
「私は明日の戦いにおいて、おそらく半分ほどの魔力をモンスターとの戦闘に使い、残りの魔力で、アンダレスさんの歌を拡声の魔法で戦場の兵士たちに届ける、聴かせる、という補助に割くことになると思います。ミュ……ミ・ユ・キさんの歌は、私の魔法では、先の鍛冶師大会の時のように聴かせることはできず、私の弟子たちにおいては、なおさらかと思われるのです。私がミ・ユ・キさんに付きっきりでいられるのならば、その憂いはなくなるのですけれども」
「……明日、私とコンビを組むのは、キャンメルさんのお弟子さんで、そのお弟子さんでは思うような補助の効果は得られない。だから、守りの風魔法を覚えたほうがいい、と、つまりはそういうわけですね?」
「そうです。飲み込みが速くて助かります。普通、吟遊詩人は戦場の最後方で歌を歌うものですし、魔法使いも後衛なのですが、明日、ミ・ユ・キさんは、中ほどにまで出なくてはならなくなると思われます。それだけ命に危険が及びます。だから、守りの風魔法は自分の身にかける場合も充分にあると、そう覚悟して、その上で覚えてほしいのです」
「分かりました。ご指導のほどよろしくお願いします」
「まず最初に教えるのは、やはりイメージすることです。風の防御膜、二センチから三センチでかまいません。これを人の体に纏わせるイメージ。まず自分で試してみましょう」
「こうですか?」
「できとる!」
「え⁉ できてますか?」
「……はい。では、私の体の周りに防御膜を作ってみてください」
「やってみます」
「やっぱできとるがな!」
「できてますか? それって驚くようなことなんですか?」
「……はい。私の弟子でできるようになった者の中では、優れた者でも三、四十度くらい試行錯誤したのち、です。私も言われてすぐ、一度目からはできませんでした。それをあなたは……。ううん。今から人を、そうですね、十人ほど、集めます。それで守りの魔法をその人たちにできるかどうか、やってみましょう。待っている間は、守りの魔法を御自身にかけて、強めたり弱めたりする練習をしましょう」
指導していただいた通り、強弱してみた。
強めるとその分、魔力の消費が多くなり、弱めるとその分、魔力の消費が少なくなった。
私が練習しているのを見ていたキャンメルさんは突然、持っていた杖で私の腹を突いてきた。
「おおお、何ですか?」
「ダメージ、ゼロでしょう」
「……はい」
相当な勢いで、硬い杖で突かれたにも関わらず、私にダメージはなかった。
「これが、風の守りの魔法」
百聞は一見に如かず、みたいに守りの魔法の効果が証明された瞬間だ。
「あの、これを、打撃を受ける瞬間にだけ発生させたら、もっと魔力の節約になるんじゃないですか?」
キャンメルさんは返事をしなかった。
無視したわけじゃない。
唖然とした結果、できなかったのだ。
では、また。




