16 タイマン
前に狒々王の体格を180センチくらいと書きましたが、
2メートルを超えると設定していたことを、今回のチェックをして気が付きました。
すみません。前回が間違いで、今回の2メートル超えが正しいです。
では、どうぞ。
私は喧嘩をしたことがない。
誰にも暴力を振るったことはない。
暴力を振るいたいと思ったことはある。
ぶん殴ってやりたいって、思ったことはある。
でも、思っただけ。
それを行動に移したことはない。
今までも、そしてこれからも、そうでありたかった。
うん、過去形だ。
私は今から、町を破壊して人間を殺そうとした、もしくはもう殺した、モンスターたちのボス、狒々王と、喧嘩をする。
初めての喧嘩の相手が、モンスターって。
そう思うと、何だか笑えてきた。
「なあにが可笑しいんだ。小娘」
「あなたの顔」
「なああにいいい!」
地団太を踏んで悔しがる狒々王。
ゲイル・スラッシュは、使う人の魔力によっては、五十メートル先の人間の首を刎ねることだってできるらしい。
すごい人になると、百人を同時に。
私はまだ風圧でダメージを与えられる程度だ。
だから、知恵を使う。
知恵を使えば、威力も上がる。
ぎりぎりという音が聞こえそうなくらい歯ぎしりをしながら、狒々王は私から円を描くように動く。
私も合わせるように円を描く。
頑丈おじさんがオルガの肩を借りて立ち上がったところと、狒々たちが狒々王に声援を送るところが見えた。
私が壊された町の防壁を背にした時に、狒々王は牙をむいた。
飛びかかってくるそのスピードと迫力は、トラックもかくやだ。
怖い。
反射的に目をつむった。
でも、想定内だ。
目をつむりつつ、一歩横に踏み出すと、その一歩は三メートルか四メートルかになる。
狒々王の攻撃は、かわせる。
それを体験して、心に余裕が生まれた。
三度、四度、ひらりひらりとかわす。
確信に変わる。
(この靴のおかげで、私、かわせる。怖がる理由なんか、ないんだ)
次に狒々王が突進してきた時に、試しにジャンプしてみた。
二メートルを超える狒々王の頭上を、軽々と飛び越えられた。
事態の異常さに狒々王の目に焦りが浮かぶ。
ざまあみろと、思う。
「逃げるな、小娘」
「それは狒々王はのろまだから手加減してくださいって意味なのかな?」
「ギイイイイ」
かわせると分かったし、少し慣れてもきた。
次のステップへ行こう。
狒々王も突進からのパンチ攻撃はかわされると学習したのだろう、止めて私の力を探るように睨め回してきた。
見ていて気が付いたのだけど、狒々王は頑丈おじさんから受けたダメージで、本来には程遠い、鈍い動きしかできないみたいだ。
「どうしたの? もう終わり? それとも降参するの? 尻尾撒いて逃げるの?」
「煩い! 煩い! 煩い!」
休む暇なんて与えない。
私の挑発に、狒々王はまた突進してきた。
向こうはまた私が左右のどちらか、もしくは飛んで頭上を越得て逃げると思っているだろう。
でも、私の狙いは、違うのだ。
「ゲイル・スラッシュ」
膝を狙って、放った。
狒々王は面食らい、自分の速度もあって、かわそうにも体が硬直して動けずに直撃を受け、突っ伏すように転んだ。
起き上がろうとする一秒の間に、靴の力で背後に回りこみ、言った。
「動いたらゲイル・スラッシュで首を飛ばすよ」
杖の先端を首に押し付けて、だ。
もちろん、はったりだ。
私のゲイル・スラッシュでは無理な芸当だから。
だけど、首を飛ばすのは無理でも、この距離で首を狙えば、おそらくは戦闘不能になる、何なら後遺症が残るくらいのダメージは、与えられる。
狒々王もそれが分かるのだろう、動かない。
それは、フェイクだった。
観念したように首を垂れた次の瞬間、足で後ろ蹴りをしたのだ。
(そんなことしたって私には物理攻撃反射があるのに)
私はよけようともしなかった。それがいけなかった。
五メートルは飛ばされた。
(え⁉ 物理攻撃反射は?)
