18 友になるため
美優姫の肩を叩いたのはだれ?
では、どうぞ。
「どんなに礼を言っても足りねえが、ありがとう」
狒々王は頭を下げた。
でんぐり返しの途中みたいな姿勢だ。
狒々たちも倣って頭を下げてきた。
私とオルガ以外に、何を言っているのか理解できてはいない。
でも、言葉は分からなくても、態度を見れば何を言わんとしているのか、伝わるはずだ。
私の視線に気付いた先ほどの騎士さんは、バツが悪そうに頬を掻いた。
「奴らは憎い」
「ああ」
「許せるものか」
「ああ」
「でも、まあ、殺すのはいつでもできるし、うん、今回は見逃してやろうか」
「ああ、そうしようか」
素直じゃないところは、ご愛嬌だ。
「頭を上げて」
その後を私が続ける前に、狒々王は言った。
「あんたは俺の命を救った。ただ救ってくれただけじゃない。何よりも大切な自分の命を犠牲にしようとして、だ。魔王の呪縛からも解放してくれたしな。それに、知っているかい? 俺たちのルールじゃ、強い者が偉いんだ。俺と一対一で戦って勝ったあんたは、俺たちの群れボスになる権利がある。あんたみたいな人だったら、俺は安心して譲れる。どうだ? なってくれるか?」
「いやいやいや、無理」
「……なら、俺が暫定的にこの群れのボスを続けさせてもらう。だけど、俺はあくまで副ボスで、本当のボスはあんただ。これでどうだ?」
「どうって言われても……」
助けを求めるようにオルガを見ると、微笑んで頷いた。
目の前にはでんぐり返しの途中の狒々王。
「分かった。でも、ちょっと待って。考える」
そう言って、ぐるりと周囲を見回した。防壁の向こうにも歌の効果があったらしく、倒れていた騎士さんも冒険者さんも狒々たちも上体を起こしたり、立ち上がってこちらの様子を窺ったりしていた。
特に狒々たち。
狒々たち中の事情を知らない者は、狒々王を見て驚いていた。
私の考えはまだまとまらない。
考えながら、倒れている人の数を、見える範囲でだけど数える。
ただ起き上がれないだけか、死んでいるのか。
狒々王が顔を上げて、目が合った。
その目を見ていたら……。
「分かった。私がボスになる。でも、形の上だけで、よ。形の上だけ。群れを仕切るのはこれからもあなたよ。それでいい?」
「ああ、充分だ。ところで、俺の名前はグルグロスだ。あんたの、いや、ボスのあなたのお名前を、教えてもらえやすか?」
「私は小鳥美優姫。よろしくね」
手を差し出した。
グルグロスは、私の手が痛くならないようにと、そっと握った。
人間とモンスター、種族は違っても、生きている者同士、分かり合えるのだ。
太陽は高く、風が草木を揺らせた。
グルグロスは子分たちに指示して、小袋を取り出す。
何の袋か?
