15 逆鱗に触れられて
美優姫は、アイテムのおかげで助かっていますが、
本来なら心は恐怖に支配されているはずです。
死ぬ恐怖。殺す恐怖。
今もどこかの国で爆弾が落とされています。
ノーモア、ウォー。
では、どうぞ。
殺さないでと言ったのに、狒々の一体の胴を、騎士さんの剣が貫いた。
四体の狒々は、この野郎、と敵意をその騎士さんに向ける。
狒々にも仲間という概念があるのだと生きた勉強になった。
そして狒々たちは四体がかりでその騎士さんにかかっていった。
周りが割って入るより早く、その騎士さんは、爪の餌食になった。
そしてそれは、陣形が崩れた事を意味する。
右端と中央左の騎士さんに向かって、二体ずつで飛びかかる。
中央左の騎士さんには一番左にいた三十おじさんが援護に入れたけど、右端の騎士さんは助けに入ろうとしたシンガも間に合わない。
形成は一気に、狒々の有利になってしまった。
それでも、数としては四対五。
でもこっちは前衛二人の後衛二人に遊撃のシンガで、向こうは前衛が四体だ。
戦力的に不利だと思われる。
金髪お姉さんの癒しの呪文は、手や杖の届く距離にまで近づかないと使えないらしい。
倒れている騎士さんに癒しの呪文をかけたい、でもかけられないという状況に歯嚙みしている。
後衛である私と金髪お姉さんは、前衛の三十おじさんと騎士さんの背後に回りこまざるを得なかった。
そこで初めて他の人たちの戦況が見られた。
リーダーと一対一の……リーダーというよりはボスというべきか。
ボスと一対一の頑丈おじさんは、シグマの柄の部分で殴るようにして戦っている。
刃の部分、殺傷能力のある部分は使ってはいない。
その向こうのもう一つの五対七は、二体の狒々が宙返りをしているところだった。
人間に立っている人はいない。
そう、人間に。オルガは戦闘態勢を崩してはいない。
私は堪らずに言った。
「ねえ、私たちの負けでいいわ。もう抵抗はしない。だからそこで倒れている仲間に、癒しの呪文をかけさせて。お願い。それで反撃なんてしないから。あなたたちの仲間の傷にも、癒しの呪文をかけてもらえるように頼むから」
四体の狒々たちは、私がモンスターの言葉を話せることに驚いた様子だった。
それから意味を考えて、小声で小会議をして、一言、いいぞ、と言った。
金髪お姉さんに通訳した。
魔王の呪縛の影響によって凶悪化したモンスターでも、話せばわかってもらえるんだ。
嬉しかった。
狒々たちが道を開けてくれて、私と金髪お姉さんが前を、そのすぐ後ろを三十おじさんと騎士さんが走った。
ゲームでは死者を蘇生させる呪文もあるらしいけど、金髪お姉さんが使えるかどうかは分からない。
使えたとしても、それ以前に死んでいてほしくなんかない。
大丈夫か、そうじゃないのか……。
金髪お姉さんが診て、言った。
「大丈夫。まだ息があるわ」
私たち四人は安堵した。
すぐさま金髪お姉さんが魔法で傷を癒す。
私と金髪お姉さんは無防備で、三十おじさんと騎士さんはこっちに気を取られて油断している。
油断を、している。
石畳を蹴る音が微かに聞こえて、振り返ると。
騎士さんが頭に一撃をくらって、三十おじさんは急所にはくらわなかったものの左肩に重傷を負い、金髪お姉さんがどうなったかまでは、確認する間がなかった。
それくらいあっという間の出来事だったのだ。
私はタオの羽の効果、物理攻撃反射のおかげで、かすり傷も負わなかった。
「約束が違うじゃない」
私は怒った。
こう返事が来た。
「人間との約束なんて、誰が守るか! それに、お前の仲間が俺たちの仲間を殺したのが先だろうが」
金髪お姉さんは、癒しの呪文をかけ続けているけど、お腹から出た血が服に広がっていた。
先ほどの魔法の効果なのだろう、かろうじて意識を保っている、そんな感じだ。
頭に一撃をくらった騎士さんも、致命傷にはなっていないようで、呻き声を上げた。
私はイヤリングの自動HP回復のほうを金髪お姉さんにつけた。
でも、きっと焼け石に水だろうと思い、唇を噛んだ。
ゲイル・スラッシュは、あと七回ぐらいは唱えられる、はず。
絶対に許さない。
でも、それをすぐさま行動には移せなかった。
なぜか?