オルガを見た。
オルガは察し、答えた。
「ミユキよ。タオの羽の恩恵を受けられるのは、心の清き者だけだ。今のミユキに、タオの羽の効果が発せられなかったのは、羽に力を貸すに相応しくないと判断されたからだ。今一度、自分を見つめ直すのだ」
シンガが私に駆け寄り、私の顔を舐めてから、私と狒々王に間に立ち、ワンと吠えた。
そうか。
私はたしかに、不遜だった。
それじゃあアイテムにも、そっぽを向かれるな。
悪い感情に支配されて行動したら、悪人と変わらない。
そんな当たり前を忘れるほどの怒りの感情、それを『負の感情』と賢き者は呼ぶのだから。
痛い。
これは罰だ。
まともに立つこともできない。
杖にすがって、ようやく、だ。
こんなチャンスに追加の攻撃をしてこなかった狒々王も、よくよく観察すれば、肩で息をしている。
顔色も悪い。
ダメージではどっこいどっこいといったところか。
のっしのっしと距離を詰めて、狒々王は右手を振り上げた。
私はまた一歩横に踏み出した。
三、四メートル飛んだ私に合わせて、狒々王も飛んできた。
あっと思う間に殴られた私は、防壁にまで吹っ飛んだ。
学習しているのは私だけじゃないという意味だ。
そしてこれが『経験値の差』というものなのだ。
私は経験が絶対的に足りてはいない。
自動HP回復のイヤリングを外したからか、ダメージが抜けない。
でも、まだ私は立ち上がれる。
「ミユキ」
オルガが大声を出した。
頑丈おじさんには何と言ったかは伝わってはいない。
でも、足を踏み出したオルガの腕を、ぐっと掴んで言った。
「いけねえよ、オルガ。これは嬢ちゃんの戦いだ。嬢ちゃんに戦う意思があるうちは、手出ししちゃいけねえ。ここは見守るのが、仲間である俺たちができる精一杯だ」
「マグマ」
「ああ、もう一つあるか。声援を送ることだ。これなら、いくらやってもいい」
気持ちで負けるな、とビリビリするくらいの声量で頑丈おじさんは叫んだ。
さっきはきつそうだったのに、もう頑丈おじさんは回復したようだ。
強い冒険者さんには自動HP回復の能力が自然と身に着くのだろうか?
少し、面白かった。
だから少し、気を取り直せた。
「シンガ、下がって。私はまだ大丈夫よ」
ウインクをしてみせた。
クウンと鼻を鳴らして、でも素直に私の後ろへと回った。
ピンチになったらたすけるからね。
そういう意味だ。
シンガはいい子だ。
私は考えた。
(タオの羽の効果がない以上、私はきっと、あと一撃くらったらお終いだ。さて、どうしようか?)
そして、一つ閃いた。
試してみよう。
恐怖心はいつの間にかなくなって、ワクワクとかドキドキとかが心臓を速くした。
今度は私が先手を取った。
まず胸へのゲイル・スラッシュ。
しゃがんでかわされる。
すぐさま太もも付近へのゲイル・スラッシュ。
跳んでかわされる。
そう、跳んでかわすか横に転がってかわすかの、二択だ。
できるかどうかは分からない。
初めてするんだから。
跳んでくれてありがとう。
連続して三回目のゲイル・スラッシュだ。
跳んでいたら、着地するまでの間は、かわしようがない。
狒々王は頭部への直撃を避けるため、両腕を犠牲にした。
着地をした瞬間、両腕がだらりとなった。そこへ。
「ゲイル・スラッシュ」
横に薙ぐゲイル・スラッシュが、狒々王の顔面を捉えた。
狒々たちは悲鳴のように声を上げたけど、狒々王はピクリとも動かない。
つまり、これが意味するのは……。
「嬢ちゃんの勝ちだ!」
間違えた理由は『忘れていた』ためです。
こんなことってあるんですね。反省して次はないようにしたい……のですけど、
人間のすることですから絶対とは言えないのが難しいところ。
もっと頑張らなくちゃいけませんね。頑張ります、はい。
では、また。




