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3  緊張の解し方(美優姫の場合)

美優姫はどこへ迷いこんでしまったのでしょうか?

気になる方は、いえいえ、気にならない方も、お読みください。


では、どうぞ。

 私は文字通り跳び上がって驚いた。


「ふええ!」


 と出すつもりのない声も出た。

 何かの映画で見た中世ヨーロッパ風のテーブルが十五とか二十とかそれくらい。

 椅子は一つのテーブルに四つだったり二つだったり。

 灯りは電気ではないようだった。

 建物は木造建築らしかった。


 カウンターにある酒瓶らしきものに気を取られていると、人の存在を確認し、ますます驚いた。

 驚いた私を見て驚いている三十くらいの男の人。

 その男の人よりは少し若く見える金髪の女の人。

 そして、小柄だけど骨太で筋肉質で頑丈そうな体格の男の人。


 そこにはその三人だけだった。

 私も入れて四人。

 視線がぶつかり、沈黙のまま時間が過ぎた。

 私も驚いている。

 向こうも驚いている。

 数秒かそこらの後、頑丈おじさんが口を開いた。


「おい嬢ちゃん、ここがどこか分かっていないんじゃないか?」


 返事ができなかった。

 私のリアクション待ちの三人は、当然だけど、何も言わずに私の返事を待った。

 でももちろん、沈黙だ。

 混乱とは、この状況に置かれた私の心を現すにふさわしい言葉なのであった。

 次に口を開いたのは、三十おじさんだった。


「それ、楽器かい? もしかして、吟遊詩人なのかい?」

「え……あ……あの……ええと」


 言っていることは分かるのだけど、この状況はまったく分からない。

 しどろもどろどころか、完全に不審者の私に、頑丈おじさんが言った。


「何だ、嬢ちゃん、吟遊詩人か。変わった服だと思ったんだ。大陸から来たんだろ? 船が来るって言ってたもんなあ。まあ、何でもいい。吟遊詩人だってのなら、一曲、景気のいい曲を歌ってくれ。なんかこう、パッと明るくなる曲を」

「……歌……?」

「それ、早く。近頃は湿っぽくていけねえ。嫌な気分がぶっ飛ぶやつを、頼むぜ」


(歌って言われても、そりゃあ私は歌手を目指してはいるけどさ。でも、この状況で歌わないでいて、頑丈おじさんが怒りでもしたら……。逆らわないほうが、いいよね、この場合……?)


 私は恐々とギターを取り出した。

 大袈裟ではない。

 この異常事態に、手の震えが止まらなかった。

 カラカラになった喉も絞られるようで、ちゃんと声を出せるか心配になった。

 その時、モエコさんのアドバイスを思い出した。

 彼女はこう言ってくれた。


「一曲目。ストリート・ミュージシャン・デビューでもしも緊張したら、幸せだって思うのよ。夢見てきたでしょ? 夢見てるんでしょ? 何万って人の前で歌うことを。その一歩目を踏み出せたことに感謝して、幸せだって、思うといいわ」


 そう、お客さんは三人だけだけど、私の歌を聴いてくれる人がいるというのは、幸せなことだ。


(私は幸せ。歌を歌えて幸せ。聴いてくれる人がいて幸せ。私の夢は歌手になること。なら、歌おう!)


 変に思われてもかまわないと、私は腹の底から叫んだ。

 あーって。

 すると頭がすっきりとした。

 心も、それまでの緊張が解けた。

 腹はくくられた。


 後は、歌うだけだ。


「じゃあ、歌います。タイトルは『まっさらな夢』という曲です。聴いてください」


 特に考えて選曲したわけじゃない。

 でも、パッと明るくなる曲、嫌な気分がぶっ飛ぶ曲とリクエストされて、手が、心が自然とこの曲のイントロを奏でたのだ。


 私は歌った。

 二時間ほど歌った後だったし、喉の渇きもあって高音はちょっと苦しかったけど、できる限りは尽くした。


 四分三十三秒。


 私の部屋であるはずの、どこか知らない、昔っぽい異国っぽい箱で、歌い終えた。


 私が歌い終えると、先ほどとは違う沈黙があった。

 固く閉じた目を開くと、頑丈おじさんが立ち上がった。

 不満だった?

 いやいや、痛くなるんじゃないかと思うほどに強く、拍手をくれた。

 それに続いて、三十おじさんと金髪お姉さんも拍手をしてくれた。

 私は、顔の筋肉が自然と動いて『笑顔』という表情になった。

 三人の拍手はなかなか鳴りやまなかった。


 私はお辞儀をした。

 そうしたら今更、というタイミングだけど、むせった。

 その様を見て、これでも飲んで、と金髪お姉さんがコップを差し出してくれた。

 たぶん水だ。

 ありがたい。

 いただく前に私は、宝物でもあり相棒でもあるアコースティック・ギターをきちんとケースに仕舞おうと振り返った。

 その背中に


「うおおおおお」


 という頑丈おじさんの野太いシャウトが浴びせられた。

 驚いた私の足に、トートバッグの紐が引っかかり、どたんと転んだ。

 ギターは無事だ。

 でもその拍子に、トートバッグの中身がいくつか、飛び出した。


「何だ、こりゃあ? 嬢ちゃんの歌を聴いたら、体から力が後から後から湧き出てきて止まらねえ。おい嬢ちゃん! んん?」


 私を見た頑丈おじさんの目は、飛び出たトートバッグの中身に移った。

 凝視しているので、私もそっちを見た。

 おじいさんにもらった紙の包みが、そこにあった。


「それ、それ、それは……」


 頑丈おじさんの声は震えていた。

 顔はひきつっていた。

 一歩、一歩と歩み寄ってくる。

 こ、こ、こ、怖い。


「嬢ちゃん、すまねえが、それ、見せてくれねえか?」


 紙の一部が破れていて、石だと思っていたそれは、黄金色の光を発していた。

 私は手に取って、見せようとして一旦引っこめて、紙を取り去ってから、そっと手渡した。


「嬢ちゃん、これをどこで?」

「もらったんです。おじいさんから」

「おじいさん? 嬢ちゃんは貴族か何かかい? こりゃあ、オリハルコンだ」

「ええ!」


 オリハルコン。

 クラスの男の子が話していたゲームの中に、そんなアイテムがあるらしい、というくらいの知識しかない。

 驚いたのは三十おじさんと金髪お姉さんだ。

 頑丈おじさんがカウンターの向こうにいる二人にどたどた走って見せに行った。


「これがオリハルコン」

 と三十おじさんが感心した。

「綺麗な石……」

 と金髪お姉さんが見惚れた。


(そんなにすごい物なのかな?)


 石を前に黙り込む三人を、私も黙って見ていた。

 振り向いた頑丈おじさんが、血相を変えて駆け寄ってきた。

 さっきよりも圧があって、さっきよりも怖くなった。


 でも、頑丈おじさんは私の前まで来ると、両膝をついて頭を下げて拝むように手をあわせて、何と懇願したのだ。

 この私に。


美優姫は歌いました。これからも歌うでしょう。

作者である私は歌はへたっぴで、楽器も弾けません。

だから美優姫が眩しいです。皆さまはどうですか?


では、また。

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