4 ミューキーじゃなくて
大の大人が頭を下げるほどって相当だと思います。
では、どうぞ。
「頼む、嬢ちゃん。このオリハルコン、譲ってくれねえか? もちろん、できる限りの礼はする。と言っても、オリハルコンに見合う礼なんて、そうはできねえが、俺にできる限りはさせてもらう。頼む、譲ってくれ。俺にはこれが必要なんだ。それも、今、すぐに」
大の大人の懇願。
切実さは伝わった。
痛いほどに。
これだけの騒ぎになるくらいの代物なのだから、よほどの物なのだろうけど、私にはこのオリハルコンの価値はわからない。
私が持っていても、ただの石だ。
なら。
「私からもお願いします。オリハルコンなんてくれと言われて、おい、それとくれられる物ではないけど、これはこの村の命運を左右する問題なんだ」
私が口を開く前に、三十おじさんが駄目を押してきた。
金髪お姉さんを見ると、思った通り、譲ってあげて、と目が言っていた。
「いや、いきなりこんな俺に譲ってくれと言われて、譲れるわけがないか」
「いいですよ」
「ああ、分かってる。そりゃそうだ。いいんだよな……。えっ、今、何て……」
「いいですよ」
「本当か?」
頑丈おじさんがぐいっと顔を寄せてきた。酒臭かった。
「はい」
「おお、おお、おお。何てことだ。神さまはまだ俺たちを見捨ててはいなかった。今度は俺が応える番だ。こうしちゃいられねえ。ラギュール、フィナ、俺はやるぜ。嬢ちゃん、ありがとう。本当に、本当にありがとう。今度時間があるときに、あらためてしっかり礼を言わせてくれ。じゃあな」
私の手を痛いくらいに握り、大事そうにオリハルコンを抱えて、頑丈おじさんは走って出ていった。
これじゃあ、何が何だか分からない。
私は呆然とするほかなかった。
「まあ、水でも飲んで」
笑うような声色の金髪お姉さんに勧められた。
喉が渇いていると、ただの水もこんなに美味いのか。
「喉、よっぽど乾いていたのね」
「大丈夫。あの人は悪い人じゃないから。盗んだりはしないよ、絶対に」
言われるまで思いもしなかった。
泥棒の危険性があったんだ。
「名前、聞いてなかったわね。教えてもらってもいいかしら?」
「はい。小鳥美優姫っていいます」
「コトリ・ミ・ユ・キ。ここじゃ聞かない名前だな。どんな意味だい?」
「コトリは小さな鳥、ミユキは美しくて優しいお姫様って意味です」
私は自分の名前が好きだ。
お父さんとお母さんの『愛』が充分に感じられるから。
私がお母さんのお腹にいると分かった時から、最終決定をするまで、きっと何度も何度も、これがいいんじゃ、いやいやこっちか? でもこれもいい、なんて私を思って二人で考えてくれたのだろう。
「ミ・ユ・キ。大陸ではどうかは分からないが、ここではミ・ユ・キよりミューキーのほうが自然に発音できるな」
「頑張って『美優姫』って、そう呼んでください。ところで、さっきの人は、あれを持ってどこに走っていったんですか?」
「そう、それ。あの人は鍛冶師なんだよ」
「鍛冶師」
「そう。大陸から来たんじゃ分からないだろうけど、今度王都で大会があるんだ。国一番の鍛冶師を決める、大きな大会がね。そこで優勝すれば、王様が実現可能な願いなら何でも、ただし一つだけ、叶えてくれるんだ。そうお触れが出てる。そしたら、大きな声じゃ言えないが、今この町を治めている嫌な領主を挿げ替えてもらおうと思ってるんだ。絶対に内緒だよ。そうすれば、この町にもきっと人が戻ってくる。活気が戻ってくる。間違いがまかり通っているこの町を、以前のにぎやかで人の温かな町にしたいんだ」
この町って、寂れてるんですか?
との私の問いに、ここに来るまで観てこなかったのかい?
と首を傾げた後で、長い話なんだけど、と順を追って話してくれた。
この町はクリミネンという名前で、大陸と船を結ぶ港町と王都との中間地点にあるそうだ。
農業と畜産業が盛んで、国と異国の文化が交わるエキゾチックさが自慢だったのだそうだ。
戦争が起こっても、この町だけには被害が及ばないようにと、中立地として農地や民家が破壊されないように周辺の国々に通達してある。
つまりは戦争が起こっても、この町には戦火は及ばず、ただ掲げられる旗が変わるのみなのだそうだ。
だから町人は増え、経済は潤い、平和な国の象徴とも言える、笑顔の絶えない、三十おじさんたちの自慢の町だったのだそうだ。
でも、二年前、事件が起こったのだそうだ。
今も許しがたい忌々しいことだと、三十おじさんは苦渋に満ちた顔をした。
その事件とは、モンスターの子どもを夜の町に連れ去り、助けを呼ばざるを得ないほどの虐待をし、戦争のときででさえ無傷でいられるこの町で、モンスターの大群を暴れさせたのだそうだ。
その罪を当時の領主に被せ、牢に入れ、大臣が自分の息子を代わりとして領主の座につかせたのだそうだ。
「そんなのインチキじゃないですか」
私は腹が立った。
「そう、インチキだ。でもそのインチキがまかり通ったんだ。それが二年前。モンスターと言っても、人を襲うような危険なモンスターは、そうそう町には近づかない。魔王が倒されてからは。きっと知らないと思うから説明すると、モンスターには『魔王の呪縛』というものがあってね、魔王の魔力で強制的に凶暴で残虐なモンスターに変えられてしまうらしいんだ。人語を話す知恵のあるモンスターが言っていたと聞いたから、間違いはないと思うよ。……あの悲鳴、モンスターの子どものと襲われた人間の、悲鳴。忘れたくても耳から離れないんだ。今でも思い出すよ。特にモンスターの悲鳴は、ね」
やりきれない、という重い空気。
「この町を襲うモンスター退治のために、王国騎士団が駐留するようになり、モンスターからの被害は減ったが、人災が増えた。モンスターの暴走の被害から復興するために、この町の人たちは頑張っていたのに、新しい領主は町より権力のほうに重きを置いたんだ」
「つまり」
私は察した。
「そう。我々を蔑ろにしても王国にはいい顔を見せる馬鹿領主。跋扈する王国騎士団。未だにこの町に敵意を持つモンスターたち。港町の商人も王都からの旅人もこの町から遠ざかり、モンスターに怯え領主に愛想をつかした町人は一人、また一人とこの町から去っていった。今じゃピークの六割くらいだ。この店も客がめっきり減ってしまってね。昔が懐かしいよ」
三十おじさんは遠い目をして、私は考えた。
「でも、大臣の子どもが領主になったのなら、そう簡単にはいかないんじゃ」
「そう。だからこの町の人、離れていった人からも陳情書を集めているんだ。領主には内緒で。それを知られたら邪魔されるのは目に見えているし、王様だってすぐに動いてくれるとは思えない。でも、大会で優勝するほどの鍛冶師の言うことだったら」
「聞いてもらえるかも」
その一縷の光のために、頑丈おじさんは、この私に頭を下げたのだ。
全国にいらっしゃるであろう『小鳥美優姫』さん。
もしよかったら感想ください。
では、また。