傷薬だと答えた。
グルグロスに歩み寄られて警戒する人もいたけど、私が通訳した。
大丈夫だと。
太い指を器用に使い、グルグロスは怪我の部位に傷薬を塗った。
ポーションをかけた時のように、傷口は塞がり、赤黒い打撲の痕は綺麗に消えた。
「あ、それからもう一つ。人間側に抵抗があるだろうから、こればっかりはすぐには無理だけど、人間と仲よくしてあげて」
「はい、そりゃあもう」
「見て。人間にだって、モンスターと友達になりたい人は、いるのよ」
金髪お姉さんが、狒々にも癒しの呪文をかけている。
グルグロスがとても優しい顔になったのは、見間違いなんかじゃない。
そして。
魔法と薬のおかげで怪我人のほとんどは治ったけど、死者は人間側が七人、モンスター側が三体。
十人もの命が、なくなってしまった……。
報告を受けてやってきた王様は、惨状を目にして、それでも毅然と言った。
「これで終わりではない。これから始めるのだ。皆の者、これを教訓にしていこう。魔王が復活した今、これからも同じような出来事が起こるであろう。それでも、希望を失わずに、皆で力を合わせて乗り越えよう」
そして、人間の遺体と同様に狒々たちの遺体も埋葬してよいのかとグルグロスに確認した。
「俺たちがそこへ行くのを許可してくれるのなら、認めよう」
「と言っています」
「もちろん、許可しよう。狒々たちはよいモンスターであるからして、怖がることはない、と町人に、私が責任をもって話そう。それでも怖がる者はいるだろうが、何、すぐに慣れるであろう。皆の者、よく見ていてくれ」
そう言うと、王様は狒々王と握手をした。
離れたところで見ていた町人が、ざわざわとした。
でも、王様は笑顔だ。
これを見た町人の、グルグロスたちへの恐怖心が薄れてくれればいい。
私は、悲痛と言ったら大袈裟かもしれないけど、胸が苦しくなった。
どうか、なくなって。
森に帰ったグルグロスたちは、夕方になる前には、大きな石、いや、岩というのだろうか、をいくつも持ってきた。
三十おじさんと金髪お姉さんのお店、その名も『ユニコーンの泉亭』で休んでいた私を騎士さんが呼びに来て、通訳を頼まれた。
これを壊してしまった防壁の再建に使ってほしいと言っていると教えると、感心していた。
こうして信頼関係が築かれるのだ。
そのまず一歩目だ。
帰り道、私についてきたシンガと話ながら歩いた。
「グルグロスたちと町の人たち、仲よくなれるかな?」
「うん、なれるとおもうよ。グルグロスの『せいい』はちゃんとつたわってる。ぜったいに」
「私ね、本当はね、グルグロスを殺してやろうって、思ったの。でも、できなかった。それは意気地がなかったとかじゃなくて、私が私であるために、そうする必要があるって、なんかそんな気がしたの。もう一人の自分に言われたっていう感じかな。相手が人間でもモンスターでも、善人ならもちろん、悪人でも、殺すのは駄目だって、そう思ったの。私はこれからも戦う。その時には、モンスターだけじゃなくて人間とも戦うことがあると思う。相手が私を殺しにくることも、あると思う。それでも私は殺したくない。殺さずにいたい。変かな?」
「ううん、へんじゃないよ。ぼくはミユキのそういうところがすきなんだよ」
「わたしもシンガが好きよ。まだちゃんと聞いてなかったから聞くけどさあ、私がつけた『シンガ』って名前、どう? 嫌じゃない?」
「ぜんぜんいやじゃないよ。ミユキがつけてくれたなまえだもん。すきだよ」
「そう。よかった。さっき、グルグロスと戦った時、私を守ろうとしてくれたよね? ありがとう」
シンガは返事をしない代わりに、ちぎれんばかりに尻尾を振って、飛び跳ね回った。
それが答えだ。
「ご飯食べたら、また警護に行こう。王様はもう今日は休みでいいって言ってくれたけどさ、傷も治ったし、疲れも抜けたし。私たちばっかり休んでもいられないじゃない」
「うん」
向こうからお母さんと手をつないで歩いてきた女の子がシンガを見て、可愛い、と駆け寄ってきた。
シンガが
(俺が撫でられてるんじゃなくて、俺が撫でさせてやってるんだぞ)
というキリっとした顔をしていたのが可笑しかった。
夕焼けになる前の太陽。
十人の死者。
これから始まる晩ご飯。
私は、何だか泣きそうになった。
このままいくとストックがなくなり、毎週の決まった日ではなく
書いて出し、書いて出しすることになってしまうのですが、
それと、三か月くらい休んで書き溜めるのと、どちらがいいですか?
ほかの人たちはどうしているとか、いろいろ意見をいただけると嬉しいです。
では、また。




