23 星と月の下で
私はずっと眠れずにいて、それまで途中で起きたシンガとこんな話をしていた。
シンガは尻尾を振ってこんなことを訊いてきた。
「ねえ、ミユキ。いっしゅうかんもなんでいなくなっちゃったの? ねえ、なんで?」
それに対して私はこう答えた。
みんなが眠っているのを確認して、みんなが起きないように小声で。
「私のおうちに帰ってたの。でも、どうなったら帰れるのか、どうやったらこっちに来られるのか、分からないの。私のおうちは、ここじゃないところにあるから」
「ここじゃないの? どこ? たいりくのどっか?」
「ううん。大陸よりももっとずっと遠く。でも、これは誰にも絶対に内緒なのよ。約束できる?」
「うん。やくそくする。ぼく、やくそくはぜったいにまもるよ」
きりっとしたシンガは、私が頭をなでてやると、また嬉しいという顔になって、尻尾を振った。
でも寝ている人を慮ってか、吠えはしなかった。
そういうところがしっかりとしていて、可愛さ倍増だ。
私にとっては何だか可笑しい事なのだけど、馬車が止まった時、示し合わせたように、眠っていた三人のうち頑丈おじさんとオルガが目を覚ました。
王様は肩を揺すられるまで起きなかったのだけど、それも何だか微笑ましい。
ドアを開けたのは執事さんで、メイドさんは火と晩ご飯の準備を手早くしていた。
「今は何時だ?」
「九時になる前です」
欠伸をしながら訊く王様に、畏まって答える執事さん。
王様が欠伸をするところを見られるのなんて、レアなんじゃないのだろうか?
運転おじさんのそれと違うとはいっても、やっぱり馬車は馬車。
体に来た痛みを、背伸びや屈伸で解した。
王様の屈伸も、やっぱりレアだと思われる。
ふふ。
非常事態であるというのに、星も月も美しさを損なってはいない。
普通は、二度目より一度目のほうが強く感動するものなのに、私は前回の、頑丈おじさんが鍛冶師大会に出るための時の野営で見た星空より、今回の星空のほうが綺麗だと思った。
風は前回よりも強いけど、気になるほどではない。
森の木々の匂いをメイドさんが作った晩ご飯の匂いがかき消した。
王様の食事は豪華。
そう決めこんでいた私は、前回の野営と大差ない料理に感じたがっかりを、面に出さないように気を付けた。
そして、あっと思った。
ここにいる私たち一行、人数は十三人。
宗教によっては不吉と言われる数だ。
まあ、人間十三人とモンスターが二体だから正確には十五人なのだけど。
みんなそれに気付いていてそのうえでなのか気付かないからなのか、平然としている。
この世界では気にすることではないのだろうと結論づけて、ふうふうをしてからスープを飲んだ。
これも『いつ戦いが始まるか分からない』からなのだろう。
頑丈おじさんとオルガや、警護と食事を四人ずつ交代でしている騎士さんたちも、ご飯を食べ終えるのは速かった。
「速っ」
「俺たちはいつもの事だからな。嬢ちゃんも冒険者として食べていくなら、覚えておいたほうがいい技だな」
「早飯早グソ芸のうちって言うもんね」
王様がぶふっと吹き出して、頑丈おじさんが笑った。
表情を変えない執事さんでさえ、笑いをかみ殺すのに必死という表情だった。
「わっはっはっは。なかなかやるじゃねえか、嬢ちゃん」
「そんなに可笑しかった?」
「ああ。かなりどぎつい冗談だ。酒場で酔っぱらったごろつきだって、そうそう言うもんじゃねえな」
そう言われると、と何だか恥ずかしくなった。
騎士さんたちの視線も痛い。
でも、そこでもじもじしても、それはそれで場の空気が変わるわけではないのだし。
「だからってまた同じレベルの冗談を期待されても、それは無理よ」
あくまで突発的な偶発的な冗談だからね、とたっぷり含ませた。
私の評価は、あの格言によってだいぶ壊れたものになってしまったようだ。
全員が晩ご飯を食べ終えると、王様が歌をリクエストしてきた。
「ミ・ユ・キ、一曲、歌ってくれぬか?」
「はい」
一般的に言えば、王様のお願いは絶対の命令と同じだ。
断るなんてもってのほか。
この王様の場合はそうじゃないとは分かるけれども、私に断るという選択肢はなかった。
服、というのか装備というのかは、この世界に来た時に、身につけられている。
おじいさんからもらった、あれだ。
ギターもケースごと、この世界にジャンプしている。
今度はシャンプーとかの詰め替え用ボトルをケースの中に入れておこう。
絶対に。
チューニングをしながら喉を慣らした。
私を見る王様の目は期待に満ちている。
さあ、何を歌おうか?
「それじゃあ、ここで初めて披露する、できたばかりの新曲を」
社交辞令ではない、心からの拍手をくれる王様。
嬉しい。
五分三十三秒。
タイトルはそのままずばり、『愛の歌』だ。
「素晴らしい。素晴らしいぞ、ミ・ユ・キ。そなたの歌は、素晴らしい」
王様、感涙。騎士さんたちの目も、先ほどの冗談の時とは打って変わっている。
やっぱり私は、歌うたいだ。
拍手がやんで、静かになると、二人いる魔術師さんのうちの一人が言った。
「今の歌には、おそらくですが癒しの効果があると思われます」
「癒し?」
真っ先に私が飛びついた。
「はい。吟遊詩人の歌の中に、やはり歌を聴いた後でこのような精神状態、身体状態になる歌がありまして、その時には前衛で戦っていた騎士の傷が癒えていたという事案があります。二十年ほど前の、モンスターの大群との戦乱の、あの時です」
「癒し」
「はい、今は傷ついた者がいないため、癒しの効果は現れてはいませんが」
そこに現れるモンスター。
「人間んんんん。食ってやるうううう」
頑丈おじさんによって成敗される。
胸にざっくりとシグマの傷。
私が『愛の歌』を歌うと。
癒えない傷。
「たぶん、味方の傷でなければ癒せないのかと」
「悪い」
モンスターに手を合わせる頑丈おじさん。
天に召されるモンスター。
いや、地獄か?
「ううむ。これでは効果のほどが分からんな。誰かに怪我をさせるわけにもいかぬし」
「魔術師さんは、吟遊詩人の歌の効果にも詳しいんですか?」
「我々魔法使いは、騎士たちも、九歳から十五歳まで、それぞれ学院で学ぶのですが、そこで魔法使いの私は、魔法について学びました。その中で吟遊詩人の歌についても勉強するのです。まあ、私は土属性の魔法使いなので、ほんの少し、初歩の初歩だけですけどね。吟遊詩人の歌は、主に味方の強化、次いで敵の弱体化、です。攻撃の歌も、あるにはあるらしいのですが、私は学んではいないので力にはなれません。あ、癒しと言いましたが、正確には『光属性』の効果です。クレリックのような、ポーションのような癒しかどうかは、私には分かりません。ただ似ている、近い、とそう思っただけでして」
魔術師さんは自分のことを魔術師とは言わずに魔法使いと言った。
私もそう言ったほうがいいのだろうか?
一回魔術師と言ったのだから、意地になってでも魔術師と貫き通したほうがいいのだろうか?
歌の効果よりそっちのほうが気になった私。