狒々王の叫び声が、周囲の壁や建物を振動させるくらいに響いたからだ。
私は、いや、私だけじゃなくてその場にいた人もモンスターも、意識がある者は全員、目を引き寄せられた。
頑丈おじさんはシグマの柄だけで、狒々王に大ダメージを与えたのだ。
向こうの二体の狒々も、こっちの四体の狒々も、狒々王のもとに駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「何やってんだ。俺の一対一の戦いに、割って入るつもりか」
「しかし」
「ああ、このままじゃ俺は負ける。このままじゃ、な」
七体のモンスターたちは、にやりとした。
そして。
狒々たちが、私たちのほうへ、いや、私と金髪お姉さんを目指して飛びかかってきた。
三十おじさんがかばうように前に立ってくれたけど、三体の狒々に突き飛ばされた。
倒れた時に激痛が走ったのだろう、左肩を抑えて声を上げる三十おじさん。
狒々たちは、私たちを人質にしたのだ。
モンスターは、どこまで行っても、怪物なのか……。
私の震えは、怒りからなのか、恐怖からなのか、失望からなのか。
狒々王は悠然と頑丈おじさんに歩み寄ると、無抵抗な頑丈おじさんを力いっぱい殴りつけた。
吹き飛ぶ頑丈おじさん。
「グマ爺さん、反撃して」
「できるかよ」
それはか細い声だった。
あの頑丈おじさんでも、相当なダメージを受けているようだ。
次に狒々王はオルガに目を付けた。
背中を向けられていたので顔は見えなかったのだけど
「お前はモンスターなのに人間の味方をするのか」
と言った狒々王の声色から、嗤っていると理解できた。
そして、やっぱり抵抗しない、できないオルガを殴り、高嗤いをした。
狒々たちも追随してキーキーと嗤う。
それが、私の逆鱗に触れた。
私の力なんて高が知れている。
ゲイル・スラッシュは自動MP回復の効果を勘定に入れても、おそらくはあとは七回か八回か、そんなところだろう。
狒々たちは七体。
一体につき、ゲイル・スラッシュ一回で倒さなくてはならないということだ。
……いや、まだ手はある。
私は作戦を練った。
そして、狒々王を挑発することにした。
「ねえ、狒々王さん、あんた、とっても弱いのね」
「何だと!」
乗ってきてくれてありがとう。
「だってそうじゃない。子分を引き連れて威張っていたって、勝てないと分かったら女、子どもを人質に取って。ああ、情けない。意気地がない。かっこ悪い」
「馬鹿にするのか!」
「馬鹿にしてるんじゃなくて、自ら望んで、あなたが馬鹿になっているのよ。そんなことも分からないの? 外見だけじゃなくて、脳みそもお猿さんなのね」
「ギイイイイ!」
「違うって言うんなら、人質なんて取らないで戦いなさい。私が相手になるわ。私と一対一で、戦いなさい。それとも、私が相手でも、人質がなかったら怖くて戦えないかな?」
狒々王は、子分に離れるように指示した。
そして、怒りの矛先を私に向けた。
これから、私、小鳥美優姫、人生で初めてのタイマンだ。
タイマン。傷つけるためではなく、
大切な人を守るためにでも、『無し」でしょうか?
あなたはどう思いますか?
では、また。




